黒覆面の若旦那は嘘つき花嫁をほだして愛する

ワタリ

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第21話

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「座って待っていてください」

 保胤に勧められ一葉は皮張りのソファに腰を下す。落ち着かない様子でそっと部屋を見渡した。

 保胤の書斎に入ったのはこれで三度目だ。ちらりと飾り棚に目をやる。
 初めてこの部屋に入ったのは盗聴器を仕掛けた時。
 二度目は睡眠薬入りの焼き菓子を持ってきた時。
 そして今日は保胤から“見せたいものがある”と言われた。

(見せたいものって何かしら……)

「はい、これ」

 タイミングよく声を掛けられ慌てて目線を正面に向ける。向かい合わせで保胤がソファに座った。そして、テーブルの上に箱を置いて、一葉の方へと差し出す。両手で抱えるほどの大きさのそれは、包装紙に包まれ綺麗なリボンが掛かっていた。

「あなたに」

 どうぞと促され持ち上げてみるとズシッと結構な重みがあった。

「わ、私が開けていいんですか……?」
「一葉さんって時々面白いこと言いますね。見せるだけでわざわざ部屋に呼んだりしないですよ? まあ、僕が開けてもいいけど」
「え、あ……はい……じゃあ遠慮なく……」

 確かにリボンが掛かっているところをみれば贈り物だろうということは察しがついたが、一葉は少し困ってしまった。

(また贈り物……)

 立派な鏡台に衣装箪笥、洋服、洋傘や帽子などの装飾品。買い物帰りに一緒に食べたあんみつ。一葉がこの家に来てから保胤はほぼ毎日のように贈り物をくれる。気持ちは嬉しいが一方的に貰ってばかりだと気が引ける。

(流石に何か返さなきゃこれ以上は受け取れないよ……私にも保胤さんに差し上げられるものはないかしら……)

 お返しを考えながらリボンを解く。シルクで出来た光沢のあるリボンはしゅるりと簡単に解けた。リボンを綺麗に畳み、次は慎重に包み紙を剝がしていく。開くと箔押し印刷が施された箱が見えた。一葉の手が止まる。

「どうぞ。遠慮しないで」
「は、はい……」

 足を組み、ソファのひじ掛けで頬杖をつきながら保胤は一葉を見ている。一葉の様子を楽しんでいるようだった。箱の蓋を持ち上げるととんでもないものが一葉の目に飛び込んできた。

「これ……紅茶じゃないですか……しかも英国の…!」

 箱の中身は紅茶の缶が二つにティージャムが入っていた。箔押しが施された箱を見た瞬間、もしやと思った。紅茶好きなら誰もが知っている英国の高級茶葉専門店のものだったからだ。

「それだけじゃないよ。下も見てみて。二段重ねになっているから」
「は、はい。あ……! ティーカップ……!」
「ふふ。あなた専用のものですよ」

 箱の下には白磁のカップとソーサーが二客入っていた。

「え、え、あ、あの……! 保胤さんこれはどういう……?」

 思いもよらない贈り物の連続に一葉は混乱しながら顔を上げた。

「あなたが紅茶が好きだと聞いてね。だけど、家にある茶葉だと僕に遠慮して飲まないじゃないかと思って。あなたが自由に飲めるようにセレクトしてみたんだ。好みの茶葉だといいんだけど」
「ダージリン大好きです……! そんなに飲む機会はありませんでしたが……しかもこれ……ウバまでありますよ!?」
「あ、セイロンティー飲んだことある? スリランカのお茶は僕が好きでさ、一葉さんにもどうかなって思ったんだけど」
「す、好きです! 大好きです!」
「ふ……大好きか。それは良かった」

 保胤はほっとしたように目元がゆるむ。

「このカップとソーサ―もすごく素敵です……」

 一葉はテーブルの上に上段部分を置いて、下の段のティーカップをそっと手に取った。白磁に金のふちどりが施されたカップは上品な佇まいだが、不思議なほど手馴染みが良かった。まるで一葉が持つことを想定されて作られたかのようにしっくりとくる。

「お揃いにしたくて二客にしたんだ。結婚を機にあなたと同じものを持ちたくてね」

 その言葉に一葉は胸がきゅっと苦しくなった。保胤の細やかな気遣い。とても嬉しい。なのに、切なくてたまらない気持ちだった。

「一葉さん? どうかしましたか? まだ体調が悪い?」

 正面に座っていた保胤はソファから立ち上がり、一葉の隣に移動した。心配そうにそっと彼女の背中をさする。

「私……こんなに良くしてもらっても……あなたに何も返せてません……」
「僕が好きでやっていることだ。何も気にすることはない」
「でも……」
「いいんだ。気に入ってくれて良かったよ」
「気に入るどころじゃないです……すごく……すごく嬉しいです!」

 一葉は胸がいっぱいになりながら何度も保胤に礼を言った。

「私、生まれて初めてです。自分のティーカップを持つなんて……」

 父である定信が紅茶を淹れる時はいつも湯呑で飲んでいた。時々、特別な紅茶を飲む時だけはティーカップに注いでくれたが、それは父と母のものだった。茶葉も白磁のカップも高級品。いつか一葉専用のものを買おうと話してくれていたのを思い出す。

「そうなの? 一葉さんは紅茶の淹れ方も上手だし茶葉にも詳しいからてっきりご実家で茶器も色々とお持ちなのだと思っていました」
「あ……ええと、頂き物の紅茶を時々飲むくらいでカップまでは……」

 嘘をついた。喜多治家に来てからは紅茶など飲んだことなどない。

「そうなんだ。君のお父上は紅茶をあまり嗜まれる方ではなさそうだものね。茶葉の違いもあまりご存じではなさそうだったし」
「……ふふ」

 先ほど保胤に白米と炊き込みご飯ぐらい違うと突っ込まれていた慶一郎を思い出し、思わず笑みが溢れた。

「……保胤さん、私もあなたに何か出来ることはありませんか? そんなにお金はないけれど私もお返しがしたいです」
「気にしなくていいんだよ」
「でも、こんなに沢山私ばかり頂いてばかりでは申し訳が立ちません……私もあなたに何か差し上げたいです」

 緒方商会の重役である保胤に自分が差し出せるものなどないかもしれない。それでも何か感謝の気持ちで返したかった。

「本当? 嬉しいな。何でもいいんですか?」
「う……あまり高価なものは……」

 言ったものの少し怖気づく。

「ああでもその前に! 僕から見せたいものがあるって言ったでしょ?」

「えっ? このティーセットのことじゃないんですか?」
「これはあげたいもの。見せたいものは別です。ね、手のひらを出して目をつぶって」

 一葉は言われた通り、手を差し出し目をつぶった。

「なんか緊張しますね……何ですか?」
「動かないでくださいよ? 見た瞬間ビックリして飛んでいってしまうかも」
「蛙とかはやめてくださいね……?」
「さあ、どうかな?」
「ふふ……まだですか?」

 保胤の冗談に笑いながらしばらく待っていたがいつまでも経っても何も置かれない。

「あの……保胤さんまだですか?」

 無言のまま、保胤にそっと手を握られると何か小さなものが掌に置かれた。

「目を開けてください」

 一葉は目を開けると、先ほどの思いがけない贈り物とは違い見慣れたものが目に入った。それは一葉がずっと探し求めていたもの。

「……これはあなたのものですね?」

 一葉の盗聴器だった。


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