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世界で一番可愛いと思っている。だから愛は、世界を越える。
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生まれた瞬間に、僕は僕にとって一番愛おしい存在を理解していた。
そのとき僕の愛し子は、世界に生まれ出いでていなかった。
楽園とは、このような場所をいうのだろうか。
広大な庭園と、柔らかな日差し。いたるところに花々が咲き乱れ、その美しさを競い合う。
その庭園の一角、緻密さと壮大さを兼ねそなえた白亜の噴水のほとりで輝くほどに麗しい、常人ならば平伏ひれふしてしまうような女が顔を引きつらせていた。
「さて、神様。僕の要求はこの腕かいなに抱く愛しい妹があの神様の盲信者共に侵されないことです」
すやすやと安らかで健やかな寝息を立てる嬰児えいじが、幼児と言って差し支えない少年の腕の中にすっかり身を任せている。
幼児は、5歳ほどの少年だろうか。その年ならば、その光景は貧弱な腕力ゆえの不安定で弱々しい印象を与えるはずなのに、少年には一切それがなかった。
少年のまだ幼い面立ちは、それでも全世界の至宝と称してもまだ及ばない美貌だった。少年の紅顔には、微笑みが浮かんでいる。
美しさに自信を持っていた女は、鼻っ柱をへし折られた気分になったが、少年の世界の創造主としてのなけなしのプライドで捨て台詞を吐いて逃げ出すなんて無様な姿を見せたくなかった。
その代わり、お口のほうが疎おろそかになった。
『どうして、神々しか立ち入れないはずの空間に、こうもあっさりただの人間が入って来られるのよ!それとなに!?普通、神である私に向かって私の信者を扱き下ろす?あんたの両親も私の信者でしょうが!』
「妹への愛があれば、僕は何でもします。そして、神様のいう“両親”とは勇者として生まれた妹を神殿に預けて、魔王なんてほざかれている存在の前におめおめ連れて行かせるなんてふざけたことに加担する神様の盲信者2人組のことですよね?僕はそんな人達のことを僕らを産んだ人達と言っても、親とは呼びませんよ」
とっても愛くるしい笑みを浮かべて少年は言った。
『・・・・・・』
「それに、魔王って求婚プロポーズして来ている神様より力の強い別の神ですよね?嗜好は個人の自由、感想も個人の自由で言わせていただくなら鬱陶しいの一言ですが、それを断りに行きたくないからって僕の愛し子を勇者に仕立て上げて断りに行かせる、ってどうなんですか?・・・テメェで行けよ。お断りくらいできないんですか?使えない神ですね」
とても純真な瞳で、年相応の高い美声で首を傾げ、ちょっと笑いながら放たれる言葉に、言い知れない衝撃を受けた世界の創造主は金切り声をあげた。
『だからっ、何であんたがそれを知っているの!?一応、あんたは私の創造物の1つでしょう?』
「わかりますよ。ふつう」
『普通、わかんないから言ってんの!!』
「堂々巡りですから、その質問はなかったことに。神様の下らない疑問なんてどうでも良いですからね。そこで、です」
バッサリと創造主の問いかけを斬ると、さっさと自分の用件を告げた。
「僕と妹を異世界に送って下さい。下らない役目を押しつけられて妹が傷つくのは僕の本意ではない。文化的で最低限度の生活が出来て、子供が身一つでも行きていける世界です。もし叶えてもらえなければ、僕は魔王に神様の核を渡します」
ぐっ、と創造主が黙り込む。楽園に現れた瞬間に気づいた少年の体に取り込まれているもの。
それは大切に保管してある神としての核だった。
普通は適当ランダムに創造主が選んだ創造物に入れる。それだけで、創造物は世界で守られる。核の保持者たる神様すら容易には手を出せない。それを傷つけるのは自傷行為と同じことだからだ。
それをためらいなく他の存在に渡すという少年は、わかっているのだろうか?
