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悪魔は愛の言葉を囁く
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結局この日は施設を訪れただけで、デートらしいデートもせずに帰ってきた。明日からはまた離れ離れ。だけども私は不思議と幸せな気持ちでいっぱいだった。
たろちゃんの知らない一面を見ることができたし、なにより私を連れて行ってくれたことが嬉しかった。
心に決めた……だなんて、たろちゃんは私には一言も言わないけれど、それがやっぱり彼らしい気もして微笑ましい。
そして、ドラマを観てモヤモヤした思いを抱えていた過去の自分に、蹴りを入れたかった。
たろちゃんはこんなにも私を大切に想ってくれているのに、『確かなものがほしい』だなんて考えたりして、なんてバカだったんだろう。
「ねぇ、千春さん」
そんなことを思いながら食器を片付けていると、たろちゃんがふいに口を開いた。
「ん、なぁに?」
一旦手を止めて振り向くと、いつもより幾分か真剣な表情のたろちゃんが私を見ていた。その瞳に、なんだかドキッとしてしまう。
「あの家の人たち、賑やかだったでしょ」
「え……? そ、そうだね……賑やかで、楽しそうだった」
……と思ったのに、さっきの表情はどこへやら、いつもの悪戯っ子の表情に戻ってしまった。
「あの人たちがね、俺にとっての家族……みたいなものかな……。だから千春さんに会わせたかったんだ」
そう言って、たろちゃんは優しく微笑んだ。
嬉しい。素直に、嬉しい。たろちゃんのその気持ちだけで十分だ。そのことを改めて実感できて、今日はよかった。
「素敵な家族だね」
心からそう思う。マリコさんみたいなお母さんがいて、小さな弟や妹がいて……。血は繋がっていないけど、彼らは『家族』だ。
「そう思う? ありがとう…………でもさ──」
たろちゃんが私の手を握る。再びあの真剣な表情を見せる。その瞳に吸い込まれそうになり、くらりと目眩がした。
「でも……さ、家族だって思ってはいるんだけど……やっぱり心のどこかで周りのみんなを……本当の家族を羨ましく思ってて……」
「……でもっ──」
『そんなことないよ。ちゃんと家族だったよ』口から出そうになった言葉を、飲み込んだ。私の手を握るたろちゃんの手の力が、一層強まったからだ。
たろちゃんの瞳に私が映る。時が、止まる……。
たろちゃんは、ゆっくりと口を開いた。
「俺さ……子供ができたらいっぱい遊んでやりたい。仕事がない日は絶対子供と過ごすって決めてるんだ。男の子だったら、一緒にサッカーでもキャッチボールでも付き合ってやりたい。女の子だったらたくさん甘やかして、パパ大好きっ子にしたい。勉強は教えられないけど……それ以外だったらなんでも叶えてやりたい。いろんな所に連れて行って、たくさんの思い出を作りたい。俺が……貰えなかったものを……子供にはたくさん与えたいんだ」
彼の瞳から涙が零れる。なんて綺麗な涙なんだろう。
私はそっと、彼の手を握り返した。
「家族を作るっていうのが……ずっと夢だった。家に帰ったら既に明かりがついてて……中からは子供たちの笑い声が聞こえる……。夜ご飯のいい匂いが漂ってきて……それで……──」
彼の震える手が、私の頬に触れる。
「──それで……その中心には、十年後も二十年後もその先も……君がいてほしい。笑顔で『おかえりなさい』って言ってくれたら、それだけでいいんだ。それで十分なんだ。
──結婚しよう、千春」
参ったな……。
泣いてるたろちゃんを慰めるはずだったのに、逆に泣かされるなんて……。
気づいたら、玉のような涙がポロポロと頬を伝って床に落ちていった。
「うん……うん……なろう、家族……!」
それだけ言うと、彼の体を抱きしめた。その後は、私とたろちゃん、馬鹿みたいに二人してわんわん泣いた。
なれるよ、家族。私、いつも笑顔でたろちゃんの隣にいてあげる。それだけでいいなら、いくらでもしてあげる。
私たち、きっと素敵な家族になれる。
夜景の見えるホテルじゃないけど、ロマンティックな海辺じゃないけど、蛍光灯の下でお皿を片付けながら聞くその言葉は、他のどんな場所で聞く言葉よりずっとずっと愛を感じたよ──
※※※※
「ママーぁ、はやくはやく! パパのテレビはじまっちゃうよぉ?」
「ちょっと待って……! い、今行くからっ」
「あ、はじまっちゃった。……うーん、やっぱパパって世界一カッコイイよねぇ」
「ぎゃっ! シュンちゃん、オシッコ飛ばさないでぇー」
「んーぁっ」
「もーう、ママもシュンもうるさーい!」
子供は二人。おませな女の子とやんちゃな男の子。
私は育児に毎日奮闘して、たろちゃんはお仕事を頑張っている。
「あ! パパ帰ってきた! ねーママ! パパ帰ってきたよぉ!」
