爆炎王女と極寒公主と自称雷帝にして鵺（ぬえ）の娘

第１章 王女ソフィア＝グノーシア＝マズダ

タマゴ王子の訪問

　その王女はたぐいまれなものの持ち主ぬしとして評判ひょうばんであった。
　そして王女の結婚相手とくれば、王子と相場そうばは決まっている。
　実際その者は遠国ダチョウのタマゴ王子であった。
　その評判を聞きつけて、王子の方から申し込んだのであった。
　『たぐいまれな』とくれば、それは美貌びぼうに違いない。
　何せ王女なのである。
　他に何を持ち得るというのか。
　そうみなしたのであった。
　そして会ってくれるとの返答が来た。
　王子は当然喜び勇いさんで赴くこととなった。
　ただ一つ気になることがあった。
　その二つ名が『爆何とか』ということであった。
　そこに入る言葉を考えてみたが、想い当たるものはなかった。


　ある晴れ渡った一日。
　その午前十時頃、乾いた５月の風に吹かれながら、ペルセポリスの王城に至る。
　王子は前日にはこの都に入っておった。
　まさに意気込みが分かろうというものである。
　更には、そのまとうが国名ともなったダチョウの羽の衣ころもなのも気合いの現れと言って良かった。
　端はたから見る限り、明らかに暑苦しいが。

「もはや誰も我を止められぬ」

　誰に問われた訳でもないのに、王子はここのところ、しきりにそう独りごちておった。


　その城門の前の地は、まるで野焼きをした如く、草一本ない空き地となっておった。
　ここに至るまで、少なくとも都に入って後は、そのはりめぐらされた潅漑かんがい水路の恩恵もあってか、常緑の木々も珍しくなかった。
　ただ未だ見ておらぬ愛妃
――既に王子の中ではそうであった
――そしてその愛妃に既に心を奪われておる王子が、不自然な空き地をいぶかしく想うはずもなかった。
　城門にて来訪を告げた後のこと。
　下にも置かぬ応対を受けて、すぐに宮殿へと導かれ、その１階にある１室に案内された。
　扉のある方を除のぞく壁かべ３面に、巨大で豪華ごうかな壁画装飾へきがそうしょくが施ほどこされておった。
　主題は３聖獣。
　よほどの上手じょうずが描いたとみえ、そのいずれもが今にも動き出しそうであった。
　それにしばし見とれたとしても不思議ではなかろう。
　王子は一瞬、そのうちの１たるサラマンダーの目にはめこまれた大玉の紅玉ルビーに、確かに注意を引かれはしたが、あえて顔をそむける。
　己の心底しんていより求めるは、それではない。
　何よりその方かたは既にそこにて待っておられたのだから。
　ついに王女ソフィア・グノーシアに会うを得たのだった。
　おお。
　想わず感嘆かんたんの声が漏れた。
　我ながら愚おろかしい。
　まさに杞憂きゆうであった。
　一目見てすぐに分かった。
　そしてこれはこれで素晴らしい。
　正直そう想う。
　淡い橙だいだい色のドレスをまとう。
　とはいえ、到底とうてい、それでは隠かくしきれぬ。
　いや、今にも弾はじけ出しそうにさえ見える。
　なるほど『爆乳ばくにゅうの王女か』
　とすると『たぐいまれなもの』というは、こちらの方か。

　しかし美貌であったとしても、あながち間違いではない。
　己の好みの顔立ちであった。
　ただ、それを差し引いても、金髪に青い目のその顔かんばせは、そう評判されることもあり得るだけのものであった。
　それに、この口。
　やや大きめであるが、妖艶ようえんでありつつ、あどけなさも、またたたえる。
　ゆえに男というものを、すなわち、このタマゴを魅了せずにはおかぬその口。
　
　いずれであれ、確かなのは己はまれに見る幸運な男ということであった。
　この美貌に、この胸、そして王女ならば当然みさおは守っておろう。
　想わず舌なめずりしたくなるが、王女もこちらを見ており、何とかこらえた。
　ただ王子は先ほどから強烈な誘惑ゆうわくに駆かられておった。
　何も焦あせる必要はないはずであった。
　しかしいずれは自分のものになると想えばこそ、その心を駆られるのか。
　正式な結婚をなす前の一さわりというやつである。
　これこそ勇気。
　これぞ男の誉ほまれ。
　なぜか王子はそうまで想い詰つめた。


