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番外編 ウルゲンチ戦ーーモンゴル崩し
第32話 死地7
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人物紹介
モンゴル側
チャアダイ:チンギスと正妻ボルテの間の第2子
カラチャル:チャアダイ家の家臣。万人隊長。
オゴデイ:チンギスと正妻ボルテの間の第3子。
ボオルチュ:チンギス筆頭の家臣。万人隊長。アルラト氏族。四駿(馬)の一人。北城本丸攻めの指揮官。
人物紹介終了
他方で、北城本丸と南城の他の三門には静けさが戻っておった。
時のみが移り行き、陽が天頂を過ぎた頃のこと。ようやく南城の三門から敵部隊が出撃して来た。今回は歩兵隊も加わっており、朝の出撃と異なり突破を目的としておるとは想えなかった。どうやらまずはモンゴル部隊を追い払い、騎兵の道を確保する作戦に変更したらしいとオゴデイの陣営はみなした。
出撃の動きは本丸でも見られた。ボオルチュの予想に反し、敵は四門全てから出撃して来た。こちらでも敵に突破を試みる動きは見られず、まずはボオルチュ軍を打ち破ることに主眼を置いた、がっぷり四つに組み合う如くの戦いを仕掛けて来た。敵の攻めは激しく、遊撃として控えさせておった千人隊四隊のうち二隊を呼ばねばならぬほどであった。
南城の東・南・西の三門及び本丸の四門にてモンゴル軍は釘付けとなった。
その戦況の変化の報告は当然チャアダイにも入ることとなった。しかしそれを余裕をもって聞いておるいとまはなかった。敵部隊の急襲を受けておったのである。
「どこの兵だ。どこから来た。どこが破られたのだ」
そうわめき叫ぶチャアダイであるが、満足に答えられる者はおらぬ。チャアダイ万人隊はひどい混乱に陥っておった。理由のない訳ではない。前日の城門占拠の激しい戦いを終えて、今日は少し休める日、ほっとできる日と何となく想っておった兵が多かった。そして実際この日はこの時まで交戦がないのは無論、敵兵の姿さえ見ておらなかった。
その前面に当たる南城北門内にはカラチャル率いる万人隊がおり、そして後背に当たる南城の他の門と本丸ではオゴデイとボオルチュの軍が敵勢と対峙し、出撃を防いでおるはずであった。
「敵部隊の突破を許した腰抜けは誰か」
再びそう叫ぶチャアダイであれ、なしておることは他の将兵とさして変わらぬ。ただこの窮地を逃れ、己が命を永らえんとしておった。
チャアダイは味方の兵から1頭の馬を奪い取り――己の愛馬は混乱の中どこかへ逃げ去ってしまっておった――それに乗るや、一目散に城外を目指した。余りの恐怖のために、小便をもらしながら。当然、奪われた兵が敵の矢に射抜かれ、死に際に発した「お母さん」との声を聞くこともなく。
しかし泥濘に足を捕られ、馬は一向に逃げてくれぬ。並走する馬はといえば、右側のは乗り手を既に失っており、左側のは片足のみが鐙にからまった兵を引きずっておった。
人の口から発される『生きたい』との願いがこれほどむなしき地はなく、これほどたやすく拒まれる時はなかったろう。逃走路に沿って血まみれ・泥まみれの死体が無数に転がることとなった。
モンゴル側
チャアダイ:チンギスと正妻ボルテの間の第2子
カラチャル:チャアダイ家の家臣。万人隊長。
オゴデイ:チンギスと正妻ボルテの間の第3子。
ボオルチュ:チンギス筆頭の家臣。万人隊長。アルラト氏族。四駿(馬)の一人。北城本丸攻めの指揮官。
人物紹介終了
他方で、北城本丸と南城の他の三門には静けさが戻っておった。
時のみが移り行き、陽が天頂を過ぎた頃のこと。ようやく南城の三門から敵部隊が出撃して来た。今回は歩兵隊も加わっており、朝の出撃と異なり突破を目的としておるとは想えなかった。どうやらまずはモンゴル部隊を追い払い、騎兵の道を確保する作戦に変更したらしいとオゴデイの陣営はみなした。
出撃の動きは本丸でも見られた。ボオルチュの予想に反し、敵は四門全てから出撃して来た。こちらでも敵に突破を試みる動きは見られず、まずはボオルチュ軍を打ち破ることに主眼を置いた、がっぷり四つに組み合う如くの戦いを仕掛けて来た。敵の攻めは激しく、遊撃として控えさせておった千人隊四隊のうち二隊を呼ばねばならぬほどであった。
南城の東・南・西の三門及び本丸の四門にてモンゴル軍は釘付けとなった。
その戦況の変化の報告は当然チャアダイにも入ることとなった。しかしそれを余裕をもって聞いておるいとまはなかった。敵部隊の急襲を受けておったのである。
「どこの兵だ。どこから来た。どこが破られたのだ」
そうわめき叫ぶチャアダイであるが、満足に答えられる者はおらぬ。チャアダイ万人隊はひどい混乱に陥っておった。理由のない訳ではない。前日の城門占拠の激しい戦いを終えて、今日は少し休める日、ほっとできる日と何となく想っておった兵が多かった。そして実際この日はこの時まで交戦がないのは無論、敵兵の姿さえ見ておらなかった。
その前面に当たる南城北門内にはカラチャル率いる万人隊がおり、そして後背に当たる南城の他の門と本丸ではオゴデイとボオルチュの軍が敵勢と対峙し、出撃を防いでおるはずであった。
「敵部隊の突破を許した腰抜けは誰か」
再びそう叫ぶチャアダイであれ、なしておることは他の将兵とさして変わらぬ。ただこの窮地を逃れ、己が命を永らえんとしておった。
チャアダイは味方の兵から1頭の馬を奪い取り――己の愛馬は混乱の中どこかへ逃げ去ってしまっておった――それに乗るや、一目散に城外を目指した。余りの恐怖のために、小便をもらしながら。当然、奪われた兵が敵の矢に射抜かれ、死に際に発した「お母さん」との声を聞くこともなく。
しかし泥濘に足を捕られ、馬は一向に逃げてくれぬ。並走する馬はといえば、右側のは乗り手を既に失っており、左側のは片足のみが鐙にからまった兵を引きずっておった。
人の口から発される『生きたい』との願いがこれほどむなしき地はなく、これほどたやすく拒まれる時はなかったろう。逃走路に沿って血まみれ・泥まみれの死体が無数に転がることとなった。
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