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20 飛び降りまで追い込んだ理由
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◇
人の怒鳴り声で意識が浮上する。暫くの間完全に寝ていたらしい。目を開ける前に手足がぴくりと覚醒していく意識に反応する。
「待っていたのよ! なんでずっと連絡しないのよ!」
パシン
小さな振動と音が頭のすぐ近くでする。
――――……あぁ?
目を開ける。明音は無言のまま背中の筋肉を強張らせている。呼吸も浅く俺の体重を支える手が、支えるよりもむしろ俺にしがみ付いている気がする。
「明音?」
背中がピクリと痙攣する。離してもらい立ち上がってみると玄関にいる。
1DKなのだろうか。玄関から入るとすぐにリビング、横にキッチン、奥に見える部屋にはベッドというシンプルだが少し高そうな部屋である。色々高価そうな物があるのに、全部部屋の片隅に放り投げられている。その物品への執着も愛着も拒絶するかのように開けられた形跡がない物まで無造作に重ねて置いてある。存在感あるのはソファ、テーブル、冷蔵庫、そしてベッドのみ。異様にベッドだけが目立つ。そちらに女のブランドバッグやらが置いてあるからだろうか。リビングのテーブルには赤ワインとグラスがある。そして俺達の足元には高価そうなピンヒールが揃えて置かれている。
直ぐ近くにその女がいた。
やたらと若作りなその美人の唇が真っ赤なリップで毒々しく蠢く。ボディーラインを強調した服を着ている。そして、凄く怒っている。明音にも。邪魔な俺にも。
「誰よ、その男。なんで貴方が私の知らない人といるのよ! 今日何曜日か分かるでしょう⁉」
値踏みするように、目で俺の全身を舐めまわして眺める。その後、明音に流す媚びた視線。鳥肌が立つ。非常に不快な、まるで全身をゴキブリに這い回れるような感覚がする。首の後ろの毛が逆立つ。
「帰ってくれ。……頼む」
明音の声が心なしか凄く震えている、気がする。さり気無く俺を彼女の視線から庇うように明音が手を俺の前に翳す。
「母さん」
――――母親? いや、この態度って寧ろ……
彼女がこちらに向かって凄い形相をしてくる。それだけで明音の手が痙攣し始める。呼吸がより浅く、早くなる。
「頼むから……!」
俺の前に伸ばした手が俺に触れ、俺をより自分の体の影に押し込む。
「……」
彼女の死角で彼の手にそっと触れてみる。やたらと冷たい指先が勢いよく俺の指先を強く掴む。しがみ付いてくる。
「貴方は明音のお友達? 平日にこんな遅くまでお出掛けをしているなんて、ちょっと非常識過ぎないかしら」
俺を見る目は、これは。
――――……女、だよな
「明後日また来るわ。……友人はもうちょっと選んだ方が良いのかもね」
ねっとりとした声で明音の肩に長いネイルで着飾った指をなぞる。肩を愛撫するようにゆらゆら擦る。もう片方の手を明音の胸に添える。俺の事は極力視野に入らないようにしている。
「貴方の事は私が一番よく知っているのだから」
ふと彼女の指が止まる。目は明音のシャツの事後の跡に釘付けになっている。怒りかはたまた違う感情かで真っ赤になっていく。真横にいれば匂いでももう気付いているだろう。パッと俺を驚愕と憎悪と嫉妬が混ざり合った目で睨む。
――――あぁ……やっぱり、そういう事か
無意識に舌打ちをする。
パシッ
女の手を跳ね除け、明音の前に出る。肩の上から手を伸ばし、彼の頭を俺の背後に押しつける。母親のこんな醜い顔は見ないでいい。
「明音は俺のだ」
明音がぴくりと反応をする。
「……」
俺を遠慮気味に後ろから抱き締める。彼女の前で左手を明音の腕に重ねる。徐々に俺を抱き締める腕に力が入る。痛いぐらいにギリギリと、俺の体を折るつもりぐらいに。腹にも回された腕がきつく締めあげてくる。
「っ……」
体が無意識に痛みで強張る。明音はそれさえにも気付かない程震えている。
「男同士で……汚らわしい!」
明音がまたぴくりと痙攣する。彼を安心させる為に、彼の腕に添えた手に力を入れる。
俺は彼の母親を睨み付ける。
「汚らわしい? てめぇのやっていた事よかずっとマシだろ」
背後で明音が可愛そうなぐらい動揺するのが分かる。
「もう、二度と触らせねぇよ」
彼女は動揺したように明音の方に手を伸ばすが、再度俺に手を叩かれる。
「何……を」
「母親、なんだよな? あんたは、自分の息子の、何のつもりだ?」
「……!」
彼女の顔がサッと朱に染まる。唇が震える。
「明音……」
明音は彼女の声に答えない。
「明音!」
彼女の悲痛な金切り声が鼓膜に痛い。
明音は俺の肩に顔を埋めたまま、震えたまま、声を絞り出す。
「……もう、止めてくれ!」
もう彼は彼女を見る事はないだろう。
彼女は、明音の母親は、醜く顔を歪め、涙を流す。酷く青ざめたままバッグを掴んで走り出ていく。後ろでドアがバタン、と煩く閉まる。
――――一生、苦しめばいい
「……」
明音はまだ俺を離さない。俺はそのままの体勢で彼の両腕をそっと抱き締める。
「……これが原因か」
自決しようとするまで追い込まれたのは。
人の怒鳴り声で意識が浮上する。暫くの間完全に寝ていたらしい。目を開ける前に手足がぴくりと覚醒していく意識に反応する。
「待っていたのよ! なんでずっと連絡しないのよ!」
パシン
小さな振動と音が頭のすぐ近くでする。
――――……あぁ?
目を開ける。明音は無言のまま背中の筋肉を強張らせている。呼吸も浅く俺の体重を支える手が、支えるよりもむしろ俺にしがみ付いている気がする。
「明音?」
背中がピクリと痙攣する。離してもらい立ち上がってみると玄関にいる。
1DKなのだろうか。玄関から入るとすぐにリビング、横にキッチン、奥に見える部屋にはベッドというシンプルだが少し高そうな部屋である。色々高価そうな物があるのに、全部部屋の片隅に放り投げられている。その物品への執着も愛着も拒絶するかのように開けられた形跡がない物まで無造作に重ねて置いてある。存在感あるのはソファ、テーブル、冷蔵庫、そしてベッドのみ。異様にベッドだけが目立つ。そちらに女のブランドバッグやらが置いてあるからだろうか。リビングのテーブルには赤ワインとグラスがある。そして俺達の足元には高価そうなピンヒールが揃えて置かれている。
直ぐ近くにその女がいた。
やたらと若作りなその美人の唇が真っ赤なリップで毒々しく蠢く。ボディーラインを強調した服を着ている。そして、凄く怒っている。明音にも。邪魔な俺にも。
「誰よ、その男。なんで貴方が私の知らない人といるのよ! 今日何曜日か分かるでしょう⁉」
値踏みするように、目で俺の全身を舐めまわして眺める。その後、明音に流す媚びた視線。鳥肌が立つ。非常に不快な、まるで全身をゴキブリに這い回れるような感覚がする。首の後ろの毛が逆立つ。
「帰ってくれ。……頼む」
明音の声が心なしか凄く震えている、気がする。さり気無く俺を彼女の視線から庇うように明音が手を俺の前に翳す。
「母さん」
――――母親? いや、この態度って寧ろ……
彼女がこちらに向かって凄い形相をしてくる。それだけで明音の手が痙攣し始める。呼吸がより浅く、早くなる。
「頼むから……!」
俺の前に伸ばした手が俺に触れ、俺をより自分の体の影に押し込む。
「……」
彼女の死角で彼の手にそっと触れてみる。やたらと冷たい指先が勢いよく俺の指先を強く掴む。しがみ付いてくる。
「貴方は明音のお友達? 平日にこんな遅くまでお出掛けをしているなんて、ちょっと非常識過ぎないかしら」
俺を見る目は、これは。
――――……女、だよな
「明後日また来るわ。……友人はもうちょっと選んだ方が良いのかもね」
ねっとりとした声で明音の肩に長いネイルで着飾った指をなぞる。肩を愛撫するようにゆらゆら擦る。もう片方の手を明音の胸に添える。俺の事は極力視野に入らないようにしている。
「貴方の事は私が一番よく知っているのだから」
ふと彼女の指が止まる。目は明音のシャツの事後の跡に釘付けになっている。怒りかはたまた違う感情かで真っ赤になっていく。真横にいれば匂いでももう気付いているだろう。パッと俺を驚愕と憎悪と嫉妬が混ざり合った目で睨む。
――――あぁ……やっぱり、そういう事か
無意識に舌打ちをする。
パシッ
女の手を跳ね除け、明音の前に出る。肩の上から手を伸ばし、彼の頭を俺の背後に押しつける。母親のこんな醜い顔は見ないでいい。
「明音は俺のだ」
明音がぴくりと反応をする。
「……」
俺を遠慮気味に後ろから抱き締める。彼女の前で左手を明音の腕に重ねる。徐々に俺を抱き締める腕に力が入る。痛いぐらいにギリギリと、俺の体を折るつもりぐらいに。腹にも回された腕がきつく締めあげてくる。
「っ……」
体が無意識に痛みで強張る。明音はそれさえにも気付かない程震えている。
「男同士で……汚らわしい!」
明音がまたぴくりと痙攣する。彼を安心させる為に、彼の腕に添えた手に力を入れる。
俺は彼の母親を睨み付ける。
「汚らわしい? てめぇのやっていた事よかずっとマシだろ」
背後で明音が可愛そうなぐらい動揺するのが分かる。
「もう、二度と触らせねぇよ」
彼女は動揺したように明音の方に手を伸ばすが、再度俺に手を叩かれる。
「何……を」
「母親、なんだよな? あんたは、自分の息子の、何のつもりだ?」
「……!」
彼女の顔がサッと朱に染まる。唇が震える。
「明音……」
明音は彼女の声に答えない。
「明音!」
彼女の悲痛な金切り声が鼓膜に痛い。
明音は俺の肩に顔を埋めたまま、震えたまま、声を絞り出す。
「……もう、止めてくれ!」
もう彼は彼女を見る事はないだろう。
彼女は、明音の母親は、醜く顔を歪め、涙を流す。酷く青ざめたままバッグを掴んで走り出ていく。後ろでドアがバタン、と煩く閉まる。
――――一生、苦しめばいい
「……」
明音はまだ俺を離さない。俺はそのままの体勢で彼の両腕をそっと抱き締める。
「……これが原因か」
自決しようとするまで追い込まれたのは。
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