50 / 174
春の章
48
しおりを挟む死因は、とルベリエは事務的に問うた。
「断定はできないけれど、恐らく毒物だと思う」
「恐らくとしか言えないのか」
非難の色を含んだ口調に、ラグランジュは柔和に眉尻を下げた。
「一般的な毒物であれば分かるんだけど、反応を見る限り、どうもそうではないらしい。少なくとも解剖してみないことには、これ以上確実なことは言えないな」
ルベリエは苦々しい表情で死体を見下ろした。
直接の死因は急激な体温の低下による昏睡、心肺機能の停止だと思われるというのが、ラグランジュの見解だった。
しかし、それを引き起こした要因は今のところ定かではない。
ベッドに横たわるシルヴァリオの顔は、青ざめていること以外、生きている人間のそれとほぼ変わらない。
彼を発見したリングレーも最初は寝ているのかと思ったが、声をかけても反応せず、揺さぶると石のように冷たくなっているので、ようやく死んでいることに気づいたのだという。
「毒といっても種類はいろいろあって、神経毒や呼吸器系の障害を起こすもの、内臓機能を麻痺させるもの、心筋を壊死させるものと様々だ。だが、彼の遺体からは何の残留物も検出されなかった。嘔吐、吐血、炎症、膨張、皮膚の変色や硬化、喉を掻き毟った痕。服毒した人間に通常なら見られるはずの痕跡がおよそ見当たらない」
「では逆に、なぜ毒物だと推定できる」
「カルテを見たけれど、彼に大病の既往歴はない。遺伝性の持病もなく、入校時の身体検査でも健康状態は優良そのものだった。突然死するような原因は皆無だよ」
「急激な運動と疲労の蓄積による心臓への負担とは考えられないか」
「可能性としてなくはないけれど、そうであれば睡眠中の死という点と辻褄が合わない。異常な体温低下とも結びつ
かないしね」
ラグランジュは理性的な面持ちで、
「運動中の突然死の原因は心疾患が大部分を占める。繰り返すようだけれど、彼に心臓系の持病はなかった。年齢的にも心臓発作のリスクは低いし、第一君も知っているように昨日は休日だ。彼が自主練をしていなかったことは、ほかの友人たちが証言している」
そうか、とルベリエは引き下がったが、完全に納得しているわけではなさそうだった。
ラグランジュは労わるような眼差しで、
「気持ちは分かるよ、サーベラス。僕も残念だ。こんな形でここを去る者が出るなんて」
ルベリエは応えず、もう一度シルヴァリオの顔を見下ろした。
瞳は緩やかに閉じ合わされ、青紫色に褪せ、かすかに開いた唇からは歯並びの悪い歯が幾つか覗いている。
組み合わされた指先は、石膏のように青白く強張っていた。
「……死体を搬出させる。検死解剖の結果は、後ほど報告書として提出しろ」
「了解」
敬礼を返し、ラグランジュは人を呼ぶために部屋を出る。
物言わぬ虚ろな骸のほかに誰もいなくなった部屋で、ルベリエは祈るように瞑目する。
そして目を開けると、一切の感情は表情から拭い去られたように消えていた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】純白のウェディングドレスは二度赤く染まる
春野オカリナ
恋愛
初夏の日差しが強くなる頃、王都の書店では、ある一冊の本がずらりと並んでいた。
それは、半年前の雪の降る寒い季節に死刑となった一人の囚人の手記を本にまとめたものだった。
囚人の名は『イエニー・フラウ』
彼女は稀代の悪女として知らぬ者のいない程、有名になっていた。
その彼女の手記とあって、本は飛ぶように売れたのだ。
しかし、その内容はとても悪女のものではなかった。
人々は彼女に同情し、彼女が鉄槌を下した夫とその愛人こそが裁きを受けるべきだったと憤りを感じていた。
その手記の内容とは…
異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~
繭
ファンタジー
高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。
見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に
え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。
確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!?
ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・
気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。
誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!?
女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話
保険でR15
タイトル変更の可能性あり
転生ガチャで悪役令嬢になりました
みおな
恋愛
前世で死んだと思ったら、乙女ゲームの中に転生してました。
なんていうのが、一般的だと思うのだけど。
気がついたら、神様の前に立っていました。
神様が言うには、転生先はガチャで決めるらしいです。
初めて聞きました、そんなこと。
で、なんで何度回しても、悪役令嬢としかでないんですか?
うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
ある日、私は事故で死んだ───はずなのに、目が覚めたら事故の日の朝なんですけど!?
ねーさん
恋愛
アイリスは十六歳の誕生日の前の日に、姉ヴィクトリアと幼なじみジェイドと共に馬車で王宮に向かう途中、事故に遭い命を落とした───はずだったが、目覚めると何故か事故の日の朝に巻き戻っていた。
何度もその日を繰り返して、その度事故に遭って死んでしまうアイリス。
何度目の「今日」かもわからなくなった頃、目が覚めると、そこにはヴィクトリアの婚約者で第三王子ウォルターがいた。
「明日」が来たんだわ。私、十六歳になれたんだ…
攻略. 解析. 分離. 制作. が出来る鑑定って何ですか?
mabu
ファンタジー
平民レベルの鑑定持ちと婚約破棄されたらスキルがチート化しました。
乙ゲー攻略?製産チートの成り上がり?いくらチートでもソレは無理なんじゃないでしょうか?
前世の記憶とかまで分かるって神スキルですか?
転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す
RINFAM
ファンタジー
なんの罰ゲームだ、これ!!!!
あああああ!!!
本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!
そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!
一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!
かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。
年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。
4コマ漫画版もあります。
十八歳で必ず死ぬ令嬢ですが、今日もまた目を覚ましました【完結】
藤原遊
恋愛
十八歳で、私はいつも死ぬ。
そしてなぜか、また目を覚ましてしまう。
記憶を抱えたまま、幼い頃に――。
どれほど愛されても、どれほど誰かを愛しても、
結末は変わらない。
何度生きても、十八歳のその日が、私の最後になる。
それでも私は今日も微笑む。
過去を知るのは、私だけ。
もう一度、大切な人たちと過ごすために。
もう一度、恋をするために。
「どうせ死ぬのなら、あなたにまた、恋をしたいの」
十一度目の人生。
これは、記憶を繰り返す令嬢が紡ぐ、優しくて、少しだけ残酷な物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる