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エピソード6・ワガママ姫と可哀想な人魚姫
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__隣国の王子殺害騒動から一週間が経った頃。ルビアはお忍びで、再び隣国へと足を運んだ。
(……変わらないわね、ここの景色は)
ルビアが立っていた場所は、以前自分が勉強のために、暫しの間暮らしていた小屋のある浜辺だった。
ルビアはここで一目惚れをし、失恋もした……。彼女にとって、あらゆる意味で思い入れのある場所だった。
ふと、ルビアは遠くの方で、一人佇む女性がいることに気づいた。ルビアはゆっくりとその女性に歩み寄り、声をかける。
「久しぶりね、サフィー」
「……!!」
その声を聞いた途端、女性……サフィーは、バッ、とルビアの方を振り向いた。その目には、涙が溜まっていた。
「……!!ッ……!」
優しい笑顔を浮かべながらこちらを見つめるルビアに、サフィーは何かを言いたげに、口をパクパクとさせながら見つめていたかと思えば、彼女のもとに駆け寄り、そして抱きついた。
ルビアは何も言わずに、そっとサフィーを抱きしめ返す。それに安心したのか、サフィーはルビアの方を見上げて、ニコリと微笑んだ。
ルビアにはそれが、彼女が『会いたかった』と言っているように見えていた。
どうして1人で泣いていたのか、ルビアはサフィーに優しく尋ねた。すると、サフィーは彼女に、以前のように手帳に書き記して伝えた。水が零れ落ちたような跡が残っている紙面には、このように書かれていた。
『大切な人が、死んでしまったの。親に決められた相手との縁談を断った後、私と結婚してくれるって、約束してくれたのに……。あの人は、帰ってこなかった』
「……そう、それは……辛かったわね」
サフィーの背中をさすりつつ、ルビアはポツリと呟く。
胸がチクリと痛む。だがそれは、彼女の大切な人を奪ったことによる罪悪感からではない。
(可哀想なサフィー……あんな男のために、涙を流すなんて……)
__そんな哀れみからだった。
『ねえ、ルビア、聞いて欲しい話があるの。あまりに現実離れしているから、信じてもらえないかもしれないけれど……』
サフィーは不安げな様子で、ルビアにそう伝えてきた。それを見たルビアは、赤子に見せるような優しい笑みを浮かべる。
「もちろん聞くわ。誰よりも大切なあなたの話だもの。どんなことでも受け入れるから、安心して?」
(__だって、あたしはあんな愚か者とは違うから……)
__信じてくれないかもしれないけど、私は、本当は海に住む人魚の姫だったの。
私たちの一族は、15歳になれば、海の上に行くことが許されるという決まりでね。私も15歳を迎えた誕生日に、初めて海の上へ昇ったわ。
そこで見た大きな船の上に、とても美しい王子様がいたの。私は、一目でその王子様を好きになってしまった……。それと同時に、人間界に強い憧れを持つようになったの。「人間になりたい」……何度もそう願ったわ。
そしてとうとう……私は魔女との契約に手を出してしまった。魔女は、私の声を貰う代わりに、人間の脚をくれることを約束してくれたわ。
でもその代わり……“王子様が他の女の人と結婚したら、次の日には海の泡になってしまう”。そんな警告を受けていたの。
それを承知で、私は魔女と契約を結び、人間になった。それで、運良く王子様と再会して、一緒にいることができたの。
……なのに。
サフィーの文字を書く手は、そこで止まった。目から大粒の涙がポロポロと零れ、手帳に記されたインクの文字を滲ませる。
それでもサフィーは、再びペンを持つ手を動かした。
『なのに、王子様は死んでしまった……。やっと、夢が叶うと思っていたのに』
サフィーはそこで、ペンを持つ手を下ろした。その文面を見たルビアは眉間を皺に寄せる。
(サフィーは、本当に純粋に王子を愛していたのね。自分の人生を変えてしまうことにも、躊躇いがないほどに……)
