『好き』と『私』

コハク

文字の大きさ
1 / 1

『好き』と『私』

しおりを挟む
『久しぶり!これって夢咲さんのLINEだよね?中学生の時のクラスメイト、五十嵐いがらし環奈かんなでーす( ‘-^ )-☆覚えてるー?』

 ……という、突然私のスマホに送られてきたメッセージを見て、私はため息を着いた。
 ……。覚えてる、というか、忘れるはずがない。なぜなら彼女は、小学生の時、私をいじめていた相手なのだから。




 私、 夢咲 心花ゆめさき こはなは、幼い頃からある少年マンガを見るのが大好きだった。

 その少年マンガのタイトルは、『ペガサスファンタジー』。主人公の『スカイ』が、なんでも願いを叶えてくれる幻の宝石・『ペガサスジュエル』を手に入れるため、仲間と共にあらゆる敵や困難を乗り越えるという、王道なファンタジー冒険ものである。

 連載終了後にアニメ化もされており、今でもファンの年代問わず、根強い人気を誇っている。

 私が特にお気に入りだったのは、『氷雪の魔弓・ザード』。
 氷の力が込められた弓矢の使い手で、主人公が敵対する魔王の下に着く、四天王の一人。所謂悪役というやつだ。

 けれど、ザードにはという一言では片付けられない魅力がある。

  高身長で切れ長の瞳を持つイケメンという、ルックスの良さでザードを評価をするファンも、もちろんいる。
 だが、私が何よりも惹かれたのは、ザードがに見せた芯の強さだ。

 ザードは主人公のスカイとの戦いに敗れ、彼の強さを認めたその直後、別の四天王に不意打ちされそうになったスカイを庇った故に致命傷を受けてしまう。そして……。

『君のような戦士こそ、未来を切り開く資格がある。出会いが違えば、きっと良い戦友になれただろうな……』

 と呟き、息を引き取る……。
 悲しく切なく……けれども、彼らしく自分の信念を貫き通した最期だと、涙を流したファンは数しれず。
 そんなザードに、私は幼心にも憧れを抱いていた。


 けれど、『を好きなのはおかしい、それも悪役だなんて』と、家族からは非難されていた。

 家族だけではない。クラスの中で少年漫画が好きな女子は私だけだったために、他の女子たちはみんな私をバカにしていた。
 その筆頭になっていたのが、当時同じクラスだった五十嵐 環奈だったのだ。

『女の子のくせに、男の子が読む漫画の悪い人が好きだなんて野蛮ねー!』

『悪い人が好きなら、心花ちゃんも悪い人なんでしょ!近寄らないでよね!』

 そんな罵声を毎日のように浴びせられ、いつしかノートや教科書に落書きをされたり、物を隠されたりと、嫌がらせを受けるようにまでなっていた。

 今思えば、彼女たちはただ私が気に入らなかったからちょっかいを出したにすぎず、『私が男物の悪役好きだから』というのは、その口実にしたかっただけなのだろう。

 もちろん家族や先生には相談したものの、家族からは『女の子なのに男の子の物が好きならバカにされて当然』、先生からは『我慢していれば向こうもそのうち大人しくなる』と、まともにとりあってもらえなかった。

 中学校も彼女と同じだったのだが、幸いなことに、軽口を叩かれる程度で済んでいた。
 中学校卒業後は、それぞれ違う進路に進んだがために、それ以降五十嵐さんと会うことはなかった。

 そして、23歳になった今、LINEで久々に彼女の名前を見たのだが……今更なんの用だというのだろう?
 正直、既に見る気は失せているのが……無視すると色々と面倒くさそうなので、私はそのままメッセージを読み進めることにした。

