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三
一方、怜に手を引かれたままエントランスに横付けされた車に乗せられた沙雪は、お行儀が悪いとわかっていつつも窓際に肘を付き、頬杖をついて外を眺めていた。
まだ自動車自体が珍しいこのご時世、外からの視線は向けられやすいが為に車内ですらお行儀に気を付けなればならない。
だがこの時ばかりは沙雪も機嫌を損ねていた。
「ご機嫌斜めだな」
顔は前を向いたまま、ちらりと横目で沙雪の様子を見た怜が、呆れたように息をつき声をかける。
「…ひどいです、お兄様」
「お前が一人で勝手に屋敷を出ていくからだろう?」
沙雪の一言に目を閉じながら再びため息混じりに呟く怜に釣られたかのように沙雪もまた息をつく。
ここ最近はそればかりである。同性の友人とならばあっさりと外出も許されるのに、勘太郎との外出は詳細を説明してから、もしくは書いておかねば出かけることすら許されないのである。
「きちんと、勘太郎様とお会いすること、場所や帰宅時間まで書いてお兄様のお部屋に置きました。書き記した帰宅時間までは大分時間があっ…」
「今日は随分と反抗的だな。そんなにあいつとの語らいを邪魔されたのが不満か?沙雪」
沙雪の言葉を遮るように、顎を掴まれ半ば無理やり怜と視線を合わせられる。
怖いーーーー
怜の冷たい眼差しに背筋が凍りつきそうになる。いつもは優しく包み込んでくれる怜の手の平すら、今は冷たい。
「お兄様…離し…っ」
「あいつが…一ノ宮が好きなのか?」
怜の問いに、沙雪の肩が緊張で強ばる。
先程気づいたばかりではあるが、この勘太郎への自らの気持ちは間違いない。しかし、今の怜の前で素直に頷いてはいけない。
そう、沙雪の本能が告げていた。
「……いえ」
絞り出すように呟くと同時に、漸く怜の手が顎から離れた。恐る恐る沙雪が怜を見上げると、先程までの怒りが嘘かのように不器用な、それでいて優しいいつもの笑みを浮かべていた。
普段ならばその笑みに包まれほっと安堵するところではあるが、先程の怜の怒りを目の当たりにした沙雪には恐怖が残るばかりである。
「それなら良い。…ああ、着いたな」
怜の言葉に顔を上げ、窓の外を見れば運転手が先に下車しドアを開けるところであった。いつの間にか自宅へ帰りついていたようだ。
怜に続き沙雪が車から降りると、屋敷の玄関には女中頭の高山と、怜の婚約者である、寺宮公子が待っていた。
「お帰りなさいませ、怜様、沙雪様」
白髪が混じり始めた髪をきっちりと結い上げ、襟の詰まった洋風の女中服を身につけた高山は、先代の頃から西園寺家に使えるベテランの女中である。厳格な性格ではあるが、早くに母を亡くした怜や沙雪には厳しくも優しい育ての母のような存在であった。
「ただ今帰りました、高山さん」
「お帰りなさいませ。…おや、沙雪様…。どこかお加減でも悪うございますか?」
特に沙雪をどこに出しても恥ずかしくないよう一人前の淑女にと熱心に教育してきた高山。それ故に、沙雪の変調にはいち早く気づく。
そんな高山に少しばかり心中ドキリとしながらも、沙雪はにこりと微笑み首を振りながら口を開いた。
「いいえ、大丈夫ですよ、高山さん。もうすぐお夕飯の時間ですね。少し急いで着替えてまいりますね」
これ以上共にいると、なにやら見透かされてしまいそうな気がして、沙雪は笑みを浮かべたまま怜、公子と高山に軽く挨拶を済ませ、足早に自室へと戻っていく。
高山も沙雪を見送れば、怜と公子に一礼しその場を去った。
「…沙雪さん、少しばかり様子が変でしたけれど…喧嘩でもなさったんですか?」
上着を脱ぐ怜に手を伸ばし、受け取りながら問う公子に「さぁ…どうなんでしょうね」と上の空で呟き、怜はそのまま自室へと戻って行った。
「貴方はいつも……私のことを見て下さらないんですね…」
