白き薔薇の下で永遠の純心を君に

綾峰由宇

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三十八

「…はぁ」
「浮かない顔だね、沙雪。愛しの君が帰ってしまったからかい?」
「光様…」

声を掛けられ振り向けば、光の姿を認め