『いきなりごめんねー♡実は今度、合コンがあるんだけどさー、夢咲さんにも来てほしくてさ!m(_ _)m』

『あんた、昔から地味だったし、どうせ男の出会いなんてないでしょ?あ、中学二年の時に同じクラスだった一ノ瀬さんも誘ってるよ!』

『場所と時間は以下の通りです!しっかり確認するように!(*`・ω・´)』

「……」

 決めつけ、見下し、他人の都合を考えない……。
 なんというか、悪い意味で『変わってないな』と思わせる文章だった。

 ようするに、合コンのメンバーの数合わせ……いや、わざわざ当時見下していた上、中学卒業後から全く付き合いがなかった私を誘ったところを見ると、引き立て役にしようという魂胆なのだろう。
 メッセージにでてきたも、おそらくそうだ。

 彼女は良くも悪くも真面目で、五十嵐さんからは皮肉の意味を込めて『いいこちゃん』と呼ばれていたし……。

「……ま、彼氏がいないのは本当だけどさ……」

 はぁー、と、私は腹の底から深いため息をついた。


_____

 それから数日後、五十嵐さんから指定された日にちを迎えた。当日までにいろいろと悩んでいた結果、結局私は合コンに参加することを決めた。

 別に長年連絡も取ってなく、しかも自分をいじめていた相手につきあう義理はない。
 けれど、すっぽかしてしまったら、五十嵐さんが逆上して何をしでかすかわからない。
 つまり私は、大人になってもいじめっ子が怖くて逆らえないでいる。
 我ながら小心者だ。

 まぁそれだけではなく、同じく巻き込まれてしまった一ノ瀬さんを心配して、という理由もあるのだが……。

_____

 そんなこんなで合コン会場の飲み屋に予定通りのメンバーが集まり、ついに合コンが始まった。

「それじゃあ、まずは女性陣から自己紹介しよっか!私は、五十嵐 環奈!趣味は~、料理とガーデニングです♪」

 五十嵐さんが先手を切って、昔と変わらない猫かぶりな笑顔で自己紹介をする。
 趣味も、男ウケ狙いのための家庭的な物チョイスというのが見え見えだった。

 あたたかい拍手の後、自己紹介の番は隣の一ノ瀬さんに移る。

「一ノ瀬 千秋です。広告代理店でグラフィックデザイナーの仕事をしております」

 先程の五十嵐さんとは対照的に、一ノ瀬さんの自己紹介は淡々と、だがどこか丁寧さを感じられた。
 中学時代の真面目さは今でもご健全、それどころか、清楚さも加えられてまさに、という感じになっている。

 そんな感想を胸に抱いているうちに一ノ瀬さんへの拍手の音が止み、私の番が回ってきた。

「……夢咲 心花です。……その、初めての合コンで緊張していますが、よろしくお願いします」

 とりあえず当たり障りのないことを言って、私は自己紹介を終わらせた。五十嵐さんのにやけ顔が、チラチラと視界の端にうつる。
 私への拍手が止むと、自己紹介は男性陣へと移った。

「……月城つきしろ 奏多かなたです。趣味は……音楽でしょうか。最近はピアノを弾いたりしています」

 知的でクールな雰囲気を持つ男性、月城さんに向ける五十嵐さんの目には、既にハートマークが浮かんでいる。
 どうやら、早速合コンでのターゲットを決めたようだ。

「天野 ゆうです。えーっと、最近飼った柴犬が可愛いってことしか取り柄のない、平凡なサラリーマンです」

 素朴な感じの青年、天野さんは、そう言ってはにかんだような笑みを浮かべた。
 ……その時、天野さんのすぐ隣の席に座っていた男の人が突然立ち上がった。

「えー!?柴犬飼ってたなんて、俺聞いてないんだけど!?」

「ちょっ、蓮斗れんと静かに…!!」

「なぁなぁ、毛、何色!?名前何!?」

 宥めようとする天野さんに構わず、蓮斗と呼ばれた男の人は、興奮が収まらない様子で天野さんに詰め寄っている。

「こら、いい加減にしないか蓮斗!」

「むぎゅっ……」

 痺れを切らした月城さんに首根っこを掴まれた彼は、ようやく大人しくなった。
 しゅんとして座る姿がまるで、イタズラがバレた子供のようだ。
 けれど切り替えが早いタイプなのか、すぐにぱっと表情を明るくさせて、私たちの方を見た。

「あのあの!オレ、八神やがみ 蓮斗!えーと……コーラ一気飲みした後、ゲップしないで早口言葉3回いえます!!」

 小さな子供のように笑う八神さんに、私は思わず呆気に取られた。おそらく、他の女性2人も同じだろう。
 五十嵐さんに至っては、興味が無い、と言うように露骨に目を逸らしている。

「ご、ごめんね~……こいつなんというか、純粋なやつでさ。いい意味でも悪い意味でも……」

 苦笑いを浮かべながら、天野さんはそうフォローする。
 そのおかげか、困惑の空気はやや和んだような気がした。

 ……でも、天野さんの言うように、たしかに八神さんからは、思わずクスッと笑ってしまうような……そんな純粋さが感じられた。

 とりあえず、全員の自己紹介が済んだところで、五十嵐さんがノリノリで乾杯の音頭を取る。
 それが私たちにとっては軽い雑談、五十嵐さんにとってはの合図だった。

「月城さんってぇ、ピアノ弾いているんですよねぇ?どんな歌弾いてるんですかぁ?」

「あぁ……クラッシックが多いかな。ドビュッシーとか、ベートーヴェンとか」

「えぇ、すごぉ~い!一回聞いてみたいなぁ♡」

 五十嵐さんは月城さんに対して、猫なで声で猛アタックをしている。月城さん以外は眼中に無い、といった感じだ。

 私はといえば、一ノ瀬さん、天野さんと八神さんで、他愛もない世間話をしている。
 まあ、私と一ノ瀬さんは、五十嵐さんの引き立て役のためだけに呼ばれている。余計なことをしなければ、こちらに被害が及ぶことはないだろう。

 (このまま、何も無く終わってくれたらいいんだけど……)


 __そんな私の淡い期待は、すぐに打ち砕かれた。

「あ、夢咲さん、なにか落としたよ」

「え?」

 少し汗を拭こうと、何気なくポーチからハンカチを取り出した時、一ノ瀬さんにそう言われて視線を下に落とす。
 その時私の顔から、サーッと血の気を引くのが感じた。

 (まずいまずいまずい!!)

 私は落としたを、急いでポーチにねじ込もうとした。

 ……だが、もう遅かった。

「えー!?ちょっとちょっと何コレ!」

 気づいた五十嵐さんが、私の手のひらからをひったくり、他のメンバーに見せびらかしたのだ。

「……何それ?ぬいぐるみ?」

 月城さんが訝しげな顔をしていると、天野さんがポンッ、と手を叩く。

「あ!それってもしかして、ペガサスジュエルのザード!?」

 ……そう、それは、ザードのぬいぐるみマスコットだった。しかも、売り物ではない。私が趣味で手作りしたものだ。
 お守り代わりにいつもポーチに入れて持ち歩いているのを、すっかり忘れていた……!

「うわ~、夢咲さんぬいぐるみとか持ち歩いてんの?子供っぽーい!しかもこれさぁ、夢咲さんが小学生の時に落書きしてたやつでしょ~?まだ好きとかやばくない?」

 あははっ、と笑い声をあげる五十嵐さん。彼女の罵倒はマシンガンのごとく止まらない。

「これってさぁ、たしか悪役なんだっけ?そんなやつのぬいぐるみ大事にしてるなんて、性格ひん曲がってる証拠よね~。みんなもさぁ、この子に関わんない方がいいよ~?みんなも性格悪いやつになっちゃうからさぁ~」

(……あぁ、やっぱりこの人……小学生の頃から、ちっとも変わってないんだ)

 人前で他人を馬鹿にして、笑いとばす……。そんな五十嵐さんの、他人の自尊心を傷つけるところは何一つ変わっていなかった。

 ……そして、何を言われても何も言い返せずに小さく縮こまっている私も……小学生の頃から、何も変わっていない。
 本当は、『私の大好きな物をバカにしないで』って叫びたいのに。
 大好きな物を馬鹿にされて、怒りと悲しみで胸が押しつぶされそうなのに。
 言い返されるのが怖くて、何一つ言葉にできない……。それが悔しくてたまらなかった。