__王子の本当の気持ちを、この健気な少女は知らない。それが幸せなことなのか、それとも不幸なことなのか、ルビアにはわからなかった。
「……ん?」
ルビアが物思いに耽っている間、サフィーは更に、手帳に言葉を書き記していたようだ。差し出された手帳を、ルビアは覗き込む。
『さっきも話したけれど、私は王子様が他の女性と結ばれてしまえば海の泡になる運命だったの。王子様自身が亡くなってしまったのであれば、王子様が他の女性と結ばれることも永遠にない。つまり、私も海の泡になることはないの。でも……あの人がいない世界を生きるくらいなら……、いっそのこと、海の泡になってしまいたかった!!』
「……ッ!!」
その文章を読み終わるや否や、ルビアはサフィーを力強く抱きしめ、真剣な声色で囁いた。
「……そんなこと、言わないで。あたし、サフィーが生きてくれるだけで、凄く嬉しいの」
サフィーの温もり、心音を確かめるように、ルビアは抱きしめる力を強くする。
「あたしはその王子の代わりにはなれないけど……サフィーのこと、守るから……大切にするから……だから、海の泡になりたかったなんて、絶対に言わないで!!」
「……!」
ルビアが想いを口に出した時、サフィーの腕の力が、少し強まった。顔は見えなかったけれど、きっとそれは、“ごめんなさい”、あるいは“ありがとう”を示すものだろう、とルビアは感じた。
(……やっぱり、あの王子を殺して正解だったわ。あいつが生きているせいで、サフィーは海の泡になってしまうところだったもの……)
胸の中で再び、恨みがマグマのようにふつふつと煮えたぎる。ルビアはそれを、そっと胸の奥にしまい込むように、息を吐いた。
(サフィーは誰よりも純粋で優しい、か弱い子……だから、私が守ってあげなくちゃ。これからも、ずっとずっと……どんな手を使ってでも、ね……)
__ワガママ姫の目が鋭く光ったことを、彼女の腕の中にいる可哀想な人魚姫は知らない。
ワガママな姫はこれからも、自分のワガママを貫き続けるだろう……。
__自分の愛した人魚姫が、如何なる想いを抱いたとしても。
END
(……変わらないわね、ここの景色は)
ルビアが立っていた場所は、以前自分が勉強のために、暫しの間暮らしていた小屋のある浜辺だった。
ルビアはここで一目惚れをし、失恋もした……。彼女にとって、あらゆる意味で思い入れのある場所だった。
ふと、ルビアは遠くの方で、一人佇む女性がいることに気づいた。ルビアはゆっくりとその女性に歩み寄り、声をかける。
「久しぶりね、サフィー」
「……!!」
その声を聞いた途端、女性……サフィーは、バッ、とルビアの方を振り向いた。その目には、涙が溜まっていた。
「……!!ッ……!」
優しい笑顔を浮かべながらこちらを見つめるルビアに、サフィーは何かを言いたげに、口をパクパクとさせながら見つめていたかと思えば、彼女のもとに駆け寄り、そして抱きついた。
ルビアは何も言わずに、そっとサフィーを抱きしめ返す。それに安心したのか、サフィーはルビアの方を見上げて、ニコリと微笑んだ。
ルビアにはそれが、彼女が『会いたかった』と言っているように見えていた。
どうして1人で泣いていたのか、ルビアはサフィーに優しく尋ねた。すると、サフィーは彼女に、以前のように手帳に書き記して伝えた。水が零れ落ちたような跡が残っている紙面には、このように書かれていた。
『大切な人が、死んでしまったの。親に決められた相手との縁談を断った後、私と結婚してくれるって、約束してくれたのに……。あの人は、帰ってこなかった』
「……そう、それは……辛かったわね」
サフィーの背中をさすりつつ、ルビアはポツリと呟く。
胸がチクリと痛む。だがそれは、彼女の大切な人を奪ったことによる罪悪感からではない。
(可哀想なサフィー……あんな男のために、涙を流すなんて……)
__そんな哀れみからだった。
『ねえ、ルビア、聞いて欲しい話があるの。あまりに現実離れしているから、信じてもらえないかもしれないけれど……』
