22時のひとみみぼれ~底辺社員と冷徹社長は只今ヒミツの収録中です~

ワタリ

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第22話:突然の辞令

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「やば。37.5度だって」

 ぴぴっと計測の終わった体温計を私が見る前に、ひよりがさっと奪う。私が嘘をつくかもしれないとことを見透かされていた。

「まこねぇが風邪ひくの珍しいね。昨日の夜まで全然元気だったのに」
「つ、疲れが出たのかな。最近残業続きだったし」
「うちら今日テストあるから学校行くけど起きられそうなら病院いきなね? 絶対だよ?」
「……やっぱ俺だけでも休もうか? 姉ちゃん一人じゃ心配だよ」

 ベッドに伏している私を健が覗き込む。
 私の部屋はひよりと共同になっていて二段ベッドの一番下を私が使っている。
 
「大丈夫だよ。姉ちゃん子どもじゃないんだから自分で何とでも出来る。あとで病院もちゃんと行くから。だから二人とも学校行っておいで」

 後ろ髪ひかれる様子の健をひよりが引っ張って部屋を出て行く。ガチャガチャバタバタと外出前の騒がしい音のあと、玄関の扉がしまり、鍵がかかった途端に静寂に包まれる。

 私たちの住むアパートは駅から徒歩20分かかり、大通りからも外れた住宅街の中にあるから昼夜を問わず静かだ。時折うっすら聞こえる車の走る音や鳥の鳴き声をぼんやり聞きながら、布団の中でゆっくりと瞬きをした。


(会社……休むって連絡しないと……)
 
 ずきりと痛む頭を抑えて枕元に置いたスマホをとる。IT企業ということもあり、うちの会社の勤怠は全て社内専用のチャットアプリで完結する。上長である部長宛てに病欠のメッセージを送る。幸い今日の締め切りの仕事はなかったのが救いだ。
 
「はぁ……頭痛い」

 力尽きたようにぽすんと腕を敷布団に投げ下す。まさか熱を出して寝込むだなんて思いもしなかった。考えられる原因なら一つしかない。

「……ッ」

 乾社長に思い出して身体に熱が灯る。発熱とは違う意味で体温が上昇していくのが分かる。

 触れられた感触。

 恥ずかしい言葉の数々。

 そしてなにより乾社長の声。

 まるで業務命令みたいにその声はずっと冷たくて淡々としているのに、時折、興奮したような熱っぽい声に頭がくらくらした。その声を思い出すと、ずくりと痺れるような感覚がじわじわと全身に広がっていく。

「もうやだぁ」

 逃げるように掛け布団を勢いよく被る。
 あんなことされてショックで大泣きして熱まで出してしまった。最悪だ。今日は休んでしまったけれどどうせ明日になったらまだ乾社長と会うかもしれないのに。ううん、そもそも会社で会っても会わなくても契約は続いている。

 どこにも逃げ場がない。
 お金のことも、乾社長からも。








 次の日、すっかり熱は下がり体調も落ち着いた。出社して自席に座るやいなやしいなちゃんが焦った様子で話しかけてきた。

「ちょっと! センパイなにやったんですか!?」
「え……何が? というか今日早いね」

 この時間帯にしいなちゃんがいるのが珍しかった。部長が来る前に私に聞きたいことがあるという。

「何がじゃないですよ! 昨日乾社長がうちの部署に来たんです! センパイのこと探してましたよ!」

 サーッと血の気が引く。今朝には収まったはずの咳まで出て来て、ごほごほとむせる。

「社長と何かあったんですか?」

 答えられない。さすがにしいなちゃんにも言えない。成人向けボイスドラマの案件を受けたら、依頼主が乾社長だなんて、なんと説明すればいいのだろう。何も知らないと適当にごまかしてみたけれどしいなちゃんは全く納得いっていなかった。

「も、もしかしたら、私クビとかかな……?」
「は? なんで!?」
「ほ、ほら、人員整理の一環で……」
「それは仕事が出来ない社員にだけですよ。センパイは違うじゃないですか」

 そんなことないんだよ、しいなちゃん。
 だって、あの日、ちゃんと出来なかった。

 あの日、求められる演技は出来ず、台詞も頭から飛んじゃって変な声ばかりが出た。最後は逃げるように部屋を出てきた。期待以下で解雇されてもおかしくない。

「白石さん、ちょっといい?」

 始業時間になってすぐに小杉部長に声をかけられた。

「は、はい」

 席を立ち会議室へと向かう部長の背中を追いかける。隣に座るしいなちゃんが険しい表情をしながら無言のまま“がんばって”というように両腕を振る。私も無言で頷いた。

「体調はどう? 白石さんが休むって珍しいね」

 そういうと、小杉部長はホットコーヒーの入った紙コップを私の前に差し出す。お礼を言い受け取ると、小杉社長は私の向かい側に座った。

「もう大丈夫です。昨日はご迷惑をおかけしました」

 頭を下げると、小杉部長は困ったような笑顔でいやいやと両手を振った。

「病欠なのに椎名さんに昨日の業務を引き継いでくれていてありがとう。いつも色々と気が付いてやってもらっていて助かるよ」

 小杉部長は優しい上司で、見た目もなんだか小動物のような愛くるしさのある人だ(目上の人に失礼かもしれないけど)

 しいなちゃんは陰で“こりす部長”なんてあだ名で呼んでいる。
 小杉部長は定年まで勤めるのが珍しいと言われている社内の中で唯一の60代で元々は本社勤めだったけれど日本支社が出来たタイミングで転籍となり現在のポジションにいると、入社面談の時に話してくれた。

「それでなんだけど……」

 そういうと小杉部長は自分の首の後ろ掻いた。言いにくそうに切り出し方と仕草にもうそれだけであまりいい話ではないと想像がついた。


 ああ、これは予想通りクビの話だ。

 昨日、乾社長が私を探していたのも私にそれを告げるため。仕事を休むような人間に自ら宣告するまでもない。小杉部長から言い渡すように言われたんだ。

 お金に目がくらんで結局仕事も失ってしまうなんて。私は本当にバカだ。大バカものだ。

「白石さんには第一開発部への異動の話があがってるんだけど、どうかな?」

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