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二十六
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「あー…すっごい緊張してきた…」
「勘太郎さんですもの、きっと大丈夫」
西園寺家当主。真がいるはずの書斎の前に立ち、タイを締めなおしながら息を吐く勘太郎。
そんな勘太郎を落ち着かせようと、腕に寄り添いながら沙雪は微笑む。
「よし、じゃあ行こう」
沙雪の笑みに元気づけられ頷けば、それでも再度深呼吸してから扉をノックする。中から返事が聞こえれば扉を開き、沙雪を中へ促してから勘太郎も中に入り一礼した。
「失礼します、西園寺伯爵。お休みのところ申し訳ありません」
「構わないよ。で、一ノ宮財閥の御曹司がうちの姫とどうしたんだい?」
本革張りのデスクチェアに深々と腰掛けていた真は、沙雪と勘太郎を見て少し身を起こしながら微笑んだ。
その年を感じさせない笑みは今も尚、社交界の注目を浴び続けている。そんな朗らかながらも貫禄漂う真に負けぬようにと、勘太郎は真っすぐに真を見て口を開いた。
「僕と沙雪さんのことで、お話を聞いて頂きたく、参りました」
勘太郎の真っすぐな眼差しに、これはゆったり聞いていられる話ではないと判断した真は椅子に座りなおす。しっかりと話を聞こうと机に腕を乗せそのまま手のひらを組んだ。
「ん、何だい?」
「少し先の将来、お許しがいただけるのならそれよりも早く、沙雪さんと結婚させて頂きたいのです。そのお許しを貰いに参りました」
言い切れば再度真っすぐに真を見る。
真は一度唸ると勘太郎を見た。
「ふむ…“貰いに”ということは、僕が許しを出すまで諦める気は無いという事かな?」
「はい。僕は沙雪さんと出会ってから十何年。沙雪さんだけを想い続けて来ました。絶対に引き下がるつもりはありません」
真っすぐに、直向きに、はっきりと自らの想いを告げる勘太郎。その思いをぶつけられ、真は再度唸り沙雪を呼んだ。
「沙雪」
「はい、お父様」
「お前には、然るべき時に然るべき家に嫁いでもらい、西園寺家の地位を更に盤石なものにしておきたいと常々思っていたんだが…」
呟くも、言葉をとぎらせる真を不安げに見つめる。
沙雪のみならず、良家の子女の役割は、生家の糧になれるような家に嫁ぎ、嫁ぎ先で跡取りを生むことだ。
比較的自由に育てられては来たものの、沙雪もそのことは十分承知しているし、真もまた沙雪にその辺りを期待をしているのは明白である。それでも何とか、二人のことを認めてほしい。そう願わずにはいられなかった。
その視線を知ってか知らずか、真はゆっくり立ち上がり沙雪に近づく。そして爽やかな笑みを浮かべ、沙雪の頭を撫でた。
「自分で見つけてきたか。うん、一ノ宮家なら会社も安定、後継ぎである勘太郎君の将来性も高いし、政略的に申し分ない。さらに二人が想い合っているのなら、何の問題もないじゃないか。むしろ万々歳だよ」
「お父様…では…」
「二人の結婚を認める。近々、僕からも一ノ宮家にご挨拶に行くよ」
沙雪の言葉に真が頷けば、沙雪と勘太郎は顔を見合わせる。
「勘太郎さん…っ」
「沙雪…!有り難うございます、伯爵」
二人揃って真に頭を下げる。
そんな二人を見て満足げに頷きながら真が口を開こうとすれば、声が三人の後方から飛んできた。
「納得いきませんね」
聞き覚えのあるその声に振り返れば、扉の枠にもたれかかる怜の姿。
「怜、何が納得いかないんだ?」
真の言葉に小さくため息をつき、勘太郎を一瞥すれば沙雪の腕を掴み自らに引き寄せながら口を開いた。
「確かに、一ノ宮財閥は年々業績を上げていますし、将来性はある。ですがそれは彼の父親である現当主の力です。次期当主となる一ノ宮にその力があると、父さんは思えますか?民俗学に傾倒し、経営学など無知に等しい。世間からは放蕩息子と呼ばれているようなこの男に、沙雪を任せられると?」
怜の言葉は一般的に見れば全うなことを言っているかもしれない。その思惑は解りかねるが。
そんな怜の言葉に、真はふむ、と頷き勘太郎と怜を見比べる。その時、沙雪が自らの腕を掴む怜の手を振り払った。
「離してください!勘太郎さんの…彼のことを何も知らないお兄様がそんなことを言わないでください!!」
怜の手から逃れ、勘太郎の元へ戻れば、沙雪は怜を見て再度口を開いた。
「確かに勘太郎さんは民俗学を専攻なさっています。けれどその傍ら、専攻の民俗学と並行してきちんと経営学も帝王学も学んでおられます。現当主であられる勘太郎さんのお父様にも、後継者として合格点を貰っているんです。社交界ではそのような努力をなさっている姿をお見せにならないから、放蕩息子だとか次期当主にはまだ早いと言われてしまっていますが…勘太郎さんはもう、いつでも立派な経営者となれるんです」
その努力を、沙雪は間近で見ていた。
時には寝る間も惜しんで勉学に励んでいる勘太郎だが、その大変さを微塵も感じさせず、常に笑顔を絶やさない。
だからこそ、世間が勘太郎を放蕩息子という事が内心解せなかったのだが勘太郎も勘太郎の父も、言わせたいものには言わせておけとしか思っていないようで気にしていなかったために、いつもその揶揄するような話題は静かに聞いているしかなかった。
そんな不満も今怜にぶつけてしまったのかもしれないが、一気に言い切った沙雪は真に視線を移す。
このように長々と自分の意思を発する沙雪が珍しかったのか、きょとんとしていた真だが、娘の真剣な眼差しににこりと微笑み頷いた。
「うん、なら問題ないじゃないか。勘太郎君自身も好青年だし、沙雪がうちの人間以外に初めて懐いた子だしな」
「お父様…」
真を見上げ、微笑む沙雪の頭を撫で、勘太郎を見る。
その真の視線を受け、勘太郎はにっこり微笑み頷いた。
沙雪と同じように人の気持ちを汲み取ることに長けている勘太郎には真の気持ちがすぐにわかったのだろう。
「というわけで怜。早く妹離れをしてだな、二人を認めろ」
「…善処します」
小さく吐き捨てるように呟き、怜は沙雪を見る。
その冷酷なまでの瞳に震え、一歩勘太郎に近寄りそっと袖を掴む。そんな沙雪を見た怜は一度怒りに満ちた目を向けるも一瞬で元の無表情に戻り、真に一礼し書斎を出て行った。
「勘太郎さんですもの、きっと大丈夫」
西園寺家当主。真がいるはずの書斎の前に立ち、タイを締めなおしながら息を吐く勘太郎。
そんな勘太郎を落ち着かせようと、腕に寄り添いながら沙雪は微笑む。
「よし、じゃあ行こう」
沙雪の笑みに元気づけられ頷けば、それでも再度深呼吸してから扉をノックする。中から返事が聞こえれば扉を開き、沙雪を中へ促してから勘太郎も中に入り一礼した。
「失礼します、西園寺伯爵。お休みのところ申し訳ありません」
「構わないよ。で、一ノ宮財閥の御曹司がうちの姫とどうしたんだい?」
本革張りのデスクチェアに深々と腰掛けていた真は、沙雪と勘太郎を見て少し身を起こしながら微笑んだ。
その年を感じさせない笑みは今も尚、社交界の注目を浴び続けている。そんな朗らかながらも貫禄漂う真に負けぬようにと、勘太郎は真っすぐに真を見て口を開いた。
「僕と沙雪さんのことで、お話を聞いて頂きたく、参りました」
勘太郎の真っすぐな眼差しに、これはゆったり聞いていられる話ではないと判断した真は椅子に座りなおす。しっかりと話を聞こうと机に腕を乗せそのまま手のひらを組んだ。
「ん、何だい?」
「少し先の将来、お許しがいただけるのならそれよりも早く、沙雪さんと結婚させて頂きたいのです。そのお許しを貰いに参りました」
言い切れば再度真っすぐに真を見る。
真は一度唸ると勘太郎を見た。
「ふむ…“貰いに”ということは、僕が許しを出すまで諦める気は無いという事かな?」
「はい。僕は沙雪さんと出会ってから十何年。沙雪さんだけを想い続けて来ました。絶対に引き下がるつもりはありません」
真っすぐに、直向きに、はっきりと自らの想いを告げる勘太郎。その思いをぶつけられ、真は再度唸り沙雪を呼んだ。
「沙雪」
「はい、お父様」
「お前には、然るべき時に然るべき家に嫁いでもらい、西園寺家の地位を更に盤石なものにしておきたいと常々思っていたんだが…」
呟くも、言葉をとぎらせる真を不安げに見つめる。
