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朝の清冽な空気の中で、聖はそっと目を覚ました。
気がついたら泥のように眠っていたらしい。一瞬、自分がどこで今がいつなのか分からずに混乱する。
見上げた天井は高く、畳の上に敷かれた布団は清潔で真新しかった。
「えっと……」
必死で昨晩の記憶を手繰ろうとするが、靄がかかったように思い出せない。
どうやら、ここが自分の部屋でないらしいことだけが確かだった。こんなによく眠ったのは久しぶりだ。
(今までは、あいつがいたからな)
隙を見せるのが恐ろしくて、夜もおちおち眠れない日が続いていた。
自分は決してヴァンに心を許していたわけではないのだ、と改めて再確認する。
そのとき、襖が開いて、濃紺の和服に身を包んだ粋な姿の遥が現れた。
「おはよう、聖君」
聖は驚いてがばりと布団から起き上がった。
「おはようございます!」
「どうしたんだい?そんなにびっくりした顔をして。まだ寝ぼけてるのかな」
と、遥は笑い含みの声で言う。聖は首を振って、それから自分の格好に気づいた。
貸してもらった浴衣の襟が寝乱れてはだけていた。慌てて襟元をかきあわせ、布団を上げながらようやく思い出す。
(そうだった。昨日あのまま、遥さんの家に泊まったんだっけ)
父も兄も家におらず、帰って一人で夕食をとることを聞き出すと、遥はぜひ自分の家で食べていくようにと勧めてくれた。
自分が失態をさらしてしまった直後で気まずく、聖は遠慮して固辞したのだが、遥はこだわらずに快く招待してくれたので、甘えることにしたのだった。
月代家は神社の脇にある広大な古い屋敷で、どこもかしこも掃除が行き届いており、なんとなくぴんと張った糸のような、凛然とした空気が漂っている気がした。
心地よい木の香りがする、大きな檜風呂に浸かっていると、外から声が響いた。
「湯加減はどうだい?」
「とても気持ちいいです。ありがとうございます」
「よかった。入ってもいいかな?」
聖が答える前にガラス戸が開いて、腰にタオルを巻いた遥が入ってきた。
細身だがしなやかな筋肉のついた身体に思わず見とれる。
「どうしたの?顔が赤いけれど」
「あ、いや」
「のぼせちゃったのかな?」
と、遥は柔和に笑う。聖が慌てたように湯船から上がると、
「今日は疲れただろう。ここに座って。背中を流してあげるよ」
「あ、いや、いいです。大丈夫です」
首を振る聖を強引に座らせて、
「いいからいいから」
遥はスポンジのようなものに泡を含ませて、聖の背中を擦った。
「ぎゃああああ!!!」
皮膚が擦れる激しい痛みに、聖は思わず身体をのけぞらせた。
何だかとても硬いもので背中を削られたような気がする。
「わっ、ごめん!これスポンジじゃなくてタワシだった!」
遥は動転して自分の持っているタワシを取り落とした。
聖はひりひりと焼けつくような痛みを訴えてくる背中を手で押さえた。
床に落ちたタワシを見つめて嘆息する。
それにしても、タワシ。タワシって。
(この人……もしかして、すげー天然?)
