ディエス・イレ ~運命の時~

凪子

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本編

69

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「ぬるいんじゃない?」

教室の壁にもたれかかり、腕組みしながら彼女は言った。

「証拠があるんだから、学校に提出すれば一発であいつをクビにできるんでしょう」

視線の先には、彼の姿がある。仮面をかぶらず、偽らざる姿だ。

その目を見ていると、彼女は心の奥底が凍てつく。ぞっとする。

どうして誰も気づかないのだろう。彼の本質に。

『滅ぼす者』だということに。

「……君に指図される筋合いはないよ」

ごく丁寧な口調で彼は言った。春風のような微笑を浮かべて。

「爽君に禁止や強制は逆効果だよ。こちらがどんな手を使おうと、舞ちゃんに会いに来る。
……あの人には、自分の意志で舞ちゃんの前から去ってもらわないと」

彼――住吉紘二を見つめ、彼女は溜息をつく。

「ま、本当に目的が果たせるのなら、私もあの方もそれで構わないけどね」

「信じてもらおうとは思ってないよ」

紘二は両手を広げて、暗く笑う。

彼女は目を細めた。

「いい?私たちは摂理によって創られた存在。摂理から外れる行動をすれば、」

「分かってるよ。摂理とやらの話は、うんざりするほど聞いた」

紘二は遮って言った。

「ディエス・イレは起こらなければならない。障害となるものは全て排除する。君らと馴れ合うつもりはないけど、目的は同じだ。なら、お互いを妨害する必要はない」

「……そのとおりね。でも」

彼女は紘二を見つめた。

ふわふわとした、捉えどころのない存在。

それは見た目だけではなく、中身もだ。

心の底では何を考えているのか、彼女には全く分からなかった。

「あなたは舞が好きなんでしょう?それでもディエス・イレを優先できるの」

紘二は黙って、窓の外を見つめている。

その横顔を見つめていたら、ある考えが浮かび、その考えに彼女はぞっとした。

「まさか……それも嘘なの?」

紘二が舞に好意を見せ、舞が紘二に惚れ込めば、言いなりにすることができる。

どんな実力行使より、よほど効果的だ。

引っかかってはいたのだ。

ヘリポートで舞にキスする久松爽を引き離したとき、紘二はその前に証拠写真を撮っていた。

自分の好きな女性が襲われていて、それを冷静にカメラに収めることができるだろうか? 

いくら証拠が必要とはいえ?

紘二は何も答えない。ただ静かな目で窓の外を眺めている。

その先にあるのは、空よりも高く、宇宙よりも遠い何かだった。

「……ロゴス解放」

その言葉に、彼女の肩がびくりと跳ねる。

「ディエス・イレが近づくほど、ロゴスは弱まる。彼女の行動に目を光らせるんだね」

「そんなこと、言われなくても分かってるわ」

「ならよかった」

にこっと笑うと、紘二は身軽に教室から出ていった。







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