そんな怜を見送りながら、公子は手のひらを強く、強く握りしめていた。
まだ自動車自体が珍しいこのご時世、外からの視線は向けられやすいが為に車内ですらお行儀に気を付けなればならない。
だがこの時ばかりは沙雪も機嫌を損ねていた。
「ご機嫌斜めだな」
顔は前を向いたまま、ちらりと横目で沙雪の様子を見た怜が、呆れたように息をつき声をかける。
「…ひどいです、お兄様」
「お前が一人で勝手に屋敷を出ていくからだろう?」
沙雪の一言に目を閉じながら再びため息混じりに呟く怜に釣られたかのように沙雪もまた息をつく。
ここ最近はそればかりである。同性の友人とならばあっさりと外出も許されるのに、勘太郎との外出は詳細を説明してから、もしくは書いておかねば出かけることすら許されないのである。
「きちんと、勘太郎様とお会いすること、場所や帰宅時間まで書いてお兄様のお部屋に置きました。書き記した帰宅時間までは大分時間があっ…」
「今日は随分と反抗的だな。そんなにあいつとの語らいを邪魔されたのが不満か?沙雪」
沙雪の言葉を遮るように、顎を掴まれ半ば無理やり怜と視線を合わせられる。
怖いーーーー
怜の冷たい眼差しに背筋が凍りつきそうになる。いつもは優しく包み込んでくれる怜の手の平すら、今は冷たい。
「お兄様…離し…っ」
「あいつが…一ノ宮が好きなのか?」
怜の問いに、沙雪の肩が緊張で強ばる。
先程気づいたばかりではあるが、この勘太郎への自らの気持ちは間違いない。しかし、今の怜の前で素直に頷いてはいけない。
そう、沙雪の本能が告げていた。
「……いえ」
絞り出すように呟くと同時に、漸く怜の手が顎から離れた。恐る恐る沙雪が怜を見上げると、先程までの怒りが嘘かのように不器用な、それでいて優しいいつもの笑みを浮かべていた。
普段ならばその笑みに包まれほっと安堵するところではあるが、先程の怜の怒りを目の当たりにした沙雪には恐怖が残るばかりである。
「それなら良い。…ああ、着いたな」
怜の言葉に顔を上げ、窓の外を見れば運転手が先に下車しドアを開けるところであった。いつの間にか自宅へ帰りついていたようだ。
怜に続き沙雪が車から降りると、屋敷の玄関には女中頭の高山と、怜の婚約者である、寺宮公子が待っていた。
「お帰りなさいませ、怜様、沙雪様」
白髪が混じり始めた髪をきっちりと結い上げ、襟の詰まった洋風の女中服を身につけた高山は、先代の頃から西園寺家に使えるベテランの女中である。厳格な性格ではあるが、早くに母を亡くした怜や沙雪には厳しくも優しい育ての母のような存在であった。
「ただ今帰りました、高山さん」
「お帰りなさいませ。…おや、沙雪様…。どこかお加減でも悪うございますか?」
特に沙雪をどこに出しても恥ずかしくないよう一人前の淑女にと熱心に教育してきた高山。それ故に、沙雪の変調にはいち早く気づく。
そんな高山に少しばかり心中ドキリとしながらも、沙雪はにこりと微笑み首を振りながら口を開いた。
「いいえ、大丈夫ですよ、高山さん。もうすぐお夕飯の時間ですね。少し急いで着替えてまいりますね」
これ以上共にいると、なにやら見透かされてしまいそうな気がして、沙雪は笑みを浮かべたまま怜、公子と高山に軽く挨拶を済ませ、足早に自室へと戻っていく。
高山も沙雪を見送れば、怜と公子に一礼しその場を去った。
「…沙雪さん、少しばかり様子が変でしたけれど…喧嘩でもなさったんですか?」
上着を脱ぐ怜に手を伸ばし、受け取りながら問う公子に「さぁ…どうなんでしょうね」と上の空で呟き、怜はそのまま自室へと戻って行った。
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そんな怜を見送りながら、公子は手のひらを強く、強く握りしめていた。
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