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八
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暫くしてゆっくりとした足取りになっても、二人の手は離れることなく繋がれたままであった。
どちらかがその手に視線を落としては、はにかんだ笑みを浮かべる。
それを何回か繰り返していれば、二人が行きつけにしているカフェーが見えてきた。
店の中から二人を見つけた馴染みの店主が扉を開き、出迎えてくれる。
「こんにちは、マスター」
「いらっしゃい、美男美女」
ニカッと人のいい笑みを二人に向けカウンターの中に戻る男。
【カフェー・ベル】の店主、鈴木厳男。名前の通りイカつい顔と体格のせいで誤解されがちではあるが、珈琲をこよなく愛する心根が広く優しい男である。
勘太郎の学校と屋敷に近いということで、勘太郎は昔から家族で来ていた常連であり、いつかに沙雪を連れて来たらあっという間に気に入ったらしく、いつしか勘太郎が居なくとも沙雪ひとりで訪れるほどになっていた。
今では二人揃って気のいいマスターの顔なじみであった。
「マスター、僕は珈琲を。沙雪は紅茶?」
「はい。あとケーキを…今日のおすすめはなんですか?」
「アップルパイだな。時季外れのわりに良いリンゴが入ったんだ」
「ではそれをお願いします」
厳男の言葉に嬉しそうに頷きながら注文をする。
普段外では余り物を食べない沙雪だが、ここベルでは違う。ここでは必ず何かしらのケーキを頼むのであった。
「マスターのケーキは美味しいんです。どんなお店のものより、高価なレストランのものより、一番美味しくて好きです」
そう豪語しながら沙雪は率先していつもの席に着く。店の奥のほうにあり、低めのパーテーションで区切られた落ち着く席である。
勘太郎も沙雪に続けば、先に座っていた沙雪の笑顔が迎えてくれた。
「可愛いねぇ、沙雪は」
「私より可愛い方は沢山いらっしゃいます」
「そんな事ないよ。僕には沙雪が一番可愛いの」
沙雪の頭をぽふりと一撫でしてから席に着く勘太郎に、頬を染めながら勘太郎を見つめる沙雪。
「ほい、珈琲と紅茶に、サービスのクリームたっぷりアップルパイお待…沙雪ちゃん、顔真っ赤だぞ?大丈夫か?」
タイミングが良いのか悪いのか、注文の品を運んできた厳男の言葉に、沙雪は軽く頬を叩き大丈夫と頷く。
そんな沙雪に笑みを深め、無理すんなよ?と頷きながら厳男はカウンターへと戻って行った。
「さて、今日は何から話そうかな」
珈琲を一口飲み、勘太郎は微笑む。もう何年間も沢山話し続けているというのに、二人の間に会話は尽きそうにない。
更に勘太郎が民俗学を学び始めてから沙雪も各地の伝承に興味を持ち始めたため、ますます二人の会話は弾むのである。
「そうだ、勘太郎様。明日、彩子ちゃんとご一緒にお時間ありますか?」
「明日?僕は沙雪の予定が空いていれば沙雪に会いに行こうと思っていたよ。彩子も大丈夫なんじゃないかな」
勘太郎の答えに嬉しいような照れくさいような笑みを浮かべる。そんな沙雪を見て、勘太郎もまた微笑んだ。
「良かった…。有難うございます。明日、お兄様と公子さんの婚約披露を兼ねた園遊会を開くんです。私もお父様がご友人を呼んでもいいと仰ってくれたので、勘太郎様と彩子ちゃん、宮子を招待したいと思って…」
「その限られた友人枠の中に僕と彩子を入れてくれて嬉しいよ。彩子なんて飛んで喜ぶんじゃないかな。でも…」
言葉を止め、次を言い淀む勘太郎。沙雪がどうしたのかと問うように首を傾げれば、勘太郎もまた微笑み沙雪の手に触れ微笑んだ。
「僕は“友人”なのかい?」
「え……」
「別のものじゃなくて…?」
手を触れられ、そちらに集中していれば問われ、動きがピタリと止まってしまう。
