23 / 32
第22話:突然の辞令
しおりを挟む
「やば。37.5度だって」
ぴぴっと計測の終わった体温計を私が見る前に、ひよりがさっと奪う。私が嘘をつくかもしれないとことを見透かされていた。
「まこねぇが風邪ひくの珍しいね。昨日の夜まで全然元気だったのに」
「つ、疲れが出たのかな。最近残業続きだったし」
「うちら今日テストあるから学校行くけど起きられそうなら病院いきなね? 絶対だよ?」
「……やっぱ俺だけでも休もうか? 姉ちゃん一人じゃ心配だよ」
ベッドに伏している私を健が覗き込む。
私の部屋はひよりと共同になっていて二段ベッドの一番下を私が使っている。
「大丈夫だよ。姉ちゃん子どもじゃないんだから自分で何とでも出来る。あとで病院もちゃんと行くから。だから二人とも学校行っておいで」
後ろ髪ひかれる様子の健をひよりが引っ張って部屋を出て行く。ガチャガチャバタバタと外出前の騒がしい音のあと、玄関の扉がしまり、鍵がかかった途端に静寂に包まれる。
私たちの住むアパートは駅から徒歩20分かかり、大通りからも外れた住宅街の中にあるから昼夜を問わず静かだ。時折うっすら聞こえる車の走る音や鳥の鳴き声をぼんやり聞きながら、布団の中でゆっくりと瞬きをした。
(会社……休むって連絡しないと……)
ずきりと痛む頭を抑えて枕元に置いたスマホをとる。IT企業ということもあり、うちの会社の勤怠は全て社内専用のチャットアプリで完結する。上長である部長宛てに病欠のメッセージを送る。幸い今日の締め切りの仕事はなかったのが救いだ。
「はぁ……頭痛い」
力尽きたようにぽすんと腕を敷布団に投げ下す。まさか熱を出して寝込むだなんて思いもしなかった。考えられる原因なら一つしかない。
「……ッ」
乾社長に思い出して身体に熱が灯る。発熱とは違う意味で体温が上昇していくのが分かる。
触れられた感触。
恥ずかしい言葉の数々。
そしてなにより乾社長の声。
まるで業務命令みたいにその声はずっと冷たくて淡々としているのに、時折、興奮したような熱っぽい声に頭がくらくらした。その声を思い出すと、ずくりと痺れるような感覚がじわじわと全身に広がっていく。
「もうやだぁ」
逃げるように掛け布団を勢いよく被る。
あんなことされてショックで大泣きして熱まで出してしまった。最悪だ。今日は休んでしまったけれどどうせ明日になったらまだ乾社長と会うかもしれないのに。ううん、そもそも会社で会っても会わなくても契約は続いている。
どこにも逃げ場がない。
お金のことも、乾社長からも。
*
*
*
*
次の日、すっかり熱は下がり体調も落ち着いた。出社して自席に座るやいなやしいなちゃんが焦った様子で話しかけてきた。
「ちょっと! センパイなにやったんですか!?」
「え……何が? というか今日早いね」
この時間帯にしいなちゃんがいるのが珍しかった。部長が来る前に私に聞きたいことがあるという。
「何がじゃないですよ! 昨日乾社長がうちの部署に来たんです! センパイのこと探してましたよ!」
サーッと血の気が引く。今朝には収まったはずの咳まで出て来て、ごほごほとむせる。
「社長と何かあったんですか?」
答えられない。さすがにしいなちゃんにも言えない。成人向けボイスドラマの案件を受けたら、依頼主が乾社長だなんて、なんと説明すればいいのだろう。何も知らないと適当にごまかしてみたけれどしいなちゃんは全く納得いっていなかった。
「も、もしかしたら、私クビとかかな……?」
「は? なんで!?」
「ほ、ほら、人員整理の一環で……」
「それは仕事が出来ない社員にだけですよ。センパイは違うじゃないですか」
そんなことないんだよ、しいなちゃん。
だって、あの日、ちゃんと出来なかった。
あの日、求められる演技は出来ず、台詞も頭から飛んじゃって変な声ばかりが出た。最後は逃げるように部屋を出てきた。期待以下で解雇されてもおかしくない。
「白石さん、ちょっといい?」
始業時間になってすぐに小杉部長に声をかけられた。
「は、はい」
席を立ち会議室へと向かう部長の背中を追いかける。隣に座るしいなちゃんが険しい表情をしながら無言のまま“がんばって”というように両腕を振る。私も無言で頷いた。
「体調はどう? 白石さんが休むって珍しいね」
そういうと、小杉部長はホットコーヒーの入った紙コップを私の前に差し出す。お礼を言い受け取ると、小杉社長は私の向かい側に座った。
「もう大丈夫です。昨日はご迷惑をおかけしました」
頭を下げると、小杉部長は困ったような笑顔でいやいやと両手を振った。
「病欠なのに椎名さんに昨日の業務を引き継いでくれていてありがとう。いつも色々と気が付いてやってもらっていて助かるよ」
