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三十一
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「改めて、おめでとう沙雪。とっても羨ましいわ?」
沙雪の婚約発表からしばらくはぎこちない、さめざめとした雰囲気が流れていたが、徐々に祝いのムードに戻り、皆思い思いに話をしたり、食事をとったり、楽しみ始めてきた。
食事をとるか心配されていた沙雪も、彩子と勘太郎が甲斐甲斐しく沙雪の好物や見た目で好きそうなものを皿に取り、食事を取らせた後の一服しているところに宮子に声をかけられた。
「ありがとう、宮子。私も幸せ。とっても」
宮子の言葉に嬉しそうに微笑み、再度乾杯をしながら沙雪は勘太郎を見上げた。
家族からの祝福はもちろん、親友からの祝福は殊更に嬉しい。同じ視点で生きている宮子から、愛しい人を認められたということなのだから。
そんな沙雪に笑みを返し、勘太郎は沙雪の頭を撫でる。
「お兄様は幸せね?沙雪姉様みたいな美人で愛らしくて、頭が良くてお淑やかで、芯が強くて実は運動もできて家事も万能な方と婚約できたんだから…。別に構いませんけど、お兄様とお姉様の婚約で私の結婚相手の基準線が跳ねあがってしまいました」
「彩ちゃん、褒めすぎ…」
沙雪の長所を指折り数える彩子に、そんなことないのよ、とあわあわする沙雪。
そんな沙雪に彩子は“事実です”と何とも偉そうに頷く。
確かに事実である。容姿はもう周知のとおり。学校では常に主席であり、運動もそつなくこなす文武両道。高山の教育のおかげで、料理、裁縫、掃除、洗濯、全てが得意科目である。
「ドジだけどね」
「勘太郎さん!それは言わないでくださいっ」
その指摘に恥ずかしそうに勘太郎を見上げれば、彩子と同じように“事実です”と頷かれてしまう。
運動神経は良いはずなのに、確かに沙雪はドジだ。
何もないところでつまずいたり、階段を踏み外したり。自転車に慣れたかと思いきや、どぶにはまりそうになったり。
その度に身を挺して沙雪を守る勘太郎。沙雪の為ならばたとえ火の中水の中という勘太郎故に、それについてはかなり誇らしげだが。
しかし不満げに沙雪が頬を膨らませれば、勘太郎は沙雪の肩を抱き寄せる。
「?」
「そんなとこも可愛いんだよ、沙雪は。彩子の言う通り、僕は幸せ者だよ」
「勘太郎さん、それは私の台詞ですよ?私は幸せです。本当に…」
先程とは違う意味で頬を染め、微笑む沙雪を抱き寄せたまま頭にそっと口付ける。
宮子と彩子は二人顔を見合わせ、お邪魔したらいけないわね、とくすくすと笑いながら頷き合い、その場をそっと離れた。
「公子さん、少し疲れてるみたいね」
「そうですね、慣れてらっしゃらないって仰ってましたし…大変そうです」
沙雪と勘太郎から離れた宮子と彩子は、未だ怜の友人たちに囲まれている公子を見た。
華族の令嬢とは言え、パーティーなどの社交の場には一切出てこなかった宮子。パーティーに出て、変に男につかまっても困るという両親の方針だ。
月初めのパーティーで気後れせぬようにと練習がてらという事で園遊会を開いたが、やはり場に慣れないのであろう。懸命に笑みを浮かべてはいるものの、表情には疲れが出ていた。これまでの経験不足がここに出てしまっているようだ。
「あら本当。では女性陣はお茶にして少し座りましょう。彩ちゃんも無理しないように少し休憩しましょうね」
いつの間にか後ろに立っていた沙雪の声に、宮子と彩子は驚きバッと振り向く。
「お…どろいた…」
「沙雪姉様の今の登場の方が心臓に悪いですぅ…あれ?お兄様は?」
「あら…ごめんなさいね、彩ちゃん。勘太郎さんは男性陣に連れていかれちゃったの。気が合う方がいるみたい」
