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第1章 王女ソフィア=グノーシア=マズダ

真の二つ名

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 恐らくタマゴ王子は待っておったのだろう。
 王女が平身低頭、謝りに来るのを。
 しかし待てど暮らせど、来ぬ。
 それでついに、日にちを指定した決闘状を送りつけることになったのであろう。

 そこに記された日のこと。
 王女は最後に母ゆずりのサラマンダーのころも――その脱皮だっぴした皮で造られたもの――をかぶる。
 これの難点は半スケ、つまり半透明なことと、死ぬほど中が暑いことだった。
 毛皮をかぶるのと何ら変わらぬ。
 これで炎熱の魔道を使わなければ、まだ何とか耐えられるが、それはありえぬ以上、中はまさにサウナの如くになってしまう。
 それゆえ王女が他にまとうは必要最低限の布きれのみ。
 それにより、ようやく隠すべきところを、つまりきわどく胸と尻をおおうのみであった。
 そうでなければ、魔道合戦で勝っても、熱中症で倒れかねなかった。
 かつてそれを聞き知った王は、何とかならぬかと遠回しに大臣に言わせるも、

「心配なさることはありませぬ。この姿を見た者で、生きて帰れる者はおりませぬから。」

との返答が王女よりくれば、国王はそれもそうかと納得せざるを得ぬ。

 王女の補佐隊は全員女性である。
 これは、公式には

『王女に仕えるは女官であるべき。魔道師も例外ではない』

というのを建前にしておったが。
 その本当のところは、男どもに、王女のあられもない姿を見せたくないとの親心ゆえであった。
 補佐隊の者が用いるのはシールド魔法と回復魔法のみ。
 攻撃魔法の使い手は王女のみであった。

 相手は五人。
 聞くところでは、王子自ら率いて来るということであったが。
 ということは、王子もまた何らかの魔道を使えるということ。
 いずれにしろ、距離がかなり離れておることに加え、折悪しく降る夏の雨のために、ここからでは顔の確認のしようもない。
 ただ、ここに至るには、城下町(外城)を囲む1番外側の城壁に設けられた門を通るしかない。
 ゆえに、この者たちがここにおるということは、父が通過を許したということでもある。
 つまり、これは正式に父王公認の魔道合戦になったということである。
 そして、いかなる結果が出ようと、それを引き受ける覚悟を父がしたということでもある。

 城の前の空き地に、その者たちは立っておった。
 王女としては、己も空き地に立って迎え撃ちたかったが、城壁上で待たざるを得ない。
 国王が決して王城(内城)の城門を開けるなと厳命して、兵を張り付かせておるゆえであった。
 国王に対しては用いるのを遠慮せぬ
――実際はそうでもないのだが
――炎の魔道も、自国の兵に対しては、無論控える。
 ましてや、サラマンダーの衣をまとう今は絶対に使えぬ。
 王女の周りには誰もいない。
 王が王女のために配備したはずの補助隊もまた、王女の

「下がっていなさい。何かあればすぐに呼びますから」

との命に素直に従い、城の建物の中に入っておった。

 王女は呪に入った。
 顔は火照り、全身も汗だくとなるが、無論サラマンダーの衣は脱がぬ。
 目を開ける。
 瞳はまるでサラマンダーの如くに赤く染まっておった。
 焦点を失っておる如くに見える。
 更には恍惚に落ちたと見まごうた刹那のこと。
 荒れ地が地獄の底と化した。
 全体が劫火におおわれたのである。
 先の王子の手に火傷を負わせたそれとは比較にならぬ。
 五人がどうなったかなど、想像しない方が良い。
 まさに彼女の真の二つ名『爆炎の王女』にふさわしきものであった。
 

後日談 
 タマゴ王子はどうも連れておった土魔道師がとっさに掘った穴に入って、劫火をやり過ごし、命からがら、何とか逃げて帰るを得たらしかった。
 さすがに、魔道合戦を前にしては、情報収集に努めたらしい。
 それで王女の炎熱魔道についても、多少は聞き知るを得たらしい。
 更には知恵を働かせ、

『炎は上に昇る。下は安全なはず』

ということで、一応の備えをしておったという訳である。
 ただここまでのものとは、想わなかったらしく、たまがり上がり、一路帰ったということだった。
 となれば、この後は、一切音沙汰おとさた無しとなろうと通常は想うもの。
 王女も父王もまた例外ではなかった。
 

 ただ想わぬことが起こった。
 タマゴ王子は、ラクダ十頭にココナッツを満載して送り届けるとともに、ソフィアての国書を同封して来た。
 それにはこうあった。
『次は臣従しんじゅう国として、拝謁はいえつをたまわりたく存じます。
そして、ひざまずいての礼をなし、是非とも、ソフィア王女の足の指をなめる栄誉をたまわりたく存じます。

ソフィアの奴隷たるタマゴより』
 王女が読んだ後に、その国書を見せられた父王は烈火れっかの如く怒った。
 その国書を破り捨てると、ココナッツを全て送り返せと臣下に命じた。
 ただ臣下がすぐに戻って来て告げるところでは、既にソフィア王女が3個ばかり食べておると。
 そこで父王が王女を呼び出すと、

「足の指くらい良いではありませぬか。
この珍しい果物はここではれませぬ。
これこそまさに得がたきもの。
父上もお一つどうです」

 などとのたまう。
 父王はそこで再びぐっすんとなりながらも、ココナッツを一口。

「なるほど、これはおいしいのう」

と今度は泣き笑いとなった。


 最期にタマゴ王子の一言をば、ご紹介しましょう。
 その臣従の申し出の許しを得てのこと。

 「我は転んでもただでは起きぬ」


 ここまで読んでいただきありがとうございます。
 次章のタイトル予告です。
『公主ヒロミ=カゼノミヤ=タイクン』
 次章も是非お読みいただければと想います。
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