 __だが、次の瞬間にどこからか飛び出した言葉が、五十嵐さんの余裕を崩した。

「えっ、だから五十嵐さん、そんなに性格悪いの?」

「……は?」

 五十嵐さんの顔からすーっと、笑顔が消える。
 五十嵐さんに物申したのは、なんと八神さんだった。
 思わぬ発言に、五十嵐さんは眉をひそめていたが、八神さんは彼女を怒らせた事に気がついていないらしく、キョトンとした様子で首を傾げている。

「え?だってさ、夢咲さんと一緒にいると、性格悪くなっちゃうんでしょ?五十嵐さんと夢咲さんって、小学生の頃からの仲っぽいし……」

「あ、あんた何言って……」

「え?もしかして……気づいてないの?今の五十嵐さん……ものすごく性格悪いよ?」

「はぁ!?」

 顔を真っ赤にしながら怒る五十嵐さん。
 そのままテーブル越しに八神さんに掴みかかろうとしたが、八神さんはそれをヒラリとかわしつつ、五十嵐さんの手から私のぬいぐるみマスコットをひょい、と取った。
 そしてそれをそのまま、私の手のひらにぽん、と乗せたのだ。

「はい、夢咲さん♪」

「あ、ありがとう……」

「夢咲さんってペガサスジュエル好きなの?」

「え、あ、うん……」

「わ~!!オレ、ペガサスジュエル好きな女の子、初めて見た!ザードもいいけど、魔鴉まがらすのギトウも、オレ好きなんだよね~!」

「あ、わかります……!こそずるいけど、憎めない悪役って感じで……」

 同調する私に、八神さんは嬉しそうにうんうんと頷いている。すると、八神さんは私のマスコットぬいぐるみを指さして問いかけた。

「それ、もしかして手作り?」

「え……なんでわかったんですか!?」

「あはは、やっぱり!ペガサスジュエルって、ぬいぐるみは主人公メンバーしか出てなかったはずだから……」

「え、えと……これ、私の手作りなんです……自慢じゃないんですけど、私、フリーのハンドメイド作家をしていまして……時間が空いてる時にも、ペガサスジュエルのキャラクターのマスコットをいろいろ作ってるんです」

「ハンドメイド作家!?すごい!!」

 私の言葉を聞いて、八神さんはますます顔を輝かせ、身を乗り出してきた。

「オレ、注文しちゃおうかなー!ねえねえ、どんなぬいぐるみ作ってるか、写真ある?」

「は、はい……」

 スマホに表示したマスコットぬいぐるみの写真を見せると、八神さんは『わぁっ!』という感性をあげ、ますますはしゃいでいた。
 そんな彼の無邪気な様子に釣られて、私も思わず笑みをこぼしてしまう……が。
 そんな私たちの様子がおもしろくないのか、突然、五十嵐さんが声を上げたのだ。

「はんっ、なんなのよ、意味わかんない!たかがぬいぐるみにバカみたいにはしゃいじゃってさ!お子様はお子様同士お似合いってわけ__」

「先にぬいぐるみ一つで騒ぎ立てたのはそっちだろ」

 激高し始める五十嵐さんの声を遮り、月城さんは冷静な声でそう言った。
 一ノ瀬さんもそれに続く。

「五十嵐さん……中学生の頃から変わってないよね。好みの男子には媚び売るくせに、裏では気に入らないやつの陰口を叩いてさ」

「…ッ!!ちょっ、あんた……!!」

「しかも、さっきの様子見ると……小学生の時からあんな風に、夢咲さんのことバカにしてたんじゃないの?大人になってもそういうことつづけるなんて……あなたの方がよっぽどやばいよ」

