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十六
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沙雪は、結婚を焦ってはいない。
確かに結婚適齢期は今であり、実際に沙雪を妻にと望む元華族や軍幹部の令息たちが引く手数多に彼女に結婚の申し込みをプレゼントや手紙を添えて日々贈ってきてくれている。
求められるうちが花かと思った時期もあったが、その時には既に勘太郎と過ごし、無意識の内に勘太郎への好意を持っていたからか、そのような思いも薄れていた。
親友である宮子もすぐに結婚はしたくないらしく、一番近くの級友と結婚観が共鳴してしまったために、更に結婚願望は薄れていった。
この時期を過ぎてしまったら、申し込みも減っていき、級友たちのように結婚はできないかもしれない。
それでも沙雪は結婚よりもやりたいことがあったのだ。
沙雪は卒業したら、何か職に就きたいと思っているのである。
幼い頃亡くなった母も、良家の子女でありながら、女でありながら新聞記者を生業としていたらしい。そんな話を父から聞き、新聞記者という仕事、それでなくても職業婦人というものに強い憧れを持っているのだ。
だから、いつか父である真が沙雪の婚約者を探そうと腰を上げるその頃には、女学校の卒業後は就職を望んでいると告げるつもりであった。
職業婦人として身を立てられれば、結婚をせずとも生きていけるとも思ったのも事実である。
しかし、こうして勘太郎と思いを通わせあった今、更に結婚の申し出をしてくれたことはこれ以上ないほどうれしいものであるのも事実だ。
応えるべきか否か、そんな沙雪の逡巡に気付いたのか、勘太郎はにっこりと微笑んだ。
「そうか、沙雪は就職希望だったね」
「はい、幼い頃から決めていたんです。でも、勘太郎さんの申し出を受けて一ノ宮家に嫁げば働くわけには…」
「いや、別に構わないよ?」
申し訳なさそうに呟く沙雪に、勘太郎はさらりとそう言って微笑む。
「だって、跡取りの僕が経済や帝王学を選ばず、民俗学を専攻したのを笑って許した親父殿だよ?それに、女性の地位向上運動や、社会進出や、就業支援にも多大な理解を示してるからね」
うんうんと頷きながら呟く勘太郎に苦笑しながら沙雪も頷いてみる。勘太郎の両親とは何度か顔を合わせたことがあるが、朗らかで大らか。そんな印象であった。けれど、いざ長男の結婚となれば、そうも言ってられないのではないか。そんなことを思っている沙雪の頭を撫で、勘太郎は口を開いた。
「沙雪。就職云々は置いといて、沙雪の正直な気持ちを教えて?」
首を傾げながら問う勘太郎。その真剣な眼差しに射抜かれ、沙雪の胸が激しく高鳴った。
素直な気持ちなど、沙雪の心など、当に決まっている。
ずっと前から心の奥ではわかっていた気持ち。こんなに愛せる人は、先にも後にも絶対いない。そんな確信があるのだ。
「私は、勘太郎さんのお傍にずっといたい…。不束な私ですが、お傍に置いて下さいますか?」
「勿論、おいで」
沙雪の言葉に心底嬉しそうに微笑み、勘太郎は沙雪の手を引き抱きしめた。
途端、沙雪の胸の奥はきゅう、と締まり勘太郎への愛しさで溢れる。
華奢な体が壊れないように、けれど離さないとばかりにきつく抱きしめる。
そんな勘太郎の強く優しい抱擁に応えるように背に腕を回し抱き着く。
「嬉しいよ沙雪…。本当に僕と結婚してくれる?」
期待と不安が入り混じった勘太郎の問いかけに、思わずくすくすと笑いだせば沙雪は頷いた。
普段は不遜と思わそうなほど自信たっぷりな勘太郎なのに、そんな子犬のような瞳で見られては弱ってしまう。
「はい、勘太郎さん。いつまでも貴方の傍に居させて下さいませ。この生尽きるまで」
微笑み見上げる沙雪に、勘太郎はそっと口付ける。
徐々に深まる勘太郎の口づけに頬を紅く染め上げながら、沙雪も吐息を漏らしながら応える。