『だったら私はどうなるのよ!?』
「知りませんよ、そんな、どうでもいい」
『あんた達は私の所有物なの。創造主の意思に逆らうつもり?』
浮かべていた笑みを消した少年は、真顔で、当然のように言った。
「残念ですが、僕は都合のいい神様というものを信じていないもので。いるなら好きにいて良いんですけど、いなくても別に困りませんね。ただ、妹を傷つけるような存在はただの障害物ですので消し去る努力をします」
そうして、笑っていない円つぶらな瞳をまっすぐに創造主に向けて、口元だけで笑いながら少年の内部にある核に特殊な圧力を加えていく。このとき、一気ではなく徐々に圧力を強めるのが少年のやり方だ。
『だからっ、何でっ、ただのっ、人間のはずのっ、あんたがっ、それを出来る!?』
「どうでも良いですから、願いを叶えますか?叶えませんか?」
いい加減うんざり、という様子で結論を求める少年に、創造主からも条件を出す。
『分かったわよっ!他の世界に送ればいいんでしょう!?ただし、勇者が15になったら、もしくは体力や能力値が一定基準を超えたら戻って来てもらうからね!?あんたが嫌なのは勇者が価値観を侵されることだって言ったものね!』
「具体的な一定基準とは?その際、他世界での能力、文化レベルで考えるのかこっちの世界で考えるのか、どちらですか?さらに、妹がこちらへ戻る際の記憶は?ちなみに僕は常に妹のいる世界にいますから」
『そうね、あちらの基準でかまわないわ。世界は文化レベル以外変わらないから運動能力は筋力や持久で考えるわ。記憶もそのままでいい。ただ・・・あんたも転移するの?』
「おや、神様は爆殺されてもいいみたいですね」
『なんでもないわ。兄妹が離ればなれは寂しいものね。だから、核を壊すのはやめなさい』
平静に見えて必死な創造主の言葉に、少年はすでに冷めた表情で圧力を緩める。
「一緒にいられない時間は神様が妹を守って下さいますよね?少しでも怪我をさせたら、お分かりですね?」
『分かったから、詳しいことは後でもいいから、さっさと勇者を連れて楽園ここから出ていって!!』
創造主はまだ幼い兄妹を、その言葉を最後に別世界へと送り出した。
(ふむ、ちゃんとマトモそうな世界に送ってくれたな)
時刻は早朝だろうか。見たことのない材質の建物らしきものと、正体不明の物体(のちに遊具と知る)がある。
とりあえず、入り口のようなところにある階段に座る。そのうち誰か出てくるだろう。建物の中に人の気配がある。
一通りの確認を終えて、一番大事な確認のため腕の中を見ると、妹が健やかに眠っている。
可愛い。
頭の中で創造主への契約案を練りながら、妹が健やかに損なわれずに成長するために、自分は何でもしよう。と決意した。
兄は、あるとき思った。
「まいったな、この世界は便利すぎる」
「べん、りぃ?まいった、まいったぁ」
最近とみに語彙を増やしはじめた妹は、その意味も知らずに楽しそうに真似をする。
可愛い。
「さて、兄ちゃん真面目な話するぞ?」
床に腰を下ろし、妹を向かい合わせのまま足の間に座らせて、真剣な顔で言うと、
「まじぃ、めっ」
そう言いながら、おそらく自分の言うことの意味をよく分かっていない妹もキリッとした顔をする。
可愛い。
「いいか?絶対に長距離走なんて得意になるなよ?絶対に、長距離なんて走っちゃ駄目だ。分かったな?」
「あいっ」
「いい子だ」
刷り込みと暗示をかけながら言い聞かせると、素直に元気に返事をしてくれる。
褒めながら撫でると、嬉しそうにスリスリとよってくる。
やっぱり妹は、世界で一番可愛い。
(「あの笑顔、反則ですよね!?」)
(「私は決してショタコンではない、私は決して、違うっ」)
(「養子の話、全部蹴っちゃうんですよね」)
(「あの2人、本当に兄妹なのかしら」)
施設職員外野達がうるさいが、別に気にしなくてもいいだろう。
今のところ、実害なんてないのだから。
便利すぎて困ると思った世界。
妹はこの世界でしか育っていない。
つまり、あの世界は妹にとって、とても不便で生きにくい世界になる。
「別に、いいか。あの世界の文明くらい壊したって」
「おにいちゃん、なにかいった?」
簡単な会話ならできるようになった妹。同年代の施設の仲間に比べたら、少し早熟かもしれない。
