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「そうね、わたくしもユリウスに賛成だわ。ローラちゃんに無理をさせるわけにはいかないもの。主治医の判断に従いましょう」

お母様は頷き、薔薇の入った紅茶をゆっくりと飲んだ。

お父様は何か言いたげに私を見つめているが、言葉にはしない。

二人とも、健康や医療に関して、クイーンズ家の専属医師であるユリウスに絶大な信頼を置いているからだ。

「ユリウス。ありがとう。私の体と心を気遣ってくれて。あなたが冷静でいてくれたから、私もパニックにならずにすんだわ」

さっき、もしユリウスが部屋に入ってきていなかったら――私は見苦しく泣きわめいたり、怒鳴ったり、アレックスにすがりついていたかもしれない。

もしくは、発作的に死にたくなって、早まった行動をとっていたかも。

いや……さすがにないとは思うけど。でも、それぐらいショックだったのだ。

「ローラ様は常に落ちついておられましたよ。俺だったら、あの場でキレ散らかしています。本当にご立派でした」

「キレ散らかすって……。ふふっ、面白い人」

こんなときなのに、いつもどおりのユリウスがおかしくて、私は微笑んでいた。

「でも、やっぱり明日は私の口から、皆さんにご挨拶させてほしいの。それが、わたくしたちの結婚式に集まってくださった方々への礼儀だと思う」

「ローラ様。俺はあなたの主治医です。あなたの体調管理を完璧に行い、健康をお守りする責任があります」

「分かってる。でも、ここで逃げたら、私は余計に心が病むと思う。お父様やユリウスに守ってもらって、自分の部屋に引っ込んでるって想像するだけで、悔しいし、情けないし、後ろめたい気持ちでいっぱいになる」

私は言って、お父様の目を見た。

お父様が頷いているのを見て、真意が伝わったのが分かった。

「さっき、お父様は私に言ってくださったわ。私は何も悪くないと。だったら、逃げ隠れする理由はどこにもないはずよ。私は誇り高きクイーンズ家の姫なのだから」

自分でも信じられないくらい、すらすらと言葉が出た。

私は姫なのよ、なんて、前世の私が聞いたら恥ずかしさで顔から火が出るような台詞だ。

でも、今は全く恥ずかしいとは思わなかった。

「……あなたに非がないことは分かっています。精神的負担が大きすぎると言っているんです。
自分が悪いわけではなくても、嵐に巻き込まれればボロボロになるし、雷に打たれれば死ぬことだってある。
私が言っているのは、あなたには回復するための時間が必要だということです」

ユリウスの口調が少しだけ苛立っている。

お父様やお母様がいなければ、この分からず屋、って怒ってるところだろう。

「私は無理して、平気ぶりたいわけじゃないの。お父様やお母様に悪いからって、気を使っているわけでもない。
ただ、自分のためよ。10年間、結婚すると思って付き合ってきた婚約者と別れて、すぐに気持ちの整理はできないけど……それでも、私なりに明日の結婚式でケジメをつけたいの。

挨拶の途中で具合が悪くなって、倒れるかもしれない。泣き出して、何も話せなくなるかもしれない。恥をかいて、二度と社交界に出られなくなるかもしれない。それでも、今ここで逃げ出すよりは、ずっといい。

どうせ倒れて寝込むなら、やりきってからにしたいの。私のわがまま、聞いてくださらない?」

ユリウスは緑色の目でじっと私を見つめる。

ここは逸らしてはいけないところだと思い、私はまっすぐ見つめ返した。

「……つくづく聞き分けの悪い方ですね、あなたも」

しばらくして、ため息まじりにユリウスは言った。
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