勘太郎が沙雪に言わせたい言葉を、即座に悟ってしまった。
勘太郎は今、この場所で沙雪の気持ちが知りたいと思っているのだ。
どちらかがその手に視線を落としては、はにかんだ笑みを浮かべる。
それを何回か繰り返していれば、二人が行きつけにしているカフェーが見えてきた。
店の中から二人を見つけた馴染みの店主が扉を開き、出迎えてくれる。
「こんにちは、マスター」
「いらっしゃい、美男美女」
ニカッと人のいい笑みを二人に向けカウンターの中に戻る男。
【カフェー・ベル】の店主、鈴木厳男。名前の通りイカつい顔と体格のせいで誤解されがちではあるが、珈琲をこよなく愛する心根が広く優しい男である。
勘太郎の学校と屋敷に近いということで、勘太郎は昔から家族で来ていた常連であり、いつかに沙雪を連れて来たらあっという間に気に入ったらしく、いつしか勘太郎が居なくとも沙雪ひとりで訪れるほどになっていた。
今では二人揃って気のいいマスターの顔なじみであった。
「マスター、僕は珈琲を。沙雪は紅茶?」
「はい。あとケーキを…今日のおすすめはなんですか?」
「アップルパイだな。時季外れのわりに良いリンゴが入ったんだ」
「ではそれをお願いします」
厳男の言葉に嬉しそうに頷きながら注文をする。
普段外では余り物を食べない沙雪だが、ここベルでは違う。ここでは必ず何かしらのケーキを頼むのであった。
「マスターのケーキは美味しいんです。どんなお店のものより、高価なレストランのものより、一番美味しくて好きです」
そう豪語しながら沙雪は率先していつもの席に着く。店の奥のほうにあり、低めのパーテーションで区切られた落ち着く席である。
勘太郎も沙雪に続けば、先に座っていた沙雪の笑顔が迎えてくれた。
「可愛いねぇ、沙雪は」
「私より可愛い方は沢山いらっしゃいます」
「そんな事ないよ。僕には沙雪が一番可愛いの」
沙雪の頭をぽふりと一撫でしてから席に着く勘太郎に、頬を染めながら勘太郎を見つめる沙雪。
「ほい、珈琲と紅茶に、サービスのクリームたっぷりアップルパイお待…沙雪ちゃん、顔真っ赤だぞ?大丈夫か?」
タイミングが良いのか悪いのか、注文の品を運んできた厳男の言葉に、沙雪は軽く頬を叩き大丈夫と頷く。
そんな沙雪に笑みを深め、無理すんなよ?と頷きながら厳男はカウンターへと戻って行った。
「さて、今日は何から話そうかな」
珈琲を一口飲み、勘太郎は微笑む。もう何年間も沢山話し続けているというのに、二人の間に会話は尽きそうにない。
更に勘太郎が民俗学を学び始めてから沙雪も各地の伝承に興味を持ち始めたため、ますます二人の会話は弾むのである。
「そうだ、勘太郎様。明日、彩子ちゃんとご一緒にお時間ありますか?」
「明日?僕は沙雪の予定が空いていれば沙雪に会いに行こうと思っていたよ。彩子も大丈夫なんじゃないかな」
勘太郎の答えに嬉しいような照れくさいような笑みを浮かべる。そんな沙雪を見て、勘太郎もまた微笑んだ。
「良かった…。有難うございます。明日、お兄様と公子さんの婚約披露を兼ねた園遊会を開くんです。私もお父様がご友人を呼んでもいいと仰ってくれたので、勘太郎様と彩子ちゃん、宮子を招待したいと思って…」
「その限られた友人枠の中に僕と彩子を入れてくれて嬉しいよ。彩子なんて飛んで喜ぶんじゃないかな。でも…」
言葉を止め、次を言い淀む勘太郎。沙雪がどうしたのかと問うように首を傾げれば、勘太郎もまた微笑み沙雪の手に触れ微笑んだ。
「僕は“友人”なのかい?」
「え……」
「別のものじゃなくて…?」
手を触れられ、そちらに集中していれば問われ、動きがピタリと止まってしまう。
勘太郎が沙雪に言わせたい言葉を、即座に悟ってしまった。
勘太郎は今、この場所で沙雪の気持ちが知りたいと思っているのだ。
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