「んー、ちょっと、便利な世界にしようと思ってね」
「おにいちゃん、あたまいいから、できるよ」
「愛しい妹のために、頑張るよ」
それから、この世界の社会基盤インフラを制度から構造、原理や工夫まで知識として溜め込むと同時に、製鉄や木材、農業や畜産など片っ端から文献を漁った。ついでに妹にも困らないように、少しずつ知識を教えていく。
妹が8歳、僕が13歳のときだった。
その日の夜は、あっちの世界には水道設備もいるな、と思って行儀が悪いと知りつつ夕食を食べながら水道関係の本を読み漁っていた。
いつも通り、自分の足の間には妹が行儀よく座って一生懸命に苦手なグリンピースを食べている。
仇を退治する気迫で箸を動かしていた妹の手が鈍る。妹がちらちらと向ける視線の先は自分兄を睨みつける躾けに厳しい調理師のオバちゃんだ。オバちゃんを気にする妹は、おませな皮を被った小心者だ。
可愛い。
でも妹の食事を邪魔するとは、いただけないオバちゃんだ。しかも、妹の関心を受けるとは。
思わず自分の箸をへし折りそうになってしまったが、オバちゃんにどう報復するかを自分の行儀の悪さを棚にあげて考えながら妹にも意識すれば本の内容が目に入るように読み進めている。
(たしか、院長とオバちゃんは幼馴染み同士で、院長は施設のずぼらな維持費管理や行き過ぎた子供への愛ロリコンが漏れ出してオバちゃんに影でよく怒られていたな。院長の書類仕事の手伝いで、ちょこちょこ黙って修正していたとこを放っておけば・・・)
あまり大きな報復は自分達の生活にも関わるので、その辺りの匙さじ加減は考えなければならないが、と書類をピックアップしていると、
「お兄ちゃん、ごはんのときくらい本読むのやめたら?あと、『水道の歴史』って読んでておもしろいの?」
オバちゃんの圧力プレッシャーに自分を窘める妹。オバちゃん自身が注意しない理由は、自分が扱い辛い子供だから。
自分が言葉を受け入れるのは世界にたった一人の妹の言葉だけだ。
だからこそ、気弱なくせにしっかりするようになったのか。
そんなところも可愛かった。
でも、それとこれとは話が別だ。これは妹が不便な思いをしないように。断腸の思いで妹の言葉を遠回しに拒否するために口を開く。
「大部分は考えればわかることだから面白くはないよ。でも、細かい工夫は興味深い」
妹は自分の言葉を聞いて首を傾げた。
「なんで、お兄ちゃんにはわかりきってることを読んでるの?」
あちらの世界をまったく覚えていない妹のために、そろそろ心構えをさせようと思っていた頃だ。ちょうどいい、と一番簡単でわかりやすい答えを返す。
「異世界に行った時に、知らなかったり、間違えたら困るからだよ」
妹は一瞬、自分を奇妙なものでもみるかのような顔をすると小さく首を振って、
「外国の、水道事情がどうかしたの?」
と、恐る恐る聞いてきた。
妹は現実逃避しているな。
そんなところも、妹はとても可愛い。
でも、現実は現実だ。少なくとも、自分たちにとっては。
「外国?なんで?」
だから、現実逃避をさせたままにはしておけない。
「だって、『イセカイ』って」
「『イセカイ』は、地球ではない世界だよ。異なる世界、で『異世界』」
「・・・・・・」
困惑に固まっていた妹の表情が次第に哀れみに変わっていく。
あ、間違えた。
妹の変化に、そう思った時は遅かった。
妹の中で、現実逃避しているのは自分になってしまった。
まあいいか。
自分は妹が、とても可愛いのだから。
「もう、向こうには帰れないから。でも、安心して。魔王は何もしなくても兄ちゃんが倒してやるから。水道設備もない世界だし、最初は不便かもしれないけど、ちゃんと日本みたいに便利にしてやるから」
妹が15歳になった日。妹とともに、自分はこの世界に戻ってきた。
「っこの事態をわかっていたなら、ここへ来ない努力をしろっ!このバカ兄貴っ!!」
それは無理だ。元々の契約がそうだったのだから。それに、妹をたった一人であちらに送る気も、こちらで自分一人残る気も、妹が洗脳されるのをただ見ている気もなかった。
もちろん、魔王におめおめと渡す気も。
つらつらと自分の思考に沈んでいる間に、妹も叫んで失った体力を回復する間に何かを考えていたらしい。そしてまた叫び出した。
