悪魔は天使の面して嗤う

汐月 詩

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ハッピーエンド?

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 思えば蓮見との出会いは衝撃的だった。
 あれは高校生活初日。私は着慣れない、余裕のあるブレザーを着て、校門の前で呆然と立ち尽くしていた。門が閉まっていたのだ。
 寝坊。それは、初日に最もしてはいけないミスだった。

 ──どこからか入れないかな。

 そう思い辺りをウロウロ歩いていた私に、声をかける男がいた。

「キミ、一年生?」

 声に驚き振り向くと、気だるげな表情の男が立っていた。その口振りと堂々とした態度から、当然その男が先輩だと思った私は、藁をもすがる思いで男に駆け寄った。

「あの、寝坊しちゃって……」

「へえ。ここは時間になると閉まるから、裏門から入ったらいいよ」

「あ、ありがとうございますっ!」

 ぺこりと頭を下げて、一目散に裏門へ走った。その男の言う通り、裏門は開いていた。
 ギリギリセーフで教室へと滑り込む。あと一歩遅ければ、先生が教室に入ってくるところだった。

 ──助かった。

 ホッとすると同時に、ある疑問が頭をよぎる。

 ──あの先輩はあそこにいて大丈夫だったのかな。
 先生が一人ずつ名前を呼んでいく。私は『宮下』だから最後の方だった。ドキドキしながら待っていると、先生があるところで躓いた。

「──……み? 蓮見? 蓮見真人、いないのか?」

 どうやら、私の隣の机の男がいないようだった。はすみ、なんて、変わった名前だなぁ。そんなことを考えていた。
 とうとう私の名前が呼ばれる番、という時に、ガラリとドアが開いた。無言で教室に入ってくる男の姿に、私は驚いた。その男は、さっきの『先輩』だったのだ。

「堂々と入ってくるなぁ。遅刻だぞ」

「すみません。朝弱いんです」

 男は口では謝っているが、悪びれた素振りもなく無表情で私の隣まで歩いてきた。そのままゆっくり椅子に腰掛けると、私の方を振り返った。

「おはよう、宮下さん」

 いきなり名前を呼ばれてドキリとする。いろいろ聞きたいことはあったが、彼のマイペースっぷりにただただ驚き、目が釘付けになる。

「え、な、な、なんで名前……」

「なんでって──今呼ばれてるから」

「えっ?」

 ハッとする。

「宮下! 宮下千春!」

 いつの間にか先生が大声で私の名前を叫んでいたのだ。

「あ、は、はいっ」

 慌てて返事をしたのものの、私と蓮見、二人に出鼻をくじかれた先生から、強烈なカウンターをくらうことになった。

「蓮見、宮下! おまえたち二人、初日からたるみすぎだ! あとで職員室に来い。教材運ぶの手伝ってもらうからな」

 こうして、私は高校生活初日から、意図せず目立ってまった。

「最悪だ……」

 教材を受け取り教室へと運ぶ最中、思わずこう呟いた。すると、同じく教材を抱えて隣を歩く男が、こう言った。

「宮下さんがボーッとしてるから」

「いや、違うよね? ていうか、あなた先輩じゃなかったの?」

「先輩? なんでそう思った?」

「だって裏門のこと知ってたし……」

「ああ……あれは、友達が知ってたんだ。同じクラスの林 賢治。俺の後ろの席の。そいつの兄貴がここに通ってるから」

「……いつの間に友達作ったの」

「入学式の日に。普通だろ?」

 無表情のままサラリと告げる。

 彼は、「なら最初からそう言ってよ。紛らわしい」とぶつぶつ文句を言う私の手から、スっと教材半分を取り上げた。無表情で何考えてるのかよくわからないけど、優しいんだ。
 その日から、私は蓮見に何かと絡まれることになった。
 蓮見に加え、彼の友達の賢治君と、私が友達になった美穂子との四人でつるむことになったのは、当然の流れだったと思う。
 しっかりものの姉の美穂子に、美穂子に頼りっぱなしの妹の私、やんちゃな弟の賢治君に、いつもマイペースなおじいちゃんの蓮見、という風に、私たち四人の役割は決まっていた。
 楽しかった三年間。人生でこんなにも輝かしい時期《とき》があるのかと、今思い返すとそう感じる。キラキラ輝いて、虹のように七色で、私、あの高校時代が一番幸せだった。もしもう一度過去に戻れるなら、あの頃に戻りたい、そう思えるくらいに。
 だからこそ、壊したくなかった。
 だからこそ、思い出を、蓮見を、大切にしたかった。

 でも…………



 もう自分に嘘は、つけない────


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