アパートの近くに建てた一軒家で、四人仲良く暮らすようになるのは、もう少し、先のお話……──
「おかえりなさい!」
fin
たろちゃんの知らない一面を見ることができたし、なにより私を連れて行ってくれたことが嬉しかった。
心に決めた……だなんて、たろちゃんは私には一言も言わないけれど、それがやっぱり彼らしい気もして微笑ましい。
そして、ドラマを観てモヤモヤした思いを抱えていた過去の自分に、蹴りを入れたかった。
たろちゃんはこんなにも私を大切に想ってくれているのに、『確かなものがほしい』だなんて考えたりして、なんてバカだったんだろう。
「ねぇ、千春さん」
そんなことを思いながら食器を片付けていると、たろちゃんがふいに口を開いた。
「ん、なぁに?」
一旦手を止めて振り向くと、いつもより幾分か真剣な表情のたろちゃんが私を見ていた。その瞳に、なんだかドキッとしてしまう。
「あの家の人たち、賑やかだったでしょ」
「え……? そ、そうだね……賑やかで、楽しそうだった」
……と思ったのに、さっきの表情はどこへやら、いつもの悪戯っ子の表情に戻ってしまった。
「あの人たちがね、俺にとっての家族……みたいなものかな……。だから千春さんに会わせたかったんだ」
そう言って、たろちゃんは優しく微笑んだ。
嬉しい。素直に、嬉しい。たろちゃんのその気持ちだけで十分だ。そのことを改めて実感できて、今日はよかった。
「素敵な家族だね」
心からそう思う。マリコさんみたいなお母さんがいて、小さな弟や妹がいて……。血は繋がっていないけど、彼らは『家族』だ。
「そう思う? ありがとう…………でもさ──」
たろちゃんが私の手を握る。再びあの真剣な表情を見せる。その瞳に吸い込まれそうになり、くらりと目眩がした。
「でも……さ、家族だって思ってはいるんだけど……やっぱり心のどこかで周りのみんなを……本当の家族を羨ましく思ってて……」
「……でもっ──」
『そんなことないよ。ちゃんと家族だったよ』口から出そうになった言葉を、飲み込んだ。私の手を握るたろちゃんの手の力が、一層強まったからだ。
たろちゃんの瞳に私が映る。時が、止まる……。
たろちゃんは、ゆっくりと口を開いた。
「俺さ……子供ができたらいっぱい遊んでやりたい。仕事がない日は絶対子供と過ごすって決めてるんだ。男の子だったら、一緒にサッカーでもキャッチボールでも付き合ってやりたい。女の子だったらたくさん甘やかして、パパ大好きっ子にしたい。勉強は教えられないけど……それ以外だったらなんでも叶えてやりたい。いろんな所に連れて行って、たくさんの思い出を作りたい。俺が……貰えなかったものを……子供にはたくさん与えたいんだ」
彼の瞳から涙が零れる。なんて綺麗な涙なんだろう。
私はそっと、彼の手を握り返した。
「家族を作るっていうのが……ずっと夢だった。家に帰ったら既に明かりがついてて……中からは子供たちの笑い声が聞こえる……。夜ご飯のいい匂いが漂ってきて……それで……──」
彼の震える手が、私の頬に触れる。
「──それで……その中心には、十年後も二十年後もその先も……君がいてほしい。笑顔で『おかえりなさい』って言ってくれたら、それだけでいいんだ。それで十分なんだ。
──結婚しよう、千春」
参ったな……。
泣いてるたろちゃんを慰めるはずだったのに、逆に泣かされるなんて……。
気づいたら、玉のような涙がポロポロと頬を伝って床に落ちていった。
「うん……うん……なろう、家族……!」
それだけ言うと、彼の体を抱きしめた。その後は、私とたろちゃん、馬鹿みたいに二人してわんわん泣いた。
なれるよ、家族。私、いつも笑顔でたろちゃんの隣にいてあげる。それだけでいいなら、いくらでもしてあげる。
私たち、きっと素敵な家族になれる。
夜景の見えるホテルじゃないけど、ロマンティックな海辺じゃないけど、蛍光灯の下でお皿を片付けながら聞くその言葉は、他のどんな場所で聞く言葉よりずっとずっと愛を感じたよ──
※※※※
「ママーぁ、はやくはやく! パパのテレビはじまっちゃうよぉ?」
「ちょっと待って……! い、今行くからっ」
「あ、はじまっちゃった。……うーん、やっぱパパって世界一カッコイイよねぇ」
「ぎゃっ! シュンちゃん、オシッコ飛ばさないでぇー」
「んーぁっ」
「もーう、ママもシュンもうるさーい!」
子供は二人。おませな女の子とやんちゃな男の子。
私は育児に毎日奮闘して、たろちゃんはお仕事を頑張っている。
「あ! パパ帰ってきた! ねーママ! パパ帰ってきたよぉ!」
アパートの近くに建てた一軒家で、四人仲良く暮らすようになるのは、もう少し、先のお話……──
「おかえりなさい!」
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