沙雪のみならず、良家の子女の役割は、生家の糧になれるような家に嫁ぎ、嫁ぎ先で跡取りを生むことだ。
比較的自由に育てられては来たものの、沙雪もそのことは十分承知しているし、真もまた沙雪にその辺りを期待をしているのは明白である。それでも何とか、二人のことを認めてほしい。そう願わずにはいられなかった。
その視線を知ってか知らずか、真はゆっくり立ち上がり沙雪に近づく。そして爽やかな笑みを浮かべ、沙雪の頭を撫でた。
「自分で見つけてきたか。うん、一ノ宮家なら会社も安定、後継ぎである勘太郎君の将来性も高いし、政略的に申し分ない。さらに二人が想い合っているのなら、何の問題もないじゃないか。むしろ万々歳だよ」
「お父様…では…」
「二人の結婚を認める。近々、僕からも一ノ宮家にご挨拶に行くよ」
沙雪の言葉に真が頷けば、沙雪と勘太郎は顔を見合わせる。
「勘太郎さん…っ」
「沙雪…!有り難うございます、伯爵」
二人揃って真に頭を下げる。
そんな二人を見て満足げに頷きながら真が口を開こうとすれば、声が三人の後方から飛んできた。
「納得いきませんね」
聞き覚えのあるその声に振り返れば、扉の枠にもたれかかる怜の姿。
「怜、何が納得いかないんだ?」
真の言葉に小さくため息をつき、勘太郎を一瞥すれば沙雪の腕を掴み自らに引き寄せながら口を開いた。
「確かに、一ノ宮財閥は年々業績を上げていますし、将来性はある。ですがそれは彼の父親である現当主の力です。次期当主となる一ノ宮にその力があると、父さんは思えますか?民俗学に傾倒し、経営学など無知に等しい。世間からは放蕩息子と呼ばれているようなこの男に、沙雪を任せられると?」
怜の言葉は一般的に見れば全うなことを言っているかもしれない。その思惑は解りかねるが。
そんな怜の言葉に、真はふむ、と頷き勘太郎と怜を見比べる。その時、沙雪が自らの腕を掴む怜の手を振り払った。
「離してください!勘太郎さんの…彼のことを何も知らないお兄様がそんなことを言わないでください!!」
怜の手から逃れ、勘太郎の元へ戻れば、沙雪は怜を見て再度口を開いた。
「確かに勘太郎さんは民俗学を専攻なさっています。けれどその傍ら、専攻の民俗学と並行してきちんと経営学も帝王学も学んでおられます。現当主であられる勘太郎さんのお父様にも、後継者として合格点を貰っているんです。社交界ではそのような努力をなさっている姿をお見せにならないから、放蕩息子だとか次期当主にはまだ早いと言われてしまっていますが…勘太郎さんはもう、いつでも立派な経営者となれるんです」
その努力を、沙雪は間近で見ていた。
時には寝る間も惜しんで勉学に励んでいる勘太郎だが、その大変さを微塵も感じさせず、常に笑顔を絶やさない。
だからこそ、世間が勘太郎を放蕩息子という事が内心解せなかったのだが勘太郎も勘太郎の父も、言わせたいものには言わせておけとしか思っていないようで気にしていなかったために、いつもその揶揄するような話題は静かに聞いているしかなかった。
そんな不満も今怜にぶつけてしまったのかもしれないが、一気に言い切った沙雪は真に視線を移す。
このように長々と自分の意思を発する沙雪が珍しかったのか、きょとんとしていた真だが、娘の真剣な眼差しににこりと微笑み頷いた。
「うん、なら問題ないじゃないか。勘太郎君自身も好青年だし、沙雪がうちの人間以外に初めて懐いた子だしな」
「お父様…」
真を見上げ、微笑む沙雪の頭を撫で、勘太郎を見る。
その真の視線を受け、勘太郎はにっこり微笑み頷いた。
沙雪と同じように人の気持ちを汲み取ることに長けている勘太郎には真の気持ちがすぐにわかったのだろう。
「というわけで怜。早く妹離れをしてだな、二人を認めろ」
「…善処します」
小さく吐き捨てるように呟き、怜は沙雪を見る。
その冷酷なまでの瞳に震え、一歩勘太郎に近寄りそっと袖を掴む。そんな沙雪を見た怜は一度怒りに満ちた目を向けるも一瞬で元の無表情に戻り、真に一礼し書斎を出て行った。
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