僕を満たすもの

かのう

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 雷雨の日の出来事は惨殺事件としてニュースとなり、僕はその事件における唯一の生き残りとして扱われた。僕たちが両親を後、じいさんがいろいろ工作してくれたからだ。
 凶器はじいさんが持って帰ったし、僕はリビングに降りてないていにした。僕は家の住人だから指紋や髪が落ちていてもおかしくない。血を踏んでしまったため付いた僕の足跡はじいさんが上書きする形で消してくれた。
 僕は二階で寝ていたから運良く殺人犯には見つからなかった、そして翌朝一階に降りてきたら死んだ両親を発見した……という設定だ。警察に直接電話するのは子供にしては不自然かもしれないので、両親を見つけた僕が家を飛び出して近所の家に助けを求めるという演技をすることになったのだが、叫び声を上げながら裸足で外を走るのは痛かったし、お遊戯会でもしているようで恥ずかしかった。そんな僕の演技を隣の斎藤さんはすっかり信じ込んでくれた。痛みと恥を犠牲にした甲斐があったというものだ。斎藤さんからの連絡により僕はとして警察に保護されることとなり、そのニュースも全国を駆け巡った。
 心優しい資産家の紳士から、身寄りのなくなった僕を引き取りたいという申し出があった。僕もそれを承諾し、いろいろな手続きが進んだ。
 事件から半年後、その心優しい紳士と憐れな子供との初対面はそれはそれは感動的なものとして世間に伝わった。全てじいさんの考えたシナリオ通りだ。事件の夜この計画を聞いた時には殺人を犯しておいて自分のことを心優しいとか称したものだから笑ったのだけれど、実際に陽の光の下で会うじいさんはまさに優しい紳士にしか見えなかった。
 こうしてじいさんの計画通りにことは全てうまく運び、僕たちは家族になった。
 じいさんに連れられて来たじいさんの自宅は、一言で言えば豪邸だった。まず門から家が遠い。歩くにはなかなか距離がある。庭は庭というより公園のように広かった。庭一面に青々とした芝生が生い茂り、中央にはここはヨーロッパにある広場ですか?とでも言いたくなるような噴水が鎮座している。家も自宅の他に別荘を五、六軒ほど持っているし、山などの土地も所有しているそうだ。自宅には一般人とは思えないような雰囲気を醸し出している使用人がいるし、まるで漫画の世界にでも連れてこられたような気分になった。

「彼らはね、後処理を手伝ってくれるんだ。何でもしてくれるよ、それだけの報酬は払っているからね」

 何の、とは言わなくても分かる。散らかした後の処理、ということだ。じいさんはあまり若くもないので力仕事要員が必要なのだ。ちなみに普通の秘書みたいなこともするらしい。
 じいさんと僕はまるで親子のように暮らした。じいさんは僕をとても可愛がってくれたし、たくさんの大切なことや必要なことを教えてくれた。時には使用人のみんなも先生になってくれた。
 僕は『血が飛び散る様』を美しいと思うタイプだから、床に広がったりした血にも人を殺すこと自体にも正直あまり興味はない。けれど僕が見たい光景を見るためには人が死ぬ。人が死んだら事件になり、犯人が僕だとバレてしまえば僕は捕まってしまう。捕まったらもうあの光景は見られない。だから処理の仕方など、覚えることはたくさんあるのだと言われたのだ。納得した僕は証拠の消し方やそもそも証拠を残さないようにする方法、死体の処理の仕方を教えられるままどんどん吸収していった。
 その他にもどこを切ればどれくらい血が出るかやどんな風に飛び散るかなども実践を交えて勉強した。せっかくならより美しい血飛沫を見たいから。勉強は楽しかった。たくさんたくさん殺した。じいさん達との日々は充実していた。
 僕が高校生になった時、じいさんに大学はどうするのかと訊かれた。行かせてくれるらしい。何から何までありがたい。僕が礼を言うと、じいさんは僕を後継者にするつもりだと言った。だから当然だと。その言葉で僕は県外の経済学部経営学科がある大学に進学することに決めた。僕を理解し、可愛がってくれているじいさんのためにできることをするのだ。じいさんは僕にとって大切な家族だから。
 大学に無事合格し、しばらく県外に出ることになった僕にじいさんが別荘をくれた。

「大学からは一時間くらい電車でかかるけれど、はずだよ。周囲に誰も来ないから

 何から何まで至れり尽くせりだ。おかげで僕は大学に上がってからもたくさんたくさん好きなことをすることができた。








 


 轟音がした。雷が落ちたのだろう、停電してしまった。悲鳴が上がり、続いて僕の名前を必死に呼ばれる。僕は客間から出ると、バスルームへと向かった。

「仁美さん、大丈夫? 入るよ」

 声をかけて浴室の扉を開けると同時に、仁美が勢いよく僕の胸に飛び込んできた。仁美を濡らす雫が、僕をも濡らしていく。

「急に停電になるからびっくりした。怖いよ、和樹くん……」
「雷が落ちちゃったみたいだね。でも……電気なくても問題ないでしょ?」
「……バカ、エッチ」

 そう言いつつも仁美は、胸を押し付けてきた。

「客室を用意したから、行こうか」
「このまま?」
「そう、このまま」

 僕は仁美の膝裏に腕を差し込むと、そのまま抱き上げた。せっかちだねと笑いながら仁美は僕にしっかりと抱きつく。

「そうだね」

 僕は笑う。確かにそうかもしれない。
 客間に着き、僕は仁美をベッドの上にそっと下ろした。窓からは雷光が時折差し込んでは僕らを照らす。
 仁美は僕をうっとりと見上げた。僕は彼女に覆いかぶさり、その首筋を撫でる。仁美から吐息が漏れた。僕はにっこりと笑い、仁美の頭を鷲掴みにすると、サイドテーブルに忍ばせたナイフを取り出して仁美の首に押し当てた。仁美の情欲に濡れた眼差しが、一気に恐怖に彩られる。

「大丈夫。仁美さんはジャンクフードばっかり食べて不摂生だし正直あまり期待できないけど、出来るだけ綺麗になるようにしてあげるから」

 僕は笑って、そして。激しく紅が舞った。



 

 
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