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春の章
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「何がおっしゃりたいのですか」
ルベリエは人さし指をユリシスの鼻先に突きつけ、いとも断定的に、
「お前は危ない」
と再度繰り返した。
「危ないとは何ですか。士官として軍務に臨むための覚悟が足りないという意味ですか」
「そういうことじゃない。それ以前の問題なんだよ」
ルベリエはわずらわしそうに首を振った。それ以上の説明をする気はないようだった。
思った以上に動揺していたせいか、「では、なぜ」と聞く声が震える。
「お前が、転んだことのない人間だからだ」
はっきりと底意を理解したわけではないのに、頭を殴られたような衝撃があった。
ユリシスの混乱など知らぬげに、ルベリエは真顔で言う。
「転んだことのない者に、転んだら何が起こるかを知ることはできない」
悪意はない、一かけらもない。その代わり、ほんのわずかな善意もない。
ルベリエの言葉は淡々と真実のみをえぐっていた。
それが分かるからこそユリシスは戸惑い、その感情はやがて恐れから怒りへと転化しつつあった。
「あなたに何が分かるんだ」
居ずまいを正し、せいいっぱい胸を張って言い返す。
「上手に転ぶには技術がいる」
頼んでもおらず相づちもなしに、彼は続ける。
「最初は格好悪いし痛いが、何度か転べば受け身を取ることができるようになる。穴ぼこや木の根に気をつけることもできる。だが、一度も転ばずに歩くことは誰にもできない」
まるで抑揚のない語調に、ユリシスは気味が悪くなってきた。
抱いていた怒りの代わりに、徐々に違和感と疑念が兆し始める。
この人は一体誰なのだ?
妙に持って回った言い回しといい、厳かな口調といい、普段の辛辣すぎるほど率直なルベリエ教官とは別人のようだ。
そのとき、夕食を報せる鐘の音が鳴り響き、ユリシスは安堵を目に浮かべて言った。
「申し訳ありません。僕はこれで失礼します」
非の打ちどころのない敬礼をすると、踵を返してトレーニングルームから出ていく。
その背中を見つめ、ルベリエは濃い霧のような懸念を覚えて天を仰いだ。
ルベリエは人さし指をユリシスの鼻先に突きつけ、いとも断定的に、
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ルベリエはわずらわしそうに首を振った。それ以上の説明をする気はないようだった。
思った以上に動揺していたせいか、「では、なぜ」と聞く声が震える。
「お前が、転んだことのない人間だからだ」
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「転んだことのない者に、転んだら何が起こるかを知ることはできない」
悪意はない、一かけらもない。その代わり、ほんのわずかな善意もない。
ルベリエの言葉は淡々と真実のみをえぐっていた。
それが分かるからこそユリシスは戸惑い、その感情はやがて恐れから怒りへと転化しつつあった。
「あなたに何が分かるんだ」
居ずまいを正し、せいいっぱい胸を張って言い返す。
「上手に転ぶには技術がいる」
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まるで抑揚のない語調に、ユリシスは気味が悪くなってきた。
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そのとき、夕食を報せる鐘の音が鳴り響き、ユリシスは安堵を目に浮かべて言った。
「申し訳ありません。僕はこれで失礼します」
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