白き薔薇の下で永遠の純心を君に

綾峰由宇

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十四

「今日は月が明るいね」
「明日も晴れますわね」

空を見上げながら微笑む沙雪。そんな沙雪の頬に指を延ばし撫でれば、視線が勘太郎に向いた。
どう見ても、その微笑みはいつもの沙雪のものではなかった。

「今日元気がなかったのは、怜さんに怒られたせいだけではないよね?何があったんだい?」
「…勘太郎様…」

頬を伝う温かい指を追うように涙が溢れた。
やはり、勘太郎に心配をこれ以上かけないように耐えていたのだろう。
そんな沙雪を見て勘太郎はそっと肩を抱き寄せ、その勘太郎の温もりに縋り付くように胸に顔を埋め、沙雪は静かに泣き出した。
それからどれくらい経っただろうか、震えていた沙雪の肩もだいぶ落ち着いてきた。しかし、まだ離れようとせず、勘太郎も沙雪を抱きしめたままだ。

「どう?」

その問いがどういう意味かなど、沙雪にはよく分かっている。小さく頷き顔をあげれば勘太郎を真っ直ぐ見つめ、そして一度小さく息をつき口を開いた。

「昨夜…お兄様、が…突然…」

ぽつり、ぽつりと時折言葉をつまらせながらも話していく。話す度に、勘太郎へ申し訳ない気持ちが溢れていく。
勘太郎は一言も発することなく、小さく頷きながら静かに耳を傾けていた。

「…私、どうしたら…もう、お兄様に会いたくないんです…。公子さんにも申し訳なくて…何より、勘太郎様に…!」
「好きだよ、沙雪」

瞳を潤ませ顔を逸らす沙雪に、勘太郎はそっと囁く。
唐突なその言葉だが、余り驚くことはなかった。それでも照れくささはあるのか、沙雪は一度逸らした顔を戻すももう一度逸らしてから勘太郎に向き直った。

「勘太郎様…私…」
「正直、怜さんのしたことは許せないし、怒りも湧く。さっきも殴っちゃったしね。でもその怒りは沙雪を守れなかった自分へのもので、許せないのはそれだけ沙雪が好きだから。だから沙雪は何も悪くないし、気後れすることも無い」

正直に本音を語ってくれる勘太郎に、耳を傾ける沙雪はそっと頷き口を開く。

「こんな、私で…良いんですか…?」
「当たり前。沙雪がいい。沙雪じゃなきゃ嫌だよ」

にこりと微笑み沙雪を見つめる勘太郎。その眼差しが、沙雪の苦しんだ感情をじんわりと溶かしていく。ゆっくりと心が解れ、涙が溢れ出る。

「勘太郎様…」

勘太郎を呼び、抱きつく。この止まらぬ涙が幸福の、喜びの涙であることは違いようがなかった。

「やっと言える…。沙雪、僕は君を愛してる」

自分より一回り近く小さな沙雪を抱きしめ、華奢な肩に顔を埋める。
自らの服が濡れるのも構わず、勘太郎は沙雪を抱きしめ続けた。

「私も、貴方が好きです、勘太郎様。心よりお慕いしています」

小さく、でもはっきりと伝えてくれる沙雪に笑みを深くし、勘太郎は抱きしめることで返した。
きっと、ずっと前。出会ったその時から幼くも思いあっていたであろう二人。
そんな二人は再度言葉を重ねなくとも思いを通わせあえるのであろう。
二人はいつまでも、抱きしめあっていた。


「突然、顔を晴らしていらしたと思ったら…」

着物の裾を整えながら、公子はベッドに座る怜に視線を向ける。
グラスに入ったウイスキーを飲みながら、怜は公子に視線を向けるその頬は、先ほどよりはましだが、まだ腫れ上がっている。
形無しに沙雪に優しい勘太郎故に、沙雪に危害を加える者には加減なしに厳しくなるのかもしれない。

「そう言えば、先程沙雪さんが誰かと離れに入っていきましたけど…」
「…一ノ宮の放蕩息子だろ」

呟きながら、グラスを握る指に力を込める。薄いガラスは怜の力に負けぴしりとヒビが入っていた。
そんな怜の様子を見て、公子は小さく息をつく。
始めは親の決めた結婚など真っ平御免だと思っていた。しかし見合いの日、初めて顔を合わせた怜に不覚ながら心惹かれてしまった。
平均並みな容姿の公子には、怜がとても眩しく見えたのだ。
しかし、いざ婚約が整い行儀見習いとして西園寺家に入ったものの、中々怜は公子に心を開かなかった。
それどころか、彼は自らより遥かに美しい妹に心を奪われている様でさえあったのだ。
公子にかけたことの無い優しい言葉をかけ、公子に見せたことの無い笑顔を見せる。
幼い頃から面倒を見てきた妹なのだから仕方ない。いつか自分にも心を開いてくれる日を待とう。そう思っていた。
しかし、いつからだろう。
怜が、沙雪を妹として見ていないことに気づいたのは…。

「貴方はいつも、沙雪さんの事ばかり…」

後ろから怜に抱きつき、寂しげな笑みを見せる。
そっと囁いても、どれだけ大きく叫んでも、公子の想いは怜には届かない。
どれだけ縋っても抱きついても、怜は公子を見ない。
唯一怜が公子を見るのは夜、寝台での営みの時だけ。その時だけは、怜は公子だけのものだと感じる。
だけど、公子は知っていた。怜は公子を通り越し、沙雪を抱いているのだということを。
それに気づいてからは惨めな気持ちを捨てきれず、一度は婚約を破棄しようかと思ったこともあった。
しかし、幼少の頃から両親に厳しく育てられ、躾られてきた公子が両親に反発し、歯向かうことなど出来るはずもなく、怜に体を許してしまった己では、新たに婚約者などすぐには見つからないだろうと言う気持ちが強かった。
そしてまた更に、公子自身も怜から離れることに抵抗があった。
怜の叶わない恋の身代わりとなる虚しさより、思う人から離れる切なさが勝ったのである。

「いいわ、私は身代わりで」

そう呟く公子は、小さく微笑み怜の頬に口付けるのであった。
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