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第一話
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高橋美紅。27歳、実家住み。職業、半分フリーの在宅システムプログラマー。
(絶対にダメだ、この現状……)
一日一度は自分の状況に危機感を抱き続けて20年。
依頼されていたシステムを構築した達成感は、5分と経たず消え失せた。
PCの廃熱でほのかに温まった木製の机に頭を預け、ぼんやりしつつ視線を壁掛け時計に向ければ、普通の社会人に合わせて設定している終業時刻にはまだ3時間ほど早い。
しかし、すべき仕事はすべて無くなってしまった。
「これは早引け」
誰に聞かせるともなしに立ち上がって呟く言い訳じみた言葉の虚しさに苛まれる。
自宅から出てもいないのに、早引けも何もあったものではない。しかし、いつまでも欝々と思い悩んでみても、一瞬で真人間になることもできない。
長年付き合っている自己嫌悪からの立ち直りは早かった。
ヘアクリップでまとめていた髪をほどき、肩甲骨のあたりまで伸びている髪を手櫛で整えながら歩き出す。自室を出て階下のリビングに足を入れれば、母がちょうどテレビを見ながら洗濯物を畳んでいた。
「手伝う」
「あら、美紅。お仕事は終わったの?」
「うん」
返答しつつ洗濯物の山に向かい合う母の横に腰を下ろして、畳みやすいタオルや靴下、パンツから攻めていく。
「今日のお夕飯、何食べたい?」
「夕飯……魚の南蛮漬け、かな」
「解凍してる魚、鮭しかないからそれでいい?」
「うん」
ぽつぽつと会話をしつつ手を動かしていると、山になっていた洗濯物は、いつの間にか父のワイシャツを残して綺麗に畳まれていた。
「玉ねぎとニンジンがあるから、南蛮漬け用に切っておいて」
「はいはい」
母がアイロン台を出している間にキッチンに移動して玉ねぎとニンジンを用意し、まな板の上で無心に薄く切っていく。母は父のワイシャツをアイロンで綺麗に畳んだ後、洗濯物をタンスに仕舞うためにリビングを出て行く。
すべてを切り終えた後、切ったものを用意していたボウルにいれたところで、、キッチンに戻って来た母に、
「お酢?」
「と、砂糖と醤油」
横にずれて、下の収納からお酢を取り出して、ボウルの中に適量を加えた後、砂糖と醤油をこれまた適当に加えて、菜箸でぐるぐるとかき回し、味を見る。
「こんなもの?」
「そんなものよ」
味見すらせず、母が言う。
まな板と包丁を軽く洗って、鮭を切っていた母に指示されて、油を張った鍋を用意して火にかける。言われる前にポリ袋を用意して、その中に小麦粉を適当に加えておけば、母は切った鮭をこの袋の中に投入し、空気を含ませつつ袋の口をねじって縛ると鮭に小麦粉をまぶすために軽く振った。
「後は良いわよ」
「うん」
母は美紅にそう言うと、袋の口を開けて台の上に置き、菜箸で油の温度を確かめてから鮭の切り身を油の中に投じていく。
母のその姿を見ながら、仕事も家事も、どちらも中途半端な自分を省みた。
「どうかしたの? じっと見て」
「……明日から、仕事がない」
「そう。なら、仕事を見つけないとね。まあ、お父さんや菜美みたいに焦ってひっきりなしに働くこともないわよ。あんたも食べていけるだけは十分稼いでるんだし」
いつもと変わらず、あっさりと言葉を返してくる母の態度にホッとしつつも、やっぱりこのままではいけないという思いが去来する。
社会不適応者な美紅に、家族を筆頭とする周囲の人たちは、なんだかんだとみんな優しい。
でも、その優しさに甘え続けるわけにはいかないのではないかと、美紅はずっと思っている。
(絶対にダメだ、この現状……)
一日一度は自分の状況に危機感を抱き続けて20年。
依頼されていたシステムを構築した達成感は、5分と経たず消え失せた。
PCの廃熱でほのかに温まった木製の机に頭を預け、ぼんやりしつつ視線を壁掛け時計に向ければ、普通の社会人に合わせて設定している終業時刻にはまだ3時間ほど早い。
しかし、すべき仕事はすべて無くなってしまった。
「これは早引け」
誰に聞かせるともなしに立ち上がって呟く言い訳じみた言葉の虚しさに苛まれる。
自宅から出てもいないのに、早引けも何もあったものではない。しかし、いつまでも欝々と思い悩んでみても、一瞬で真人間になることもできない。
長年付き合っている自己嫌悪からの立ち直りは早かった。
ヘアクリップでまとめていた髪をほどき、肩甲骨のあたりまで伸びている髪を手櫛で整えながら歩き出す。自室を出て階下のリビングに足を入れれば、母がちょうどテレビを見ながら洗濯物を畳んでいた。
「手伝う」
「あら、美紅。お仕事は終わったの?」
「うん」
返答しつつ洗濯物の山に向かい合う母の横に腰を下ろして、畳みやすいタオルや靴下、パンツから攻めていく。
「今日のお夕飯、何食べたい?」
「夕飯……魚の南蛮漬け、かな」
「解凍してる魚、鮭しかないからそれでいい?」
「うん」
ぽつぽつと会話をしつつ手を動かしていると、山になっていた洗濯物は、いつの間にか父のワイシャツを残して綺麗に畳まれていた。
「玉ねぎとニンジンがあるから、南蛮漬け用に切っておいて」
「はいはい」
母がアイロン台を出している間にキッチンに移動して玉ねぎとニンジンを用意し、まな板の上で無心に薄く切っていく。母は父のワイシャツをアイロンで綺麗に畳んだ後、洗濯物をタンスに仕舞うためにリビングを出て行く。
すべてを切り終えた後、切ったものを用意していたボウルにいれたところで、、キッチンに戻って来た母に、
「お酢?」
「と、砂糖と醤油」
横にずれて、下の収納からお酢を取り出して、ボウルの中に適量を加えた後、砂糖と醤油をこれまた適当に加えて、菜箸でぐるぐるとかき回し、味を見る。
「こんなもの?」
「そんなものよ」
味見すらせず、母が言う。
まな板と包丁を軽く洗って、鮭を切っていた母に指示されて、油を張った鍋を用意して火にかける。言われる前にポリ袋を用意して、その中に小麦粉を適当に加えておけば、母は切った鮭をこの袋の中に投入し、空気を含ませつつ袋の口をねじって縛ると鮭に小麦粉をまぶすために軽く振った。
「後は良いわよ」
「うん」
母は美紅にそう言うと、袋の口を開けて台の上に置き、菜箸で油の温度を確かめてから鮭の切り身を油の中に投じていく。
母のその姿を見ながら、仕事も家事も、どちらも中途半端な自分を省みた。
「どうかしたの? じっと見て」
「……明日から、仕事がない」
「そう。なら、仕事を見つけないとね。まあ、お父さんや菜美みたいに焦ってひっきりなしに働くこともないわよ。あんたも食べていけるだけは十分稼いでるんだし」
いつもと変わらず、あっさりと言葉を返してくる母の態度にホッとしつつも、やっぱりこのままではいけないという思いが去来する。
社会不適応者な美紅に、家族を筆頭とする周囲の人たちは、なんだかんだとみんな優しい。
でも、その優しさに甘え続けるわけにはいかないのではないかと、美紅はずっと思っている。
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