にこりと微笑む沙雪に苦笑しながら二人は頷く。
あの空気の中から、勘太郎と気が合うものなど出るわけないのではという疑問はググっと飲み込み、公子をお茶に誘い救い出そうと、怜と友人たちの輪の中へと入っていった。
沙雪の婚約発表からしばらくはぎこちない、さめざめとした雰囲気が流れていたが、徐々に祝いのムードに戻り、皆思い思いに話をしたり、食事をとったり、楽しみ始めてきた。
食事をとるか心配されていた沙雪も、彩子と勘太郎が甲斐甲斐しく沙雪の好物や見た目で好きそうなものを皿に取り、食事を取らせた後の一服しているところに宮子に声をかけられた。
「ありがとう、宮子。私も幸せ。とっても」
宮子の言葉に嬉しそうに微笑み、再度乾杯をしながら沙雪は勘太郎を見上げた。
家族からの祝福はもちろん、親友からの祝福は殊更に嬉しい。同じ視点で生きている宮子から、愛しい人を認められたということなのだから。
そんな沙雪に笑みを返し、勘太郎は沙雪の頭を撫でる。
「お兄様は幸せね?沙雪姉様みたいな美人で愛らしくて、頭が良くてお淑やかで、芯が強くて実は運動もできて家事も万能な方と婚約できたんだから…。別に構いませんけど、お兄様とお姉様の婚約で私の結婚相手の基準線が跳ねあがってしまいました」
「彩ちゃん、褒めすぎ…」
沙雪の長所を指折り数える彩子に、そんなことないのよ、とあわあわする沙雪。
そんな沙雪に彩子は“事実です”と何とも偉そうに頷く。
確かに事実である。容姿はもう周知のとおり。学校では常に主席であり、運動もそつなくこなす文武両道。高山の教育のおかげで、料理、裁縫、掃除、洗濯、全てが得意科目である。
「ドジだけどね」
「勘太郎さん!それは言わないでくださいっ」
その指摘に恥ずかしそうに勘太郎を見上げれば、彩子と同じように“事実です”と頷かれてしまう。
運動神経は良いはずなのに、確かに沙雪はドジだ。
何もないところでつまずいたり、階段を踏み外したり。自転車に慣れたかと思いきや、どぶにはまりそうになったり。
その度に身を挺して沙雪を守る勘太郎。沙雪の為ならばたとえ火の中水の中という勘太郎故に、それについてはかなり誇らしげだが。
しかし不満げに沙雪が頬を膨らませれば、勘太郎は沙雪の肩を抱き寄せる。
「?」
「そんなとこも可愛いんだよ、沙雪は。彩子の言う通り、僕は幸せ者だよ」
「勘太郎さん、それは私の台詞ですよ?私は幸せです。本当に…」
先程とは違う意味で頬を染め、微笑む沙雪を抱き寄せたまま頭にそっと口付ける。
宮子と彩子は二人顔を見合わせ、お邪魔したらいけないわね、とくすくすと笑いながら頷き合い、その場をそっと離れた。
「公子さん、少し疲れてるみたいね」
「そうですね、慣れてらっしゃらないって仰ってましたし…大変そうです」
沙雪と勘太郎から離れた宮子と彩子は、未だ怜の友人たちに囲まれている公子を見た。
華族の令嬢とは言え、パーティーなどの社交の場には一切出てこなかった宮子。パーティーに出て、変に男につかまっても困るという両親の方針だ。
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「あら本当。では女性陣はお茶にして少し座りましょう。彩ちゃんも無理しないように少し休憩しましょうね」
いつの間にか後ろに立っていた沙雪の声に、宮子と彩子は驚きバッと振り向く。
「お…どろいた…」
「沙雪姉様の今の登場の方が心臓に悪いですぅ…あれ?お兄様は?」
「あら…ごめんなさいね、彩ちゃん。勘太郎さんは男性陣に連れていかれちゃったの。気が合う方がいるみたい」
にこりと微笑む沙雪に苦笑しながら二人は頷く。
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