「ふざけんなっ!シスコンもたいがいにしろっ、このアホ兄貴っ!!」
それは無理だ。妹は何よりも大切なのだから。
自分が譲歩することは不可能。つまり、
「あきらめて受け入れれば良いんだよ」
「良い笑顔で言ってんじゃねぇ!!」
おやおや、口の悪さは誰に似たのか。
そのとき、楽園で兄妹のやりとりを見ていた某創造主の肌が粟立ったらしいが、兄のほうはいっさい気にしていないようだ。
すべてをひっくるめて、
妹が可愛い。
「まずは安心の生活のために、魔王と叩きのめさないとな」
ボソッと呟いた言葉はぷりぷりと怒っている妹の耳には届かなかったが、魔界の某城にいた某求婚者が断続的な寒気にしばらく苛まれたそうな・・・。
そのとき僕の愛し子は、世界に生まれ出いでていなかった。
楽園とは、このような場所をいうのだろうか。
広大な庭園と、柔らかな日差し。いたるところに花々が咲き乱れ、その美しさを競い合う。
その庭園の一角、緻密さと壮大さを兼ねそなえた白亜の噴水のほとりで輝くほどに麗しい、常人ならば平伏ひれふしてしまうような女が顔を引きつらせていた。
「さて、神様。僕の要求はこの腕かいなに抱く愛しい妹があの神様の盲信者共に侵されないことです」
すやすやと安らかで健やかな寝息を立てる嬰児えいじが、幼児と言って差し支えない少年の腕の中にすっかり身を任せている。
幼児は、5歳ほどの少年だろうか。その年ならば、その光景は貧弱な腕力ゆえの不安定で弱々しい印象を与えるはずなのに、少年には一切それがなかった。
少年のまだ幼い面立ちは、それでも全世界の至宝と称してもまだ及ばない美貌だった。少年の紅顔には、微笑みが浮かんでいる。
美しさに自信を持っていた女は、鼻っ柱をへし折られた気分になったが、少年の世界の創造主としてのなけなしのプライドで捨て台詞を吐いて逃げ出すなんて無様な姿を見せたくなかった。
その代わり、お口のほうが疎おろそかになった。
『どうして、神々しか立ち入れないはずの空間に、こうもあっさりただの人間が入って来られるのよ!それとなに!?普通、神である私に向かって私の信者を扱き下ろす?あんたの両親も私の信者でしょうが!』
「妹への愛があれば、僕は何でもします。そして、神様のいう“両親”とは勇者として生まれた妹を神殿に預けて、魔王なんてほざかれている存在の前におめおめ連れて行かせるなんてふざけたことに加担する神様の盲信者2人組のことですよね?僕はそんな人達のことを僕らを産んだ人達と言っても、親とは呼びませんよ」
とっても愛くるしい笑みを浮かべて少年は言った。
『・・・・・・』
「それに、魔王って求婚プロポーズして来ている神様より力の強い別の神ですよね?嗜好は個人の自由、感想も個人の自由で言わせていただくなら鬱陶しいの一言ですが、それを断りに行きたくないからって僕の愛し子を勇者に仕立て上げて断りに行かせる、ってどうなんですか?・・・テメェで行けよ。お断りくらいできないんですか?使えない神ですね」
とても純真な瞳で、年相応の高い美声で首を傾げ、ちょっと笑いながら放たれる言葉に、言い知れない衝撃を受けた世界の創造主は金切り声をあげた。
『だからっ、何であんたがそれを知っているの!?一応、あんたは私の創造物の1つでしょう?』
「わかりますよ。ふつう」
『普通、わかんないから言ってんの!!』
「堂々巡りですから、その質問はなかったことに。神様の下らない疑問なんてどうでも良いですからね。そこで、です」
バッサリと創造主の問いかけを斬ると、さっさと自分の用件を告げた。
「僕と妹を異世界に送って下さい。下らない役目を押しつけられて妹が傷つくのは僕の本意ではない。文化的で最低限度の生活が出来て、子供が身一つでも行きていける世界です。もし叶えてもらえなければ、僕は魔王に神様の核を渡します」
ぐっ、と創造主が黙り込む。楽園に現れた瞬間に気づいた少年の体に取り込まれているもの。
それは大切に保管してある神としての核だった。
普通は適当ランダムに創造主が選んだ創造物に入れる。それだけで、創造物は世界で守られる。核の保持者たる神様すら容易には手を出せない。それを傷つけるのは自傷行為と同じことだからだ。
それをためらいなく他の存在に渡すという少年は、わかっているのだろうか?
