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第3部 仇(あだ)

57:オトラル戦20:2人の指揮官2

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  人物紹介
 ホラズム側
イナルチュク・カン:オトラルの城主。カンクリ勢。

カラチャ・ハース=ハージブ:スルターンにより援軍として派遣されたマムルーク軍万人隊の指揮官。

 モンゴル側
チャアダイ:チンギス・カンの第2子

オゴデイ:同上の第3子
  人物紹介終了



 しかし無情にも時は過ぎ行き、そしてモンゴル軍は結局のところ撤退しなかった。そして兵はますますやせ細り、馬の数はますます減った。



 遂に籠城が二月余りを越えた時に、カラチャはイナルチュクに二人きりでの面会を求めた。許しが出たので、約束の刻限に本丸の最上階にある居室を訪ねた。

 カラチャの意を誤解して、結束をより確かなものとするための小さな宴をとでも想ったのか、召使いが小テーブルに食事や酒を整えておった。

「長居はせぬゆえ、この者たちを早く部屋から出してくれ」と告げた。

 許しも求めずに、椅子に腰を落とした。イナルチュクとはテーブル越しに対面する形となる。さすがに兜は着けておらぬとはいえ、カラチャがほぼ軍装で訪れたのに対し、イナルチュクは軍装を解き、ゆったりした服に身を包んでおった。

 イナルチュクも自らの誤解に気付いたろうが、そのことについては今更と想ったのか、何も言おうとせぬ。カラチャは早速に用件に入った。

「この状況ではやがて食べる物も尽きましょう。保って、あと数週間。そうなればたとえ城を守り通したとしても、待つのは飢え死にのみ。イナルチュク・カンは、開城降伏の道は考えておられぬのか」

 イナルチュクにぎょろりとにらみつけられた。

 返答は「それはありえぬ」とだけ。随分落ち着いた声との印象をカラチャは受けた。それはカラチャにとっても予想しておったものでもあり、尋ねたのはあくまで確認のためであった。

 降伏せぬということが何を意味するかは明らかであったので、説得する気もなかった。果たして死を覚悟した武将が、誰の言葉であれそれが降伏を勧めるものである以上、受け入れることなどあろうか。



 しかし自将に対してはそうは行かぬ。カラチャは居所に戻った。そこはスルターンなどの貴人がオトラルを訪ねた時に滞在する館であり、本丸のすぐ近くにあった。援軍に駆けつけた際、イナルチュクによりどうぞご自由にお使い下さいと割り当てられたのだった。それゆえ己と配下の武将とで共用しておった。

 早急に武将たちを普段共に食事を取る一室に集めた。カラチャはあえて主従の礼を望まず、床に敷物を敷いて車座となり、これからどうするかを論じた。

 そして説得の要があれば、身を乗り出し膝を突き合わせて諭した。まるでモスクにて師が弟子に接する如くに。

 中には、徹底抗戦をあるいは脱出路を切り開くことを主張する者がおった。カラチャは、前者には、それが死を意味する他ない状況であることを諭してそれをあきらめさせ、そして後者には、最早十分な馬が残っておらぬこと、そして馬がない兵はどうするのだ、無用に殺されるだけではないかと問うた。

 更には生命を永らえてこそ、ホラズムの再興に力を尽くせよう。それためにこそ、スルターンに大恩ある我らマムルークは生き永らえるべきであると説いた。



 こうしてカラチャの部隊はその日から三日目の夜に動いた。イナルチュクがその動きを妨害するのではないか、そうカラチャは危惧したが、それはなかった。

 寒風の吹きすぎる中、カラチャはモンゴル軍へ投降の意思を伝えてから、その部隊を率いて城外へ出た。迎えに出たモンゴルの将に案内されて、片付けられぬままの敵味方のむくろを避けつつ、敵の本陣とおぼしきものに向かった。



 モンゴル軍の対応はカラチャの期待に反したものであった。チンギスは息子たちに厳命しておったのだ。とはいえ、それはカラチャの知る由もないこと。

 その命いわく、『このオトラル戦は、虐殺された隊商の仇を果たすためのものであり、また、その張本人たるイナルチュクを罰するための戦である。決して降伏を勧告するな。また敵がそれを願い出たとしても、許してはならぬ。あくまで武力により殲滅せよ』

 ゆえにカラチャの兵については助命し自軍に組み入れたが、カラチャ以下その将の方は一人残らず殺した。
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