　腰を曲げての王女の手への手袋越しの接吻せっぷんは済ませており、今は、その隣となりに座るを許されておった。
　二人が座るイス。
　その背面の上部――ちょうど座る者の頭上に当たるところ――には、大きな木彫きぼりの燃え上がる炎があった。
　そのあるいは揺ゆらめき、あるいはねじれ、あるいは燃えさかる様は、ここに吹いておらぬはずの風が感じられるほどに、たくみに造られておった。
　自おのずと人の目を惹ひき付けよう。
　王子もまた。
　いやいやそうではない。
　やはり王子の注意がそれに向かうことはなかった。
　その目が惹き付けられるは、そびえる双丘そうきゅう、その白き谷間。
　ただそこをじっと見つめることは、さすがにはばかられ、ちらちらと盗み見る程度に何とか留とどめる。
　とはいえ王子がその心中の妄想もうそうにては、見るをはばかるなど論外、１さわりどころか、既に谷間に顔をうずめておったのは、無論である。
　ただ結婚前の二人である。
　その２脚のイスは隣り合うとはいえ、残念ながら大きく離はなされておった。
　手を伸ばすだけでは届かず、大股おおまたに二歩は必要であった。
　しかも王女は礼儀れいぎ正しく、こちらに顔を向けてちゃんと話しを聞いてくれておる。
　この時ばかりは、かえって無礼な王女の方が望ましかったと、贅沢ぜいたくな想いを抱いだいた。
　つんと明後日あさっての方を向いておってくれたならば、その隙すきをつけたものをと。
　ただそのピンクの乳首がツンと上を向いておることだけは疑いようがない、そう確信する王子でもあった。
　幸運は与えられることなく終わるのか。
　あの白き双丘にふれることもなく。
　やはり初夜まで待つしかないのか。
　そう想いなし、途中からはほぼあきらめておった。
　己が持って来たココナッツ。
　――それを飲みながら、満面の笑みを浮かべて、王女は「おいしい」と言った。
　その時、その薄紅うすべにの口の端はより、白い甘い汁が漏もれしたたり落ち、双丘に垂たれたのを見た時などは、卒倒そっとうしそうになりながらも。

　そうして帰るに際しては、今度はひざまずいた。
　王女と王子なのであるから、最初の礼の如く、腰を曲げての手への接吻で十分礼儀にかなうものではあった。
　しかし、このタマゴ
　もはや愛の奴隷
　ゆえにソフィアの奴隷
　ならばこそ、最上の敬意を示さん。

　そうして手が差し出されるのを待った。
　王女はまさにそれに応える如く、今度は両の手を差し出して来た。
　当然、二人の距離はより近くなる。
　何より魅惑みわくの双丘との距離が近い。
　
（何という僥倖ぎょうこう。
　決して逃のがすべきでないぞ。
　タマゴ王子よ。
　今こそ己が勇敢ゆうかんたるを証あかし立てよ）

　王子の手は、王女の両手をつかむことなく素通すどおりし、更に先へと、
　禁断の領域へと、
　白き柔肌やわはだへと、
　ダイレクトタッチするはずであった。
　そこで包つつまれた。
　何がって。
　王子の手が。
　何に。
　炎に。
　王子は「アチチ。アチチ。」と、その会見に当てられた室内を走り回る。
　そのせいで、余計に火が飛び散り、そのまとう衣ころものダチョウの羽に燃え移ったならば、まさにさあ大変となった。
　大騒ぎとならざるを得ぬ。
　王の命令により、こうした時のために、回復魔道師が控ひかえの間に待機しておった。
　その者たちは騒ぎを聞きつけるや、部屋に入る。
――怒りもあらわに退出する王女と入れ替わる如くにして
――急ぎ治療ちりょうに入り、それにより何とかことなきを得た。
　幸い火傷やけどの跡あとも残らなかった。
　それでも、王子のお供ともたちは「このままでは済すみませぬぞ」と異口同音いくどうおんにわめき続けた。
　いまだぼう然自失しておる王子をお姫様だっこして、帰って行った。