「ッ……な、なによ!!私が悪いみたいな言い方して!!元はと言えばこの女が__」

「__いい加減にしろ。そういう人の価値観を押し付けんのが問題だって、まだわからないか?」

 月城さんの冷たい声と視線が、五十嵐さんを追い詰める。一ノ瀬さんも氷のような冷ややかな目で、五十嵐さんを睨みつけ続けてている。

「……ッ!!な、何よ!!もういいわよ!!帰る!!」

 完全に立場が悪くなったと察した五十嵐さんは、テーブルにバンッ、とお金を叩きつけ、その場から逃げるように去っていった。

「…………」

 それからしばらく、その場には気まずい空気が流れていたのだが……。

「あのー……場所を変えて仕切り直しません?合コンじゃなくて、食事会って感じで……」

 ……という、天野さんの声掛けをきっかけに、私たちは近くのファミレスへと移動したのだった。

____

 仕切り直しの食事中、一ノ瀬さんが思い出したように語り出した。

「……今でも五十嵐さんと繋がりがある元同級生から聞いたんだけど、五十嵐さんのご両親、偏見がひどかったみたい。片親で育った子はろくでもないとか……」

「じゃあ五十嵐さんのあの言動は、親の影響で……?」

 天野さんのその問いに対して、一ノ瀬さんは小さく頷いた後、更に続けた。

「まぁ、中学生の時は陰口叩くくらいだったんだけど……なんでも、大学の時に片思いしてた相手が、漫画好きな子と付き合ったとかなんとか……」

「それで漫画好きな夢咲さんに当たったのか……なんだ、ただの逆恨みじゃないか……」

 月城さんは呆れたようにそう言って、ため息をついた。
 ふと、八神さんが私の顔を心配そうに覗き込んできた。

「災難だったね、夢咲さん……」

「う、うん……でも、八神さんが助けてくれて助かったよ……」

「へ?オレ、なんかしたっけ?」

「えと……わからないならいいよ……一ノ瀬さんも月城さんも、ありがとうね?」

「お礼なんていいよ、私も中学生の時から、あの人には腹立ってたから……」

「そうそう、俺らは言いたいこと言っただけなんだから、夢咲さんが気にすることないって」

 落ち着いた態度で言い返す2人の傍らで、天野さんが縮こまっている。

「いや……2人は充分凄いよ。オレなんて五十嵐さんが怖くて、何も言えなかったし……」

「気にすんなって悠。お前は場の雰囲気を変えてくれたんだし」

 そうフォローしながら、月城さんは天野さんの背中を優しく叩いた。
 それから5人での食事会は和やかに進み、すっかり友達として打ち解けた私たちは、解散前にお互いの連絡先を交換することにした。

_____

 そして数日後……。ハンドメイド作家の仕事が一段落した後、私は八神さんに電話をかけた。少し話したいことがあったからだ。

『はーい!もしもし!』

「……あ、八神さん、お久しぶり」

『うんうん、久しぶりー!……というか、じゃなくて、でいいよ!オレ、あんまり堅苦しいの好きじゃないから……オレもじゃなくて、って呼びたいな!』

「わ、わかった……じゃあその、蓮斗くん。改めて……あの時はありがとう」

『うん?』

 スマホ越しから、蓮斗くんの心底不思議そうな声が聞こえてくる。

「五十嵐さんから守ってくれたり、ぬいぐるみを取り返してくれたこと……それ以上に、を否定しないで、受け入れてくるたことが、嬉しかったんだ……」

『……どういうこと?』

「私、小学校の時はクラスで浮いていて……他の女子は魔法少女アニメとかが好きなのに、私だけ少年マンガものが好きだったから……五十嵐さんたちに、すごいバカにされてたんだ」

『おうちの人とか、先生に助けを求めたりしなかったの?』

「したよ。でも……結果は同じ。それどころか、先生もパパもママも、“もっと女の子らしくしなさい”、だって」

 ランドセルは黒よりピンクを選びなさい、外で遊ぶよりも本を読みなさい……幼い頃から、そんな風に両親から言われていたことを思い出した。
 とかとか、小学生だった私にはちっともわからなかった。
 だから余計に、両親の発言を理不尽に感じていた。

