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第一章

困惑の日

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なぜ、あの女が学校にいるんだ?正太郎の頭は混乱する。似ているだけか?いや、そんなわけはない。自分の能力だからわかる。今までこの力は間違えたことはない。

「あの女がひき逃げ犯?それ、本当か?」猫田がボソボソと囁く。
「ああ、間違いない」正太郎もそれに応じる。
「とりあえず素知らぬふりして教室にいこう」猫田が親指で校舎を指さす。
「ああ、そうだな」

校門前でその女は、登校する学生全員に挨拶をしていた。正太郎と猫田は適当に会釈し、その女をやり過ごした。

「こんなことってあるんだな」猫田が上履きに履き替えながら言う。
「俺が一番驚いてるよ。頭の中にいた女が現実に目の前にいたんだから」正太郎は目を丸くする。
「研修生とかかな。それとも産休代理の先生とか」
「そんなとこだろうな。それにしても人を殺した翌日によくまぁあんな笑顔で挨拶できるな」
「ああ、女は怖いねぇ」猫田がとぼけたように言う。
「どうすりゃいいかな。殺人犯が校内にいるんだぞ。ほっとくわけにもいかない」
「とりあえずは様子見しかないだろ。何者かも分からないし」
正太郎は猫田の肝の据わりように少し感心した。思い返せば昔から能天気な奴だった。



山ノ井冬香は田村の身辺を聞き込みしていた。会社の同僚、通っているスポーツジムの職員や客、よく行く飲食店、自宅の近隣住民。
さすがに少し疲れたようだ。近くのファーストフードで休憩を取ることにする。

(わかったことは、田村は人殺しができるような悪人ではないってこと。どちらかと言えば小心者でおとなしい性格のようだ。車は確かに所有しているが、滅多には乗らないと言うこともわかった。そして、美人の恋人がいたと言うことも)
冬香はアイスコーヒーを飲みながら考えを巡らす。
(どう考えてもおかしい。だとすれば本当にただの事故?とりあえずその恋人は抑えておかなきゃ。あとは・・・現場か)
ズズズとコーヒーを飲み干し、冬香は席を立つ。

冬香は現場周辺で聞き込みを続ける。しかし残念ながら有力な手がかりはない。
現場検証をしてみても、今わかっている以上のことはわからない。腕時計を見るとすでに夜の9時を過ぎている。
(うーん。今日はここまでにするかな。明日は被害者の家族と田村の恋人、そこを攻めよう)
冬香はそう考え、近くの駅へと向かう。

駅が見えてきた。冬香は立ち止まる。そして目を閉じる。
(いや、もう少し聞き込んでみよう)冬香は踵を返し、現場に戻る。



あの女はやはり産休代理の教師らしい。3年の男子生徒が美人の先生が来たと騒いでいた。
正太郎は自室のベッドに寝そべり、考えていた。
(どうすりゃいい?110番か?いや、誰も信じちゃくれないな。でも、人殺しだぞ。みんなが危ない)
夕方のニュースでは、逮捕された田村美希男が全面的に自供したらしい。正太郎には訳がわからなかった。絶対にあの女が真犯人なのに!どういうことなんだ!自分の能力が鈍ったのか。自分には確かめる方法もない。
(まあ、それならそれでいい。俺の勘違いで済む問題だしな。仕方ない。猫田の言うようにしばらくは様子を見るか)
ドア越しに母親の声が聞こえる。一階からご飯よと叫んでいる。
「はいよー、今行くー!」正太郎は苛立った声で返事をした。
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