サフィーは不安げな様子で、ルビアにそう伝えてきた。それを見たルビアは、赤子に見せるような優しい笑みを浮かべる。
「もちろん聞くわ。誰よりも大切なあなたの話だもの。どんなことでも受け入れるから、安心して?」
(__だって、あたしはあんな愚か者とは違うから……)
__信じてくれないかもしれないけど、私は、本当は海に住む人魚の姫だったの。
私たちの一族は、15歳になれば、海の上に行くことが許されるという決まりでね。私も15歳を迎えた誕生日に、初めて海の上へ昇ったわ。
そこで見た大きな船の上に、とても美しい王子様がいたの。私は、一目でその王子様を好きになってしまった……。それと同時に、人間界に強い憧れを持つようになったの。「人間になりたい」……何度もそう願ったわ。
そしてとうとう……私は魔女との契約に手を出してしまった。魔女は、私の声を貰う代わりに、人間の脚をくれることを約束してくれたわ。
でもその代わり……“王子様が他の女の人と結婚したら、次の日には海の泡になってしまう”。そんな警告を受けていたの。
それを承知で、私は魔女と契約を結び、人間になった。それで、運良く王子様と再会して、一緒にいることができたの。
……なのに。
サフィーの文字を書く手は、そこで止まった。目から大粒の涙がポロポロと零れ、手帳に記されたインクの文字を滲ませる。
それでもサフィーは、再びペンを持つ手を動かした。
『なのに、王子様は死んでしまった……。やっと、夢が叶うと思っていたのに』
サフィーはそこで、ペンを持つ手を下ろした。その文面を見たルビアは眉間を皺に寄せる。
(サフィーは、本当に純粋に王子を愛していたのね。自分の人生を変えてしまうことにも、躊躇いがないほどに……)
__王子の本当の気持ちを、この健気な少女は知らない。それが幸せなことなのか、それとも不幸なことなのか、ルビアにはわからなかった。
「……ん?」
ルビアが物思いに耽っている間、サフィーは更に、手帳に言葉を書き記していたようだ。差し出された手帳を、ルビアは覗き込む。
『さっきも話したけれど、私は王子様が他の女性と結ばれてしまえば海の泡になる運命だったの。王子様自身が亡くなってしまったのであれば、王子様が他の女性と結ばれることも永遠にない。つまり、私も海の泡になることはないの。でも……あの人がいない世界を生きるくらいなら……、いっそのこと、海の泡になってしまいたかった!!』
「……ッ!!」
その文章を読み終わるや否や、ルビアはサフィーを力強く抱きしめ、真剣な声色で囁いた。
「……そんなこと、言わないで。あたし、サフィーが生きてくれるだけで、凄く嬉しいの」
サフィーの温もり、心音を確かめるように、ルビアは抱きしめる力を強くする。
「あたしはその王子の代わりにはなれないけど……サフィーのこと、守るから……大切にするから……だから、海の泡になりたかったなんて、絶対に言わないで!!」
「……!」
ルビアが想いを口に出した時、サフィーの腕の力が、少し強まった。顔は見えなかったけれど、きっとそれは、“ごめんなさい”、あるいは“ありがとう”を示すものだろう、とルビアは感じた。
(……やっぱり、あの王子を殺して正解だったわ。あいつが生きているせいで、サフィーは海の泡になってしまうところだったもの……)
胸の中で再び、恨みがマグマのようにふつふつと煮えたぎる。ルビアはそれを、そっと胸の奥にしまい込むように、息を吐いた。
(サフィーは誰よりも純粋で優しい、か弱い子……だから、私が守ってあげなくちゃ。これからも、ずっとずっと……どんな手を使ってでも、ね……)
__ワガママ姫の目が鋭く光ったことを、彼女の腕の中にいる可哀想な人魚姫は知らない。
ワガママな姫はこれからも、自分のワガママを貫き続けるだろう……。
__自分の愛した人魚姫が、如何なる想いを抱いたとしても。
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