「ごめんね、聖君。痛かった?」
そう言って遥は、聖の赤くなった背中を優しく撫でた。
「……っ!」
冷たい指先がそっと肌に触れる感覚に、聖はびくっと身をすくめる。
「大丈夫?」
「あ、いや……大丈夫です」
聖はせっかくの親切を無下に断ることもできず、遥のなすがままに身を委ねた。
今度こそ柔らかいスポンジが肌をこすってゆく。
今日一日で溜まった疲労が癒え、適度な刺激の心地よさに思わずうとうとと眠気を感じるくらいだった。
身体を流し終えると、遥はシャワーを取り出して、
「髪も洗ってあげようね」
小さな子供に接するような口調と笑顔で言った。
さすがにそこまでは悪いと聖は再び固辞したが、遥は物柔らかながら有無を言わせぬ強引さでさっさと聖の髪を洗い始めてしまった。
「懐かしいな。よく弟の髪もこうやって洗ってあげていたんだよ」
水音に紛れて、ぽつりと遥はそう言った。
そのときの遥の目は、まるで聖を通して別の誰かを見つめているようだった。
気がついたら泥のように眠っていたらしい。一瞬、自分がどこで今がいつなのか分からずに混乱する。
見上げた天井は高く、畳の上に敷かれた布団は清潔で真新しかった。
「えっと……」
必死で昨晩の記憶を手繰ろうとするが、靄がかかったように思い出せない。
どうやら、ここが自分の部屋でないらしいことだけが確かだった。こんなによく眠ったのは久しぶりだ。
(今までは、あいつがいたからな)
隙を見せるのが恐ろしくて、夜もおちおち眠れない日が続いていた。
自分は決してヴァンに心を許していたわけではないのだ、と改めて再確認する。
そのとき、襖が開いて、濃紺の和服に身を包んだ粋な姿の遥が現れた。
「おはよう、聖君」
聖は驚いてがばりと布団から起き上がった。
「おはようございます!」
「どうしたんだい?そんなにびっくりした顔をして。まだ寝ぼけてるのかな」
と、遥は笑い含みの声で言う。聖は首を振って、それから自分の格好に気づいた。
貸してもらった浴衣の襟が寝乱れてはだけていた。慌てて襟元をかきあわせ、布団を上げながらようやく思い出す。
(そうだった。昨日あのまま、遥さんの家に泊まったんだっけ)
父も兄も家におらず、帰って一人で夕食をとることを聞き出すと、遥はぜひ自分の家で食べていくようにと勧めてくれた。
自分が失態をさらしてしまった直後で気まずく、聖は遠慮して固辞したのだが、遥はこだわらずに快く招待してくれたので、甘えることにしたのだった。
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心地よい木の香りがする、大きな檜風呂に浸かっていると、外から声が響いた。
「湯加減はどうだい?」
「とても気持ちいいです。ありがとうございます」
「よかった。入ってもいいかな?」
聖が答える前にガラス戸が開いて、腰にタオルを巻いた遥が入ってきた。
細身だがしなやかな筋肉のついた身体に思わず見とれる。
「どうしたの?顔が赤いけれど」
「あ、いや」
「のぼせちゃったのかな?」
と、遥は柔和に笑う。聖が慌てたように湯船から上がると、
「今日は疲れただろう。ここに座って。背中を流してあげるよ」
「あ、いや、いいです。大丈夫です」
首を振る聖を強引に座らせて、
「いいからいいから」
遥はスポンジのようなものに泡を含ませて、聖の背中を擦った。
「ぎゃああああ!!!」
皮膚が擦れる激しい痛みに、聖は思わず身体をのけぞらせた。
何だかとても硬いもので背中を削られたような気がする。
「わっ、ごめん!これスポンジじゃなくてタワシだった!」
遥は動転して自分の持っているタワシを取り落とした。
聖はひりひりと焼けつくような痛みを訴えてくる背中を手で押さえた。
床に落ちたタワシを見つめて嘆息する。
それにしても、タワシ。タワシって。
(この人……もしかして、すげー天然?)
「ごめんね、聖君。痛かった?」
そう言って遥は、聖の赤くなった背中を優しく撫でた。
「……っ!」
冷たい指先がそっと肌に触れる感覚に、聖はびくっと身をすくめる。
「大丈夫?」
「あ、いや……大丈夫です」
聖はせっかくの親切を無下に断ることもできず、遥のなすがままに身を委ねた。
今度こそ柔らかいスポンジが肌をこすってゆく。
今日一日で溜まった疲労が癒え、適度な刺激の心地よさに思わずうとうとと眠気を感じるくらいだった。
身体を流し終えると、遥はシャワーを取り出して、
「髪も洗ってあげようね」
小さな子供に接するような口調と笑顔で言った。
さすがにそこまでは悪いと聖は再び固辞したが、遥は物柔らかながら有無を言わせぬ強引さでさっさと聖の髪を洗い始めてしまった。
「懐かしいな。よく弟の髪もこうやって洗ってあげていたんだよ」
水音に紛れて、ぽつりと遥はそう言った。
そのときの遥の目は、まるで聖を通して別の誰かを見つめているようだった。
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