小杉部長は優しい上司で、見た目もなんだか小動物のような愛くるしさのある人だ(目上の人に失礼かもしれないけど)
しいなちゃんは陰で“こりす部長”なんてあだ名で呼んでいる。
小杉部長は定年まで勤めるのが珍しいと言われている社内の中で唯一の60代で元々は本社勤めだったけれど日本支社が出来たタイミングで転籍となり現在のポジションにいると、入社面談の時に話してくれた。
「それでなんだけど……」
そういうと小杉部長は自分の首の後ろ掻いた。言いにくそうに切り出し方と仕草にもうそれだけであまりいい話ではないと想像がついた。
ああ、これは予想通りクビの話だ。
昨日、乾社長が私を探していたのも私にそれを告げるため。仕事を休むような人間に自ら宣告するまでもない。小杉部長から言い渡すように言われたんだ。
お金に目がくらんで結局仕事も失ってしまうなんて。私は本当にバカだ。大バカものだ。
「白石さんには第一開発部への異動の話があがってるんだけど、どうかな?」
ぴぴっと計測の終わった体温計を私が見る前に、ひよりがさっと奪う。私が嘘をつくかもしれないとことを見透かされていた。
「まこねぇが風邪ひくの珍しいね。昨日の夜まで全然元気だったのに」
「つ、疲れが出たのかな。最近残業続きだったし」
「うちら今日テストあるから学校行くけど起きられそうなら病院いきなね? 絶対だよ?」
「……やっぱ俺だけでも休もうか? 姉ちゃん一人じゃ心配だよ」
ベッドに伏している私を健が覗き込む。
私の部屋はひよりと共同になっていて二段ベッドの一番下を私が使っている。
「大丈夫だよ。姉ちゃん子どもじゃないんだから自分で何とでも出来る。あとで病院もちゃんと行くから。だから二人とも学校行っておいで」
後ろ髪ひかれる様子の健をひよりが引っ張って部屋を出て行く。ガチャガチャバタバタと外出前の騒がしい音のあと、玄関の扉がしまり、鍵がかかった途端に静寂に包まれる。
私たちの住むアパートは駅から徒歩20分かかり、大通りからも外れた住宅街の中にあるから昼夜を問わず静かだ。時折うっすら聞こえる車の走る音や鳥の鳴き声をぼんやり聞きながら、布団の中でゆっくりと瞬きをした。
(会社……休むって連絡しないと……)
ずきりと痛む頭を抑えて枕元に置いたスマホをとる。IT企業ということもあり、うちの会社の勤怠は全て社内専用のチャットアプリで完結する。上長である部長宛てに病欠のメッセージを送る。幸い今日の締め切りの仕事はなかったのが救いだ。
「はぁ……頭痛い」
力尽きたようにぽすんと腕を敷布団に投げ下す。まさか熱を出して寝込むだなんて思いもしなかった。考えられる原因なら一つしかない。
「……ッ」
乾社長に思い出して身体に熱が灯る。発熱とは違う意味で体温が上昇していくのが分かる。
触れられた感触。
恥ずかしい言葉の数々。
そしてなにより乾社長の声。
まるで業務命令みたいにその声はずっと冷たくて淡々としているのに、時折、興奮したような熱っぽい声に頭がくらくらした。その声を思い出すと、ずくりと痺れるような感覚がじわじわと全身に広がっていく。
「もうやだぁ」
逃げるように掛け布団を勢いよく被る。
あんなことされてショックで大泣きして熱まで出してしまった。最悪だ。今日は休んでしまったけれどどうせ明日になったらまだ乾社長と会うかもしれないのに。ううん、そもそも会社で会っても会わなくても契約は続いている。
どこにも逃げ場がない。
お金のことも、乾社長からも。
*
*
*
*
次の日、すっかり熱は下がり体調も落ち着いた。出社して自席に座るやいなやしいなちゃんが焦った様子で話しかけてきた。
「ちょっと! センパイなにやったんですか!?」
「え……何が? というか今日早いね」
この時間帯にしいなちゃんがいるのが珍しかった。部長が来る前に私に聞きたいことがあるという。
「何がじゃないですよ! 昨日乾社長がうちの部署に来たんです! センパイのこと探してましたよ!」
サーッと血の気が引く。今朝には収まったはずの咳まで出て来て、ごほごほとむせる。
「社長と何かあったんですか?」
答えられない。さすがにしいなちゃんにも言えない。成人向けボイスドラマの案件を受けたら、依頼主が乾社長だなんて、なんと説明すればいいのだろう。何も知らないと適当にごまかしてみたけれどしいなちゃんは全く納得いっていなかった。
「も、もしかしたら、私クビとかかな……?」
「は? なんで!?」
「ほ、ほら、人員整理の一環で……」
「それは仕事が出来ない社員にだけですよ。センパイは違うじゃないですか」
そんなことないんだよ、しいなちゃん。
だって、あの日、ちゃんと出来なかった。
あの日、求められる演技は出来ず、台詞も頭から飛んじゃって変な声ばかりが出た。最後は逃げるように部屋を出てきた。期待以下で解雇されてもおかしくない。
「白石さん、ちょっといい?」
始業時間になってすぐに小杉部長に声をかけられた。
「は、はい」
席を立ち会議室へと向かう部長の背中を追いかける。隣に座るしいなちゃんが険しい表情をしながら無言のまま“がんばって”というように両腕を振る。私も無言で頷いた。
「体調はどう? 白石さんが休むって珍しいね」
そういうと、小杉部長はホットコーヒーの入った紙コップを私の前に差し出す。お礼を言い受け取ると、小杉社長は私の向かい側に座った。
「もう大丈夫です。昨日はご迷惑をおかけしました」
頭を下げると、小杉部長は困ったような笑顔でいやいやと両手を振った。
「病欠なのに椎名さんに昨日の業務を引き継いでくれていてありがとう。いつも色々と気が付いてやってもらっていて助かるよ」
小杉部長は優しい上司で、見た目もなんだか小動物のような愛くるしさのある人だ(目上の人に失礼かもしれないけど)
しいなちゃんは陰で“こりす部長”なんてあだ名で呼んでいる。
小杉部長は定年まで勤めるのが珍しいと言われている社内の中で唯一の60代で元々は本社勤めだったけれど日本支社が出来たタイミングで転籍となり現在のポジションにいると、入社面談の時に話してくれた。
「それでなんだけど……」
そういうと小杉部長は自分の首の後ろ掻いた。言いにくそうに切り出し方と仕草にもうそれだけであまりいい話ではないと想像がついた。
ああ、これは予想通りクビの話だ。
昨日、乾社長が私を探していたのも私にそれを告げるため。仕事を休むような人間に自ら宣告するまでもない。小杉部長から言い渡すように言われたんだ。
お金に目がくらんで結局仕事も失ってしまうなんて。私は本当にバカだ。大バカものだ。
「白石さんには第一開発部への異動の話があがってるんだけど、どうかな?」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
アダルト漫画家とランジェリー娘
茜色
恋愛
21歳の音原珠里(おとはら・じゅり)は14歳年上のいとこでアダルト漫画家の音原誠也(おとはら・せいや)と二人暮らし。誠也は10年以上前、まだ子供だった珠里を引き取り養い続けてくれた「保護者」だ。
今や社会人となった珠里は、誠也への秘めた想いを胸に、いつまでこの平和な暮らしが許されるのか少し心配な日々を送っていて……。
☆全22話です。職業等の設定・描写は非常に大雑把で緩いです。ご了承くださいませ。
☆エピソードによって、ヒロイン視点とヒーロー視点が不定期に入れ替わります。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しております。
包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
デキナイ私たちの秘密な関係
美並ナナ
恋愛
可愛い容姿と大きな胸ゆえに
近寄ってくる男性は多いものの、
あるトラウマから恋愛をするのが億劫で
彼氏を作りたくない志穂。
一方で、恋愛への憧れはあり、
仲の良い同期カップルを見るたびに
「私もイチャイチャしたい……!」
という欲求を募らせる日々。
そんなある日、ひょんなことから
志穂はイケメン上司・速水課長の
ヒミツを知ってしまう。
それをキッカケに2人は
イチャイチャするだけの関係になってーー⁉︎
※性描写がありますので苦手な方はご注意ください。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※この作品はエブリスタ様にも掲載しています。
恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語
私の婚活事情〜副社長の策に嵌まるまで〜
みかん桜
恋愛
身長172センチ。
高身長であること以外ごく普通のアラサーOL、佐伯花音。
婚活アプリに登録し、積極的に動いているのに中々上手く行かない。
「名前からしてもっと可愛らしい人かと……」ってどういうこと?
そんな男、こっちから願い下げ!
——でもだからって、イケメンで仕事もできる副社長……こんなハイスペ男子も求めてないっ!
って思ってたんだけどな。気が付いた時には既に副社長の手の内にいた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる