人間ならざる者たちよ

辻本 羽音

文字の大きさ
1 / 13
序章

1 ロザリオ

しおりを挟む
 二人は焼却炉の前に立っていた。彼らが見つめる先にはごうごうと燃える炎があり、その中に人間の手足を放り投げた。彼らの間に会話はなく、ただぱちぱちと燃え盛る音だけが響いている。
 少年も吸血鬼も血だらけであり、月明かりが照らし出す二人の顔は赤く染まっていた。
 吸血鬼は酷い不安に押しつぶされそうになっていた。本来、吸血鬼の心臓は動かないはずだが、今だけは激しい鼓動が聞こえてきてもおかしくなかった。それほど彼は動揺しており、漠然とした恐怖心に襲われていた。
 突然、ぐうと間抜けな音が響き渡った。
 吸血鬼は反射的に音のしたほうを見た。少年が驚いたような顔で腹に手を当てており、彼を見て音の正体が何なのかを察した。

「お腹が空いているのかい?」

 吸血鬼の問いかけに少年は答えなかった。
 長い沈黙が続いたあと、吸血鬼は名案を思いついて家の中に入った。キッチンで必要な物を用意してすぐに少年の元へ帰ってくる。彼が持ってきたのはシフォンケーキが乗った皿とフォークだった。

「紅茶のシフォンケーキだよ。もちろん無理に食べろとは言わない。吸血鬼の作ったケーキなんて気味が悪いだろうからね。とりあえず血は入ってないから安心して」

 吸血鬼は場を和まそうと無理に微笑みを浮かべた。血濡れた手でケーキを運ぶ姿はなんとも不気味であった。
 少年はいっさい表情を変えずに、差し出されたケーキをおとなしく受け取った。フォークを持ち、恐る恐るといった様子でシフォンケーキを一口食べる。よほどおいしかったのか、なにかに取りつかれたようにものすごい勢いでシフォンケーキを食らいつくした。
 あっという間に皿が空になり、少年はうつむいたまま動かなくなった。うんともすんとも言わなくなった少年を前に、吸血鬼はどうしたらいいかわからず困惑した。
 声をかけようとした次の瞬間、少年が顔を上げた。少年は大粒の涙を流していた

「おいしい」

 少年は声を震わせながら言った。
 感情を押し殺すように泣いている少年を見て胸を締め付けられた吸血鬼は、ひざまずいて彼を抱きしめた。

「大丈夫。なにがあっても必ず君を守ってみせる。約束するよ。君はなんにも悪くない。もう戦わなくていいし、自分を責める必要もない」

 吸血鬼は少年をひしと抱きしめて一つ一つ大切に言葉を紡いでいった。少年はしがみつくように吸血鬼の背中に手を回した。
 身を寄せ合う二人のすぐ近くで、ぱちぱちと火がはじけている。焼却炉のそばには、手足や頭、下半身が切り取られた胴体が置いてあった。
 首には血濡れたロザリオが二つかけられていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

異国妃の宮廷漂流記

花雨宮琵
キャラ文芸
唯一の身内である祖母を失った公爵令嬢・ヘレナに持ち上がったのは、元敵国の皇太子・アルフォンスとの縁談。 夫となる人には、愛する女性と皇子がいるという。 いずれ離縁される“お飾りの皇太子妃”――そう冷笑されながら、ヘレナは宮廷という伏魔殿に足を踏み入れる。 冷徹と噂される皇太子とのすれ違い、宮中に渦巻く陰謀、そして胸の奥に残る初恋の記憶。 これは、居場所を持たないお転婆な花嫁が、庇護系ヒーローに静かに溺愛されながら、逞しく美しい女性に成長するまでの、ときに騒がしく、とびきり愛おしい――笑って泣ける、ハッピーエンドのサバイバル譚です。 ※しばらくの間、月水金の20時~/日の正午~更新予定です。 © 花雨宮琵 2025 All Rights Reserved. 無断転載・無断翻訳を固く禁じます。 ※本作は2年前に別サイトへ掲載していた物語を大幅に改稿し、別作品として仕上げたものです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...