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5 月夜の光
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明音は自分の体を軽く無頓着な感じで見渡して頷き、また一口飲む。ふっと優しい表情になって精悍な顔をくしゃりと崩して笑う。
「何か……いつもよりビールが美味しいな」
――――もしかして意外と俺よりも年下?
軽く鼻に皺が寄った顔は愛嬌がある犬のようでもある。超大型猟犬っぽいが。
「俺も美味く感じるわ」
つい釣られて笑ってしまう。考えてみたら結構凄い事したばかりじゃないか。
――――俺、頑張った。うん、エライ
落ち着いてきたら全身中の忘れていた体の傷が痛みを再び主張し始める。思い出したくもない一日の出来事を思い出して消えない問題事に溜息を吐く。明日感じるであろう激痛を想像するだけで今から憂鬱だ。無意識に体動かす度に鈍痛がする腹部を擦る。引っ掛っただけのサンダルを蹴り落として趾をワシャワシャ広げながら脚を投げ出す。解放感に落ち着く。
「……俺よりもあんたの方が酷い怪我をしていないか?」
何とも言えない表情で明音が俺を見ている。フハッとつい笑ってしまう。
「あー……ある意味俺も死にぞこないだからなぁ」
横の男が立てた片膝に腕を組み、頭を乗せて見ている。顔に影が落ちて薄いグレーの目の感情が読めない。
「こっちの死に損ないには何があったかは聞かないんだな」
「話したきゃ勝手に話していて良いぜ。聞く事ぐらいは出来る。俺からは聞かねぇよ」
俺も明音を見る。彼はフッと軽く自虐的に笑う。
「助けた命のアフターケア?」
「単に自分から面倒事に首突っ込む余裕も興味もねぇんだよ。お前が喋りたけりゃ俺はそれを黙って聞くぐらいだったら出来る。何かするわけでもねぇ。それに目の前で溺れている奴がいたら流石に誰でも助けるだろが」
「まぁ、そうだよな」
二人の間に妙な沈黙が落ちる。
「飛び込みか」
余裕も興味もないと言った舌の根が乾かぬうちについ聞いてしまった。口から飛び出した質問に頭の中で「うわぁ……やっちまったぁ!」と盛大に叫んでしまう。相手に悟られないよう、少なくとも無表情は心掛けてみる。
「……まぁ、そんなところだ」
やっぱりマズイ事に触れたらしい。表情が全く読めない。基本は無表情な人なのだろうか。
自殺未遂にも、色々ある。今まで知り合った人達にも少なくはない一定数の経験者がいた。カッティングから縦切り、合法ドラッグから違法ドラッグのOD、車やバイクの事故。途中でいなくなった者もいた。皆何かを欲していて何かから逃げていて。何も出来ないのならば、どうこう言う資格もない。目の前で死にそうだったらその時は助ける。その後はその人次第。それが、俺の精一杯。
助けられないのならば、手は差し出せない。
差し出して良いのは、最後まで助ける時だけ。
だから、俺は差し出さない。
「良く来ているのか、ここ?」
「……近いんだ。たまに夜来る」
俺の方を見てまた自虐的に笑う。
「普段の夜間は、人っ子一人もいないんだけどな」
「じゃ、お前はわざわざ、一日二十四時間週七日もあるのに、俺がたまたま来たこのピンポイントの瞬間を狙ったんだな」
にやりと返して、缶を差し出す。
「一週間に一万八十分。一万分の一の確率か。最高のタイミングに」
明音が苦笑しながら缶を軽やかにあてる。カンッと軽やかな音が波の音に乗って響き渡る。
「乾杯」
二人で残りを一気に空ける。また新たな缶を出して明音に渡す。俺は目の前の海を眺めながらタブを開ける。
プシュッ
良い音がして泡が手の方にまで垂れてくる。その温かい泡を舐めるのを明音が見ている。
「そういやぁ、近くに石碑みたいなのがあったんだけど、分かるか?」
明音は少し動揺した表情で俺を見る。
「ああ。あれは『賽(さい)の河原』を元にした石塚って聞いた事がある。地元の人でもあまり行かない場所だけど……本当に良くあんな隠れた場所見付けたな」
「あぁ、さっき迷い込んでさ」
「あそこは静かだし日中は木の合間から海が見えて良いんだ。さっきも寄ってから来たんだけど……。あ、ちょうど入れ違いだったみたいだな」
「桃と日本酒の人か」
明音が苦笑する。というか、あれを見られてなくってマジで良かった、とちょっとドキドキする。
「あそこで海を見ながら一杯引っかけるのが好きなんだ」
「まぁ、確かに殺伐としていたよな。賽の河原って何だ?」
「三途の川の河原」
「……それに、俺はどう反応すりゃ良いんだ?」
明音は自虐的にではなく、可笑しそうに笑う。
「それこそナイスタイミングじゃないか?」
「なんか怖ぇーな」
俺も笑う。波の音が耳に心地良い。
瞬間、ハタっと気付く。確か、風がなかったのに草揺れてなかったか? あまり気にしてなかったけど……『あ、ちょうど入れ違い』の下りがやたらとわざとらしくて気になる。
――――クソ。マジでこいつに見られていたのなら、流石にちょっと恥ずかしい
「何か……いつもよりビールが美味しいな」
――――もしかして意外と俺よりも年下?
軽く鼻に皺が寄った顔は愛嬌がある犬のようでもある。超大型猟犬っぽいが。
「俺も美味く感じるわ」
つい釣られて笑ってしまう。考えてみたら結構凄い事したばかりじゃないか。
――――俺、頑張った。うん、エライ
落ち着いてきたら全身中の忘れていた体の傷が痛みを再び主張し始める。思い出したくもない一日の出来事を思い出して消えない問題事に溜息を吐く。明日感じるであろう激痛を想像するだけで今から憂鬱だ。無意識に体動かす度に鈍痛がする腹部を擦る。引っ掛っただけのサンダルを蹴り落として趾をワシャワシャ広げながら脚を投げ出す。解放感に落ち着く。
「……俺よりもあんたの方が酷い怪我をしていないか?」
何とも言えない表情で明音が俺を見ている。フハッとつい笑ってしまう。
「あー……ある意味俺も死にぞこないだからなぁ」
横の男が立てた片膝に腕を組み、頭を乗せて見ている。顔に影が落ちて薄いグレーの目の感情が読めない。
「こっちの死に損ないには何があったかは聞かないんだな」
「話したきゃ勝手に話していて良いぜ。聞く事ぐらいは出来る。俺からは聞かねぇよ」
俺も明音を見る。彼はフッと軽く自虐的に笑う。
「助けた命のアフターケア?」
「単に自分から面倒事に首突っ込む余裕も興味もねぇんだよ。お前が喋りたけりゃ俺はそれを黙って聞くぐらいだったら出来る。何かするわけでもねぇ。それに目の前で溺れている奴がいたら流石に誰でも助けるだろが」
「まぁ、そうだよな」
二人の間に妙な沈黙が落ちる。
「飛び込みか」
余裕も興味もないと言った舌の根が乾かぬうちについ聞いてしまった。口から飛び出した質問に頭の中で「うわぁ……やっちまったぁ!」と盛大に叫んでしまう。相手に悟られないよう、少なくとも無表情は心掛けてみる。
「……まぁ、そんなところだ」
やっぱりマズイ事に触れたらしい。表情が全く読めない。基本は無表情な人なのだろうか。
自殺未遂にも、色々ある。今まで知り合った人達にも少なくはない一定数の経験者がいた。カッティングから縦切り、合法ドラッグから違法ドラッグのOD、車やバイクの事故。途中でいなくなった者もいた。皆何かを欲していて何かから逃げていて。何も出来ないのならば、どうこう言う資格もない。目の前で死にそうだったらその時は助ける。その後はその人次第。それが、俺の精一杯。
助けられないのならば、手は差し出せない。
差し出して良いのは、最後まで助ける時だけ。
だから、俺は差し出さない。
「良く来ているのか、ここ?」
「……近いんだ。たまに夜来る」
俺の方を見てまた自虐的に笑う。
「普段の夜間は、人っ子一人もいないんだけどな」
「じゃ、お前はわざわざ、一日二十四時間週七日もあるのに、俺がたまたま来たこのピンポイントの瞬間を狙ったんだな」
にやりと返して、缶を差し出す。
「一週間に一万八十分。一万分の一の確率か。最高のタイミングに」
明音が苦笑しながら缶を軽やかにあてる。カンッと軽やかな音が波の音に乗って響き渡る。
「乾杯」
二人で残りを一気に空ける。また新たな缶を出して明音に渡す。俺は目の前の海を眺めながらタブを開ける。
プシュッ
良い音がして泡が手の方にまで垂れてくる。その温かい泡を舐めるのを明音が見ている。
「そういやぁ、近くに石碑みたいなのがあったんだけど、分かるか?」
明音は少し動揺した表情で俺を見る。
「ああ。あれは『賽(さい)の河原』を元にした石塚って聞いた事がある。地元の人でもあまり行かない場所だけど……本当に良くあんな隠れた場所見付けたな」
「あぁ、さっき迷い込んでさ」
「あそこは静かだし日中は木の合間から海が見えて良いんだ。さっきも寄ってから来たんだけど……。あ、ちょうど入れ違いだったみたいだな」
「桃と日本酒の人か」
明音が苦笑する。というか、あれを見られてなくってマジで良かった、とちょっとドキドキする。
「あそこで海を見ながら一杯引っかけるのが好きなんだ」
「まぁ、確かに殺伐としていたよな。賽の河原って何だ?」
「三途の川の河原」
「……それに、俺はどう反応すりゃ良いんだ?」
明音は自虐的にではなく、可笑しそうに笑う。
「それこそナイスタイミングじゃないか?」
「なんか怖ぇーな」
俺も笑う。波の音が耳に心地良い。
瞬間、ハタっと気付く。確か、風がなかったのに草揺れてなかったか? あまり気にしてなかったけど……『あ、ちょうど入れ違い』の下りがやたらとわざとらしくて気になる。
――――クソ。マジでこいつに見られていたのなら、流石にちょっと恥ずかしい
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