ディエス・イレ ~運命の時~

凪子

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本編

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「私は……何もできなかった」

「舞」

右手を握りしめる手に、力が入る。

隣を見ると、爽君の瞳の奥で何かが光っていた。

涙ではなく、希望と呼んでしまうには、あまりにも儚すぎる何かが。

「それは違う。あいつらが選んだんだ、あいつらの生き方を。自分自身の意志で」

「でも」

「お前の言うとおり、紘二は悪役になりきれない奴だよ。役目は分かりきってるのに、『摂理』のとおりに動けない。このとおり、俺のことだって殺しそこねたしな」

ぱっと手を離して、両手を広げて肩をすくめてみせる。

「石井友子も、明らかに本人の意志で『摂理』に背いてる。お前は確かに、二人に影響を与えたのかもしれない。
お前はどこまでも自由で、前世に囚われない。目の前の相手のことを、一人の人間として大事にできる。あんな悲惨な前世のことを思い出してからでさえ、そうだった」

本当なら私は紘ちゃんを憎み、爽君を王と敬い、友子と敵対しているはずだった。

前世のシナリオどおり行くならば、それが自然な形だ。

でも私は、そんな茶番に付き合うつもりはなかった。

「俺はずっと、前世に縛りつけられてた。七年前、飛行機の中で全てを思い出してからずっと、お前を守ること、ディエス・イレを止めることだけを考えて生きてきた。ちゃんと決着をつけないと、俺は俺自身の人生を生きることができない。そう思ってた」

それほど爽君の――ソロンの傷は深かったのだろう。

ディエス・イエが起こる前に、マイアは死んだ。コンスタンスに殺されたのだ。

その理由はマイアが『鍵』を封じる者――セラだったということの他にも理由がある。

コンスタンスがマイアに恋し、その恋に破れたからだと、ソロンと爽君は思っている。

マイアを失い、滅びの日を迎えたソロンの絶望はいかばかりだったか、計り知れない。

「でも、お前は違った。前世と違う道を選びたいと言った。別の生き方もあると俺に教えてくれた。前世なんか関係ない、自由に生きていいんだ。そう思ったら、ずっと縛りつけられていた呪いから解放された気がした」

ディエス・イレを止めて、今度こそマイアを守る。

その至上命題を捨てたとき、新たな世界を見ることができた。

私は何度も頷いた。

「そうだよ。前世も摂理も放っておいて、私たちが今一番したいことをしようよ。やりたいようにやってみようよ」

心に火が灯る。

ようやく、爽君が帰ってきた。そんな気がする。
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