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第1章 王女ソフィア=グノーシア=マズダ

王との謁見

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 それから一月ほど後の、晴れた日の昼過ぎのこと。
 いつもの如く、夕食用に中庭にて食材を探しておった王女であったが。
 急に国王ダレイオスに呼ばれた。
 着替えもせず、長袖長ズボンのいわば野良着のらぎが許されるは、まさに実の父子ゆえというほかない。
 普段なら、そのかぶる帽子
――花が添えられてあり、また王女らしくかわいらしきものであったので、
――ただ王女の関心はそこにはなく、あくまで目当ての食材をおびきよせようというものではあれ、
――をほめでもして、国王の方から愛想を振って来るのだが。
 今日ばかりはそれは難しいようで、うかない顔で次の如く言った。

「タマゴ王子の母国は、今回のことを許せぬと言うて来ておる。しかも王子自らが魔道師部隊を率いて、とっちめてやるから覚悟しておけとまで。」

「ならば、私が出向きましょう。」

「おう。謝って来てくれるのか。さすれば、相手も怒りをしずめ、ほこを収めよう。」

「違います。私は何も悪くありませぬ。父上は私に何をあやまれというのですか。
 ましてや、とっちめられるようなことは何もしておりません。
そうではなく、魔道師として、私がお相手してさしあげましょうと言っておるのです。」

「そなたの言い分は分かる。しかしあえてことを大きくする必要はあるまい。
そなたは結婚に合意しておったではないか。
赤の他人なら、その怒りも分からぬではない。
しかしどうせ抱かれるつもりだったのだろう。
ならばひとさわりくらい。」

「なりませぬ。」

 と言い様、眼前にひざまずく王女がにらみあげたならば、国王は想わず身を引いた。
 これまでにも何度かその火を点けられ、先の王子に劣らず、大騒ぎをしてみせた国王であれば、それも当然と言えようか。

「とすると、そなたといつもの部隊で迎え撃つというのだな。」

「私一人でも十分です。しかしそれは父上がお許しになりませぬ。」

「確かにそなたは強い。しかし魔道のやり合いをする以上、常にもしもということはありえるのだ。」

 そこで王はすがるが如くの顔つきとなった。
 子を想う親の心情というのは、王女にも分かる。
 そして幼い時から、何度聞かされたか知れぬ言葉がやはりこの後に続いた。

「妻の忘れ形見はそなただけだ。そなたを失えば、どうやって生きていけというのか。」

 国王はついにぐっすんとなる。
 ただこれは芝居である。
 そしてそのことが私にばれていることには気付いておるだろうに。
 にもかかわらず、これをやらねば父の気が済まぬらしい。

「泣かないで下さい。怒りますよ。」

 そう一言、言われただけで、やはり涙はあっさり引っ込んだ。
 一度として成功したことがないのに、ついつい泣き落としに走るは、まさに父親ゆえの愚かしさというほかない。
 未だに娘にそうした可愛らしさを求めずにはおれぬとみえる。
 それが無い物ねだりとは気付いておろうに。
 かあさまがおられれば違ったろうかと想うと、少し父が不憫ふびんになり、それゆえ怒りはおさまったのだが、相も変わらず娘の心を読むのが苦手らしく、

「分かった。その怒りはあの王子にこそ向けよ。」

 そう言い残すや、国王は自らがあるじであるはずの、その謁見えっけん室から急ぎ逃げ出した。
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