129 / 138
【5】イベントチャート
129
しおりを挟む
そのメールを見るやいなや、律はスマホと財布だけをポケットに突っ込んで、手ぶらで家を出た。
電車を使うことすらわずらわしく、タクシーを拾って大通りまで行く。
喫茶【オリオン】の前からガラス越しに店内を伺うと、ぼんやりと淡い照明の下、座っている恵果の姿があった。
「何だよ。いきなり呼び出しやがって」
律はあえて平静を装い、ぶっきらぼうな口調で言った。
随分久しぶりに見る恵果も、振り返っていつもどおりにっこりと笑う。
店内には律と恵果しかいない。
静寂は律にとってお馴染みの、心地のよいものだった。
恵果は絶対に適当な言葉や投げやりな相づちを使わない。いつだって丁寧に言葉を選ぶ。
口数が少ないというわけではないけれど、そのせいで会話に間が生まれることはしょっちゅうだ。
最初は随分と気まずく感じたものだが、今では恵果が口を開くのを待つだけの心の余裕ができた。
「叔母さんと加奈子に、何かあったのか?」
恵果はかぶりを振った。
「お願いがあるの、りっちゃん」
恵果はいつになく真摯な眼差しを投げかける。
「りっちゃんが、ここの用心棒を買って出てくれたとき、嬉しかった。お金で用心棒を雇っても、それ以上のお金を積まれれば寝返るのが人間よ。なのにりっちゃんは裏切らなかった。約束を守ってくれた」
律は苦笑した。
「言ってる意味が分からん。ゆっくり話してみな」
恵果に近づき、その顔を覗きこんで、そして言葉を失った。
自分の動揺が顔に出て、その自分の顔を見た恵果にもはっきりと伝わったことが分かった。
恵果は、何もかもを取り払った、年相応の顔を見せていた。
不安げで、頼りなげで、自信など欠片ほどもない顔を。こんな顔をした恵果を、律は初めて見た。
「これまでのことで分かった。りっちゃんは人を守るための嘘はついても、人を傷つける嘘はつかない人だって」
「嘘はつかないんじゃなくて、つけないんだよ」
まぎれもない本音を言っただけだが、それを聞いた恵果の顔が泣きそうに歪むのを見て、心底うろたえた。
これは誰だ?
誰かの支えがなければ立っていられないほど弱い、この少女は一体誰なのか。
「お兄ちゃんは、自分の身は自分で守れる。だから、りっちゃんに頼みたいの。
これから、何があってもずっと、みどりさんと加奈ちゃんを守ってほしいの。この店を見ていてあげてほしいの。
藤森と無関係な、第三者のあなただからこそ頼めるの」
電車を使うことすらわずらわしく、タクシーを拾って大通りまで行く。
喫茶【オリオン】の前からガラス越しに店内を伺うと、ぼんやりと淡い照明の下、座っている恵果の姿があった。
「何だよ。いきなり呼び出しやがって」
律はあえて平静を装い、ぶっきらぼうな口調で言った。
随分久しぶりに見る恵果も、振り返っていつもどおりにっこりと笑う。
店内には律と恵果しかいない。
静寂は律にとってお馴染みの、心地のよいものだった。
恵果は絶対に適当な言葉や投げやりな相づちを使わない。いつだって丁寧に言葉を選ぶ。
口数が少ないというわけではないけれど、そのせいで会話に間が生まれることはしょっちゅうだ。
最初は随分と気まずく感じたものだが、今では恵果が口を開くのを待つだけの心の余裕ができた。
「叔母さんと加奈子に、何かあったのか?」
恵果はかぶりを振った。
「お願いがあるの、りっちゃん」
恵果はいつになく真摯な眼差しを投げかける。
「りっちゃんが、ここの用心棒を買って出てくれたとき、嬉しかった。お金で用心棒を雇っても、それ以上のお金を積まれれば寝返るのが人間よ。なのにりっちゃんは裏切らなかった。約束を守ってくれた」
律は苦笑した。
「言ってる意味が分からん。ゆっくり話してみな」
恵果に近づき、その顔を覗きこんで、そして言葉を失った。
自分の動揺が顔に出て、その自分の顔を見た恵果にもはっきりと伝わったことが分かった。
恵果は、何もかもを取り払った、年相応の顔を見せていた。
不安げで、頼りなげで、自信など欠片ほどもない顔を。こんな顔をした恵果を、律は初めて見た。
「これまでのことで分かった。りっちゃんは人を守るための嘘はついても、人を傷つける嘘はつかない人だって」
「嘘はつかないんじゃなくて、つけないんだよ」
まぎれもない本音を言っただけだが、それを聞いた恵果の顔が泣きそうに歪むのを見て、心底うろたえた。
これは誰だ?
誰かの支えがなければ立っていられないほど弱い、この少女は一体誰なのか。
「お兄ちゃんは、自分の身は自分で守れる。だから、りっちゃんに頼みたいの。
これから、何があってもずっと、みどりさんと加奈ちゃんを守ってほしいの。この店を見ていてあげてほしいの。
藤森と無関係な、第三者のあなただからこそ頼めるの」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる