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第3部 仇(あだ)

17:オトラル戦14:カンクリ騎馬軍の出撃、再び2

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人物紹介
ホラズム側
イナルチュク・カン:オトラルの城主。カンクリ勢。

ソクメズ:イナルチュクの側近にして百人隊長。カンクリ勢

トガン:同上

ブーザール:同上

カラチャ:スルターンにより援軍として派遣されたマムルーク軍万人隊の指揮官。
人物紹介終了


 ブーザール隊の統制はもろくも崩れた。

 ブーザールが敵を迎え撃てと号令する前から、敵の突進に気付いた者たちは我先にと逃げまどっておった。

 モンゴル軍は、
 ――迎え撃たんとする少数のホラズム兵を呑み込み、
 ――更にはその勢いのままに逃げ惑う兵たちに追いすがる。

 やがて両軍は巨大な2匹の蛇がからまり合うが如くの様を見せる。
 ただ次次と矢にて倒されるは、ホラズム兵であった。

 見えている様も、入り乱れる敵・味方の騎馬であれば、大して変わらない。
 共に遊牧勢ゆえ、馬扱いの技量も弓術の腕もそれほど差がある訳はでない。
 ただ異なるのは、この状況に持ち込んだ側か、持ち込まれた側かの差であった。
 この状況を想定しておったか、そうでないかの差であった。

 一方の兵の頭には、
 ――見えぬはずのもの
 ――敵・味方の様が上空から見る如くに見え、
 他方には全く見えておらぬ。
 その差であった。



 ソクメズは乱戦のさなかにあった。
 というより、その乱戦こそ、自らが引き起こしたものであった。
 敵・味方が入り乱れ、矢が乱れ飛ぶ。

 ソクメズ隊は、敵部隊の先頭の通過は許したが、それでも前の方の側面には、突撃をかけるを得た。
 ただ右手で展開されておるブーザール隊対モンゴル軍との違いは、彼我の数の差であった。
 明らかに敵の方が多かった。
 それゆえ、己が意図して引き起こした状況にかかわらず、有利な戦況に持ち込めておらなかった。

 ねらい撃たれるを恐れるゆえに、騎馬を止める者はいない。
 その中で味方同士、集まろうとする者
 ――ソクメズもその一人であった
 ――は、なるべく統制を保ち、集団を保とうとする。
 敵の将もやはり同じ動きを取る。
 いくつかの集団が生まれては、消えて行く。

 ただそもそもの数の差は残る。
 ソクメズ隊の劣勢は、時を追うごとに明らかとなって行った。

 己が心に『城中へ引き退け』との号令をかけたい想いが生まれては、ソクメズはそれを意思でしりぞけておった。

(城は近い。
 しかしここで退却に入れば、それこそ敵の思う壺。
 想うままにねらい撃たれ、自軍将兵の死屍ししをさらし、城下にて全滅の憂き目を見ることになりかねぬ。)

 それゆえ次の言葉に代える。

「イナルチュク・カンがきっと援軍に来る。
 良いか。者ども。
 必ず持ちこたえよ。
 生きながらえよ。」

「援軍が来る。それまでは戦え。」

「イナルチュク・カンが来てくださるぞ。」

「戦え。援軍の至るその時まで。」

 旗下の5隊の百人隊長・十人隊長にかかわらず、兵にかかわらず、
――生き残るを得ておった者たちがそう叫ぶ。
 ことここに至れば、隊長と兵の差はない。
 共に命をかけ、共に生きんとす。
 一人が欠ければ、その分、自らの死が近くなる。
 まさに、一蓮托生いちれんたくしょうの状況にあった。
 しかし、戦とは相手があるもの。
 いくら、こちらが一丸いちがんとなり、勇猛に戦えど、相手も命がけで挑んで来れば、簡単にはくつがえせぬ。
 一人減り、また減りする。
 その先に待つは全滅に他ならなかった。
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