『だったら私はどうなるのよ!?』
「知りませんよ、そんな、どうでもいい」
『あんた達は私の所有物なの。創造主の意思に逆らうつもり?』
浮かべていた笑みを消した少年は、真顔で、当然のように言った。
「残念ですが、僕は都合のいい神様というものを信じていないもので。いるなら好きにいて良いんですけど、いなくても別に困りませんね。ただ、妹を傷つけるような存在はただの障害物ですので消し去る努力をします」
そうして、笑っていない円つぶらな瞳をまっすぐに創造主に向けて、口元だけで笑いながら少年の内部にある核に特殊な圧力を加えていく。このとき、一気ではなく徐々に圧力を強めるのが少年のやり方だ。
『だからっ、何でっ、ただのっ、人間のはずのっ、あんたがっ、それを出来る!?』
「どうでも良いですから、願いを叶えますか?叶えませんか?」
いい加減うんざり、という様子で結論を求める少年に、創造主からも条件を出す。
『分かったわよっ!他の世界に送ればいいんでしょう!?ただし、勇者が15になったら、もしくは体力や能力値が一定基準を超えたら戻って来てもらうからね!?あんたが嫌なのは勇者が価値観を侵されることだって言ったものね!』
「具体的な一定基準とは?その際、他世界での能力、文化レベルで考えるのかこっちの世界で考えるのか、どちらですか?さらに、妹がこちらへ戻る際の記憶は?ちなみに僕は常に妹のいる世界にいますから」
『そうね、あちらの基準でかまわないわ。世界は文化レベル以外変わらないから運動能力は筋力や持久で考えるわ。記憶もそのままでいい。ただ・・・あんたも転移するの?』
「おや、神様は爆殺されてもいいみたいですね」
『なんでもないわ。兄妹が離ればなれは寂しいものね。だから、核を壊すのはやめなさい』
平静に見えて必死な創造主の言葉に、少年はすでに冷めた表情で圧力を緩める。
「一緒にいられない時間は神様が妹を守って下さいますよね?少しでも怪我をさせたら、お分かりですね?」
『分かったから、詳しいことは後でもいいから、さっさと勇者を連れて楽園ここから出ていって!!』
創造主はまだ幼い兄妹を、その言葉を最後に別世界へと送り出した。
(ふむ、ちゃんとマトモそうな世界に送ってくれたな)
時刻は早朝だろうか。見たことのない材質の建物らしきものと、正体不明の物体(のちに遊具と知る)がある。
とりあえず、入り口のようなところにある階段に座る。そのうち誰か出てくるだろう。建物の中に人の気配がある。
一通りの確認を終えて、一番大事な確認のため腕の中を見ると、妹が健やかに眠っている。
可愛い。
頭の中で創造主への契約案を練りながら、妹が健やかに損なわれずに成長するために、自分は何でもしよう。と決意した。
兄は、あるとき思った。
「まいったな、この世界は便利すぎる」
「べん、りぃ?まいった、まいったぁ」
最近とみに語彙を増やしはじめた妹は、その意味も知らずに楽しそうに真似をする。
可愛い。
「さて、兄ちゃん真面目な話するぞ?」
床に腰を下ろし、妹を向かい合わせのまま足の間に座らせて、真剣な顔で言うと、
「まじぃ、めっ」
そう言いながら、おそらく自分の言うことの意味をよく分かっていない妹もキリッとした顔をする。
可愛い。
「いいか?絶対に長距離走なんて得意になるなよ?絶対に、長距離なんて走っちゃ駄目だ。分かったな?」
「あいっ」
「いい子だ」
刷り込みと暗示をかけながら言い聞かせると、素直に元気に返事をしてくれる。
褒めながら撫でると、嬉しそうにスリスリとよってくる。
やっぱり妹は、世界で一番可愛い。
(「あの笑顔、反則ですよね!?」)
(「私は決してショタコンではない、私は決して、違うっ」)
(「養子の話、全部蹴っちゃうんですよね」)
(「あの2人、本当に兄妹なのかしら」)
施設職員外野達がうるさいが、別に気にしなくてもいいだろう。
今のところ、実害なんてないのだから。
便利すぎて困ると思った世界。
妹はこの世界でしか育っていない。
つまり、あの世界は妹にとって、とても不便で生きにくい世界になる。
「別に、いいか。あの世界の文明くらい壊したって」
「おにいちゃん、なにかいった?」
簡単な会話ならできるようになった妹。同年代の施設の仲間に比べたら、少し早熟かもしれない。
「んー、ちょっと、便利な世界にしようと思ってね」
「おにいちゃん、あたまいいから、できるよ」
