白き薔薇の下で永遠の純心を君に

綾峰由宇

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「西園寺沙雪です。夜分に申し訳ありません、柏崎さん。勘太郎様はご在宅でしょうか?」

いつもより少しだけ夕食を早めに切り上げ、自室に戻った沙雪は早速交換局を通して一ノ宮家へと電話をかけた。
一ノ宮家執事の柏崎から勘太郎へ取り次いでもらえば、すぐにバタバタとあわただしい足音が聞こえる。
『坊っちゃま、そんなに慌てなくとも…』
『柏崎さん、早い。出るの早いよ。沙雪の電話は僕が取りたかった』
『それは大変申し訳ございません』
等と勘太郎と柏崎、二人のやり取りが漏れ聞こえてくる。
そんな二人にくすくす笑っていれば、程なくして勘太郎の声が耳に飛び込んできた。

『沙雪』

電話越しですら、名を呼ばれるだけで安堵する。先程の怜とのやり取りすら薄らいでいくようだ。
己の気持ちに気付いてから、これまでいかに勘太郎に支えられていたのかを改めて認識した。

「勘太郎様…」
『元気ないね。怜さんに叱られた?』
「ええ少し。でも、平気です」

そう言って微笑む。きっと沙雪が笑ったことは勘太郎にも伝わったであろう。沙雪も今、この回線越しに勘太郎が笑っているであろうことが自然とわかるのだから。
それから二人で、今日の夕飯は何だったのか、やら近所の犬が猫を連れて帰ってきたらしい、など他愛のない話を交わす。

「勘太郎様、先ほどお手紙届きましたよ。朝と夕方に二通」
『うん、どうしてもいち早く沙雪に知らせたいことがあってね』

週に何度も会って話すというのに、手紙の交換までしている二人。
明治は郵便が届くのが早い。余りの遠方でなければ、朝出した葉書は夕方に届いていることはザラである。
内容は他愛ないものだが、他のどんなラブレターより、勘太郎からくる葉書が嬉しかった。

「勘太郎様、明日も学校ですよね」
『うん、沙雪もでしょう?』
「はい、ですから…またいつもの所で」

沙雪の言葉に勘太郎は一瞬考え込むように黙ったあと、『うん、いつもの所でね』と同意した。

「では明日、楽しみにしています」
『僕も楽しみ。ゆっくり休んで、授業中に欠伸するんじゃないよ?』

冗談交じりに呟く勘太郎にくすくす笑い「はい、分かりました」と頷けばどちらからともなく「おやすみなさい」と言葉が重なり、その事にまた笑い合いながら受話器を置いた。

「…園遊会…思えば明後日なのね。明日も明後日も会えるなんて…勘太郎様……」
「…そんな甘い声で呼ぶほど、好きか?さっきは違うと言ったのにな」

受話器を置いた手を胸元でつかみ微笑んでいれば扉から声が聞こえ、沙雪は驚きながら振り返る。
扉がいつの間にか開かれ、枠に怜がもたれかかって居た。

「お兄様…何、のご用ですか?」
「寝る前にお前の顔を見ようと思ってね?そうしたら、お前は一ノ宮の名を蕩けそうな声で呼んでいた。…癪だな」

そう言うなり、怜は部屋へ入り扉を締め、沙雪へと近づく。
咄嗟に逃げようとするも、素早さは怜の方が上だったのかすぐに詰め寄られた。

「何を怯えている?俺だよ、お前の大好きな兄様だ」
「お兄様…どうして…いつもはお優しいのに、何故こんな…ん…っ!?」

恐怖か、悲しみか、言いようの無い感情の涙を溜め怜を見上げた途端、唇に何かが合わさった。
突然のことに一瞬何が起こったのかわからなかったが、それが怜の唇だと理解するまでに時間はかからなかった。
目を開けば目の前に怜の顔。
大好きなたった一人の兄のはずなのに、凄まじい嫌悪感が溢れると同時に、力を込めて怜の胸を押し突き放した。

「…出ていってください、お兄様。人を呼びますよ」
「ただ妹の部屋にいるというだけで、誰か来てくれるとでも思うのか?」
「高山さんなら、来て下さいます」

唇をグイ、と手の甲で拭いながらそう言う沙雪に、一考したあと怜はクスクスと笑いながら降参とばかりに両手を挙げた。

「そうだな。高山の優先順位はいつもお前が先だ。わかった、出ていくよ」

くつくつと言う笑いながら怜は踵を返し扉に向かう。が、ピタリと立ち止まり沙雪に振り向いた。

「お前は、西園寺家の大切な娘だ。いつまでも、ずっと…な」

笑みと言葉に含みを持たせ沙雪を見れば、怜はそのまま部屋を出ていった。
扉の閉まる音と共に沙雪はその場にへたり込む。
再度唇を拭えば、そのまま涙を流し手のひらで顔を覆う。

「勘太郎…様……」

勘太郎への気持ちに気づいた途端に、怜が変わってしまった。優しい兄が恐ろしくてたまらない。
初めての口付けは、愛する人と出来るものだと思っていた。大切にしていた。
なのに…

泣きながら呟く沙雪の声は、夜の闇にただただ吸い込まれるばかりであった。
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