思い出万華鏡

mato

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第一話

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「私がここに来たのはなるべくしてなったことで、私がここにいること自体がこの店の存在を証明していると?不思議な力が働いているっていうんですか。」

少々けんか腰になってしまったが、この男の言うことを私なりに理解しようと投げかける。

「そうそう、そういうことさ」

「でも、なぜそうなるんですか?たとえばあなたが魔法使いかなんかで、ここに後悔をした人を引き寄せる魔法をかけているんですか?その理由はなんなんですか?」

失礼だとは思いつつも矢継ぎ早に質問を投げかける。この不可思議な空間を徐々に理解しつつあるが、心が受け入れないのか語勢が強くなる。私の勢いに押されることなく相変わらず何を考えているかわからない表情のまま、店主は口を開いた。

「それは…私にもわからないんだ」

「は?」

「私もなぜこの店が人を呼び寄せるのか、そのような力を持っているのか、いつできたものなのか…それは私にもわからないんだ。」

少し困ったように微笑みながら言われ、先ほどとのギャップに戸惑う。

「わからないって…あなたはここの店主さんですよね…?」

「まあ、そうなんだけどねえ…わからないものはわからないし、それを探す術もない。」

「…じゃあ、あなたも何かに後悔してるんじゃないですか」

何となくつぶやいたその台詞に、店主は驚いたような顔をした。しかしそれは一瞬で、

「そうかもね」

どこか悲しそうな笑顔でそう小さく答えた。

「ま、私のことはどうでもいいんだよ。お客さんは君さ。君は何に後悔をしているんだい?」

途端に話が私に戻り、思わず焦る。何となく流されかけていたが、その問いかけが気になり私はここまで来たのだ。

「え、いや…ってかなんで私があなたにそんな個人的なこと言わなきゃいけないんですか!」

思わず反抗的に返してしまう。それでも店主は不快な顔をせず、それもそうだねと笑った。

「まあ別に、何に後悔をしているかは言わなくてもいいよ。この万華鏡を使ってくれさえしたら。」

「……怪しい。」

未だ抜けきらない警戒心を前面に出してしまうが意に介さずに店主は続ける。

「お値段はなんと!…10万円!」

「高っ!…ますます怪しい…。」

ってかお願いしてくるくせに金取るんかい、と内心で突っ込む。

「え~じゃあ1000円くらいでいいよ。」

「えっ何それ、逆に怪しいんですけど。」

「なにを言っても文句を言うねえ、君」

店主はため息をひとつ吐くとレジカウンターにもたれかかった。

「別にお金はいくらでもいいんだよ。それこそお気持ちで。その代わり、この体験をした君の感想を聞かせてほしい。戻りたかった1日を見つめなおしたとき、君は何を思うのか、その気持ちを対価として私にくれないか。」

今までのふざけた飄々とした雰囲気から一変、真剣に見つめられて思わず胸が高鳴る。有無を言わせない雰囲気が彼にはある。しかしそれは不快なものではなく、いまだに怪しいという思いは消えないが、なんだかこの謎の店主が言うことを信じてみてもいいのではないかと思ってしまった。

「……」

それでもなかなか一歩踏み出せずにいる私に店主は声をかける。

「信じなくてもいいよ」

「え…」

「とりあえず体験してみなきゃわかんないだろうし。信じるに値しなくても、たとえば私の言っていることが嘘だったとしても君には害がないし……そもそもこんなこと嘘つく必要ないしね。」

「確かに……」

怪しいと思っている人の言うことに納得するのもどうかと思うが、なんだかその言葉ですとんと腑に落ちた。

「君のもう一度見たい一日はいつだい?」

万華鏡を手に取りながら、店主は私に問いかける。

「もう一度見たい一日…」

後悔していることがあるのではと声をかけられた時から、ずっと考えていたことだ。私は一体何に後悔しているのか。いつだって後悔してきた。毎日後悔の連続で、戻れたら、なんて思考は毎日していた。だからあえて一日を、といわれても私にはわからない。

「わからないなら、君の現状の始まりはどこからか考えてみるといいよ。まあそれがもう一度見たい一日とは限らないけど。」

「なんでですか?」

「戻りたい一日ともう一度見たい一日は違うってことさ。さっきも言ったけどこの万華鏡は過去を見ることしかできないからね。」

全く使えないよねこれ。といいながら手でくるくると万華鏡を回してみせる店主。

「……じゃあ、父が死んだ日。」

「ほう……」

それは想定外だといわんばかりにこちらを見る店主。

「……なんですか?」

「いえ、珍しい人だなと」

「は?」

「さっきも説明したじゃないか。死んだ人を生き返らせるのは無理だよこれは。わざわざ辛い思いをしに行くのかと思ってね。」

「…別に、父が死んで悲しい思いしない人だっているでしょ。」

なんだか目を合わせているのが気まずくて、思わず視線を逸らす。

「そうだね。でも、君はそうは見えない。」

まるで何でも見通しているかのような視線が突き刺さる。

「…好きに選んでいいんでしょ、私が」

そっぽを向いたまま小さく問いかけると、まあねと店主は答える。

「君が選んだ選択だ。きっとそれが正解なんだろう。」

さて、と姿勢を正し、こちらに近付いてくる店主。そして万華鏡を私に手渡してきた。

「先ほど説明したとおりだ。上のダイヤルは年、下のダイヤルが月日だ。君が望む日のそのダイヤルを合わせてのぞき込んでご覧。」

万華鏡をまじまじと見る私。それを見つめる店主。なんとも不思議な構図で再び体がこわばる。

「そんなにビビらなくても」

ははっ、と笑いだす店主になんだか馬鹿にされたような気がして、ビビってません!と食い気味に返してしまった。

「別に、見るだけでしょこんなの。なんも怖がる要素ないじゃないですか」

強がる言葉はまるで自分に言い聞かせているかのようだった。それすらも店主にはきっとお見通しで。なんだか恥ずかしくなった私は、それを振り払うかのように、ダイヤルを回した。

「これで…覗けばいいんですね。」

「そうさ、その万華鏡を覗いたとき、君は過去を見る。」

勢いで回したダイヤルを見つめ、怖気付く自分を奮い立たせる。なるようになれ。だ。勢いよく万華鏡を覗き込んだ。

「いってらっしゃい。」

その店主の声を最後に私は父が死んだ日へ、意識が飲み込まれていった。
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