「愛しい妹のために、頑張るよ」
それから、この世界の社会基盤インフラを制度から構造、原理や工夫まで知識として溜め込むと同時に、製鉄や木材、農業や畜産など片っ端から文献を漁った。ついでに妹にも困らないように、少しずつ知識を教えていく。
妹が8歳、僕が13歳のときだった。
その日の夜は、あっちの世界には水道設備もいるな、と思って行儀が悪いと知りつつ夕食を食べながら水道関係の本を読み漁っていた。
いつも通り、自分の足の間には妹が行儀よく座って一生懸命に苦手なグリンピースを食べている。
仇を退治する気迫で箸を動かしていた妹の手が鈍る。妹がちらちらと向ける視線の先は自分兄を睨みつける躾けに厳しい調理師のオバちゃんだ。オバちゃんを気にする妹は、おませな皮を被った小心者だ。
可愛い。
でも妹の食事を邪魔するとは、いただけないオバちゃんだ。しかも、妹の関心を受けるとは。
思わず自分の箸をへし折りそうになってしまったが、オバちゃんにどう報復するかを自分の行儀の悪さを棚にあげて考えながら妹にも意識すれば本の内容が目に入るように読み進めている。
(たしか、院長とオバちゃんは幼馴染み同士で、院長は施設のずぼらな維持費管理や行き過ぎた子供への愛ロリコンが漏れ出してオバちゃんに影でよく怒られていたな。院長の書類仕事の手伝いで、ちょこちょこ黙って修正していたとこを放っておけば・・・)
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そんなところも可愛かった。
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「なんで、お兄ちゃんにはわかりきってることを読んでるの?」
あちらの世界をまったく覚えていない妹のために、そろそろ心構えをさせようと思っていた頃だ。ちょうどいい、と一番簡単でわかりやすい答えを返す。
「異世界に行った時に、知らなかったり、間違えたら困るからだよ」
妹は一瞬、自分を奇妙なものでもみるかのような顔をすると小さく首を振って、
「外国の、水道事情がどうかしたの?」
と、恐る恐る聞いてきた。
妹は現実逃避しているな。
そんなところも、妹はとても可愛い。
でも、現実は現実だ。少なくとも、自分たちにとっては。
「外国?なんで?」
だから、現実逃避をさせたままにはしておけない。
「だって、『イセカイ』って」
「『イセカイ』は、地球ではない世界だよ。異なる世界、で『異世界』」
「・・・・・・」
困惑に固まっていた妹の表情が次第に哀れみに変わっていく。
あ、間違えた。
妹の変化に、そう思った時は遅かった。
妹の中で、現実逃避しているのは自分になってしまった。
まあいいか。
自分は妹が、とても可愛いのだから。
「もう、向こうには帰れないから。でも、安心して。魔王は何もしなくても兄ちゃんが倒してやるから。水道設備もない世界だし、最初は不便かもしれないけど、ちゃんと日本みたいに便利にしてやるから」
妹が15歳になった日。妹とともに、自分はこの世界に戻ってきた。
「っこの事態をわかっていたなら、ここへ来ない努力をしろっ!このバカ兄貴っ!!」
それは無理だ。元々の契約がそうだったのだから。それに、妹をたった一人であちらに送る気も、こちらで自分一人残る気も、妹が洗脳されるのをただ見ている気もなかった。
もちろん、魔王におめおめと渡す気も。
つらつらと自分の思考に沈んでいる間に、妹も叫んで失った体力を回復する間に何かを考えていたらしい。そしてまた叫び出した。
「ふざけんなっ!シスコンもたいがいにしろっ、このアホ兄貴っ!!」
それは無理だ。妹は何よりも大切なのだから。
自分が譲歩することは不可能。つまり、
「あきらめて受け入れれば良いんだよ」
「良い笑顔で言ってんじゃねぇ!!」
おやおや、口の悪さは誰に似たのか。
そのとき、楽園で兄妹のやりとりを見ていた某創造主の肌が粟立ったらしいが、兄のほうはいっさい気にしていないようだ。
すべてをひっくるめて、
妹が可愛い。
「まずは安心の生活のために、魔王と叩きのめさないとな」
ボソッと呟いた言葉はぷりぷりと怒っている妹の耳には届かなかったが、魔界の某城にいた某求婚者が断続的な寒気にしばらく苛まれたそうな・・・。
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