月明かりに照らされた二人を燃えるように見つめる瞳に気付かぬままーーー。
確かに結婚適齢期は今であり、実際に沙雪を妻にと望む元華族や軍幹部の令息たちが引く手数多に彼女に結婚の申し込みをプレゼントや手紙を添えて日々贈ってきてくれている。
求められるうちが花かと思った時期もあったが、その時には既に勘太郎と過ごし、無意識の内に勘太郎への好意を持っていたからか、そのような思いも薄れていた。
親友である宮子もすぐに結婚はしたくないらしく、一番近くの級友と結婚観が共鳴してしまったために、更に結婚願望は薄れていった。
この時期を過ぎてしまったら、申し込みも減っていき、級友たちのように結婚はできないかもしれない。
それでも沙雪は結婚よりもやりたいことがあったのだ。
沙雪は卒業したら、何か職に就きたいと思っているのである。
幼い頃亡くなった母も、良家の子女でありながら、女でありながら新聞記者を生業としていたらしい。そんな話を父から聞き、新聞記者という仕事、それでなくても職業婦人というものに強い憧れを持っているのだ。
だから、いつか父である真が沙雪の婚約者を探そうと腰を上げるその頃には、女学校の卒業後は就職を望んでいると告げるつもりであった。
職業婦人として身を立てられれば、結婚をせずとも生きていけるとも思ったのも事実である。
しかし、こうして勘太郎と思いを通わせあった今、更に結婚の申し出をしてくれたことはこれ以上ないほどうれしいものであるのも事実だ。
応えるべきか否か、そんな沙雪の逡巡に気付いたのか、勘太郎はにっこりと微笑んだ。
「そうか、沙雪は就職希望だったね」
「はい、幼い頃から決めていたんです。でも、勘太郎さんの申し出を受けて一ノ宮家に嫁げば働くわけには…」
「いや、別に構わないよ?」
申し訳なさそうに呟く沙雪に、勘太郎はさらりとそう言って微笑む。
「だって、跡取りの僕が経済や帝王学を選ばず、民俗学を専攻したのを笑って許した親父殿だよ?それに、女性の地位向上運動や、社会進出や、就業支援にも多大な理解を示してるからね」
うんうんと頷きながら呟く勘太郎に苦笑しながら沙雪も頷いてみる。勘太郎の両親とは何度か顔を合わせたことがあるが、朗らかで大らか。そんな印象であった。けれど、いざ長男の結婚となれば、そうも言ってられないのではないか。そんなことを思っている沙雪の頭を撫で、勘太郎は口を開いた。
「沙雪。就職云々は置いといて、沙雪の正直な気持ちを教えて?」
首を傾げながら問う勘太郎。その真剣な眼差しに射抜かれ、沙雪の胸が激しく高鳴った。
素直な気持ちなど、沙雪の心など、当に決まっている。
ずっと前から心の奥ではわかっていた気持ち。こんなに愛せる人は、先にも後にも絶対いない。そんな確信があるのだ。
「私は、勘太郎さんのお傍にずっといたい…。不束な私ですが、お傍に置いて下さいますか?」
「勿論、おいで」
沙雪の言葉に心底嬉しそうに微笑み、勘太郎は沙雪の手を引き抱きしめた。
途端、沙雪の胸の奥はきゅう、と締まり勘太郎への愛しさで溢れる。
華奢な体が壊れないように、けれど離さないとばかりにきつく抱きしめる。
そんな勘太郎の強く優しい抱擁に応えるように背に腕を回し抱き着く。
「嬉しいよ沙雪…。本当に僕と結婚してくれる?」
期待と不安が入り混じった勘太郎の問いかけに、思わずくすくすと笑いだせば沙雪は頷いた。
普段は不遜と思わそうなほど自信たっぷりな勘太郎なのに、そんな子犬のような瞳で見られては弱ってしまう。
「はい、勘太郎さん。いつまでも貴方の傍に居させて下さいませ。この生尽きるまで」
微笑み見上げる沙雪に、勘太郎はそっと口付ける。
徐々に深まる勘太郎の口づけに頬を紅く染め上げながら、沙雪も吐息を漏らしながら応える。
月明かりに照らされた二人を燃えるように見つめる瞳に気付かぬままーーー。
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