「ハンドメイド作家だって、最初は両親にものすごく反対されたんだよね。“そんなことしてる暇があったら、女に磨きをかけて結婚相手でも探しなさい”って……」

『……ひどいね、五十嵐さんたちも、ご両親も……』

 そう言う蓮斗くんの声は、いつも明るいからは考えられないほどの暗い声だった。

「うん、でも……五十嵐さんたちや両親よりも、一番許せないのが私だった」

『……え?』

「ペガサスジュエルもハンドメイド作家の夢も、どっちも私の心を支えてくれた、大事なもの……。それなのに私は、五十嵐さんたちにペガサスジュエルを馬鹿にされた時も、ビクビク怯えてるだけだったし、両親に夢を否定された時も、説得を諦めて家出同然に逃げてさ……」

 自分でも声が震えているのがわかる。蓮斗くんは、何も言わずに私の話の続きを待っている。

「私の好きな物は、私の心を守ってくれた。でも私は、自分の好きな物を守れない……。好きな物を裏切ってるみたいで、ずっとずっと惨めに感じてた。好きでいる資格、ないんじゃないかって、自分を責めたこともあった。でも__」

 泣きそうなのを堪え、私は無理やり笑顔を作った。

「__蓮斗くんが初めて、を受け入れてくれたから、ちょっとだけ、自信が出てきたんだ。こんな私でも、好きでいていいんだって……」

「……心花ちゃん」

「……重いかもしれないけど、本当に救われたんだ。だから……ありがとう、蓮斗くん」

 ………。

 沈黙が流れる。
 私も蓮斗くんも喋らない、静かな時間が流れる。

 (ど、どうしよう……!!やっぱり迷惑だったのかな……!?)

 先程までの自信が、空気の抜けた風船のようにしぼんでしまう。
 が、そんな中__。

『心花ちゃんはかっこいいよ』

 そんな言葉が、耳に飛び込んできた。

「……え?」

『だってさ、小学生の時に五十嵐さんにバカにされても、家族に否定されても、自分の好きなことややりたいこと、やめなかったんでしょ?それって、誰にだってできることじゃないよ』

「そう……なのかな」

『そうだよ。中にはバカにされるのが嫌で、好きな物を手放しちゃったり、夢を諦めちゃった人もいるんだよ?でも、心花ちゃんはそうしなかった。好きな物をずっと好きでいて、叶えたかった夢も叶えた。それって、心が強い証拠だと思うよ!』

「……でも、私、ずっと逃げてばかりで……親とももう、ずっと連絡が取れないままなんだよ……?」

 不安を声に表す私に、蓮斗くんは優しく語りかける。

『……逃げることは負けじゃないよ。ただちょっと、心花ちゃんには時間が必要だっただけ』

「……!」

『大丈夫。きっといつか、両親と向き合えられるよ。だって心花ちゃんは……自分が思っているよりも、強くてかっこいい人だから』

 目の前に、あの蓮斗くんの無邪気な笑顔が見えているようだ。

  根拠とかは何もない、綺麗事ばかりの言葉だと思わないわけではなかった。

 でも、それ以上に__。

「……うん、ありがとう、蓮斗くん」

 彼の純粋さに、私は勇気づけられていた。

(……明日からはもう少し、胸を張って歩いていこう)

 本当の意味で自分の好きな物……そして、自分自身とも、向き合えるように__。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

2024.02.02 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

2024.02.03 コハク

感想ありがとうございます!葛藤や成長は表現したかった部分なので、リアルと言ってくださって嬉しいです!大変励みになりました!
これからも精進します!

解除

あなたにおすすめの小説

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

私は愛する人と結婚できなくなったのに、あなたが結婚できると思うの?

あんど もあ
ファンタジー
妹の画策で、第一王子との婚約を解消することになったレイア。 理由は姉への嫌がらせだとしても、妹は王子の結婚を妨害したのだ。 レイアは妹への処罰を伝える。 「あなたも婚約解消しなさい」

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。