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「私は、友達を作るのが上手ではありません。人当たりがよくない、気むずかしい人間だと周囲には思われています。愛想よく笑ったり、お世辞を言ったりすることが苦手で、今までたくさんの誤解を受けてきました。

ナサニエル王立学院2年生に上がったころ、私に言い寄ってきた同級生がいました。
何度かお断わりすると、彼はご自分の親に言いつけて、正式な縁談を我がルークス家に持ちかけました。
それでもお断わりすると、今度は私を誹謗中傷する噂をクラスメイトや関わりのある方々に手紙で送りました。
『マリー・ルークスは、実は精神に異常をきたしている。彼女は突然、周囲の人間に暴力を振るい、暴言を吐く。
結婚相手になるはずだった男子生徒は、彼女を支えるために献身的に尽くしていたが、顔を何発も殴られたことがきっかけで、この縁談は破談になった』というものでした。

……実際は、私に言い寄ってきた男子生徒が、我が家のメイドの尊厳を踏みにじる発言をし、無理やり手を出そうとしたため、私が割って入ったというのが真実でした。
その場で彼の頬を一度だけたたくと、彼は泣きながら逃げ帰りました。
私はこの事件を公表するつもりでしたが、メイドから事を荒立てないでほしいと頼まれたこと、そして大ごとにするのは相手のためにもよくないだろうと思い、仕方なく黙っているつもりでした。
ところが、この根も葉もない嘘によって、私は翌日から暴力女のレッテルを張られ、クラスメイトから無視されるようになったのです」

澄んだ声で、淡々と話すマリーの表情は落ちついている。

確かに2年生のころ、マリーは1人でいることが多かったけれど、そんなことがあったなんて……知らなかった。

「一番ショックだったのは、誰一人、私に直接そのことを聞いてこなかったことです。質問してくれれば、それは嘘だと訂正することもできます。しかし、誰もそうはしてくれませんでした。
遠巻きにして、ひそひそ噂話をして、私が通りかかるとさっと顔をそむけて逃げていく。
みんなは今ここにいる私の言葉よりも、誰から聞いたか分からないような噂話や嘘を信じるのだと思い、人が信じられなくなりました。

……そんなときに声をかけてくれたのが、ローラ様でした」

え、私?

心当たりが全くなく、私は目をぱちぱちさせた。

「ローラ様は噂が流れた後も、全く気にすることなく私に話しかけてくださった、唯一の方でした。
私がお世辞を言えないことも、『マリーの言葉はいつも真っすぐだから、信頼できる』とおっしゃってくださいましした。そして、『マリーが怒るのはいつも、自分のためじゃなく、他の誰かのためだ』と言って、私のことを理解してくださいました。

私はその言葉に、離れず一緒にいてくださったことに、どれほど救われたか分かりません。
ローラ様がいなければ、私はあのとき死んでいたかもしれません。少なくとも、人を信じて関係性を築くことは放棄していたでしょう。

ローラ様は、私の恩人です。心から感謝しています」

マリーは私の目を見て、はっきりと言った。

こんなに素敵な言葉をもらえるなんて……思わなかった。

「ローラ様とアレックス様のご結婚中止に、どんな事情があったのか、私には分かりません。ただ、今ここにアレックス様がいないことを、残念に思います。
結婚とは、2人で人生を共に歩むこと。ローラ様は、今日この日、たった1人で責任を最後まで果たされました。
できることなら、私はアレックス様のお考えもぜひ伺いたいと思います」

だいぶ攻めた発言に、大広間がざわつく。

目が合うと、マリーは大胆不敵な笑みを浮かべた。

「最後に、私はまだ結婚していませんが、先輩夫婦であるお父様とお母様の言葉をお伝えします。
『結婚はゴールではなく、始まりである。そして、結婚せずにお別れすることになっても、決して無駄ではない。
結果はどうあれ、一人の方を愛することができたのは、その方の優しさや愛情深さ、心の豊かさの証明だ』と。

……ローラ様のこれからの人生が、ますます幸多きものになることをお祈りし、永遠の友情をここにお誓いして、ご挨拶とさせていただきます。
ローラ様、ご清聴いただきました皆さま、本当にありがとうございました」

私は立ち上がり、マリーのために真っ先に拍手した。

すると大広間に再び、割れんばかりの拍手喝采が満ちた。

ステージをおり、席に戻ってきたマリーは私を強くハグしてくれた。

「ありがとう。ありがとう、マリー……」

こんな大好きな、素敵な友達がいて、私は幸せ者だ。

拍手が鳴りやまない中、私たちは強い絆を感じながら、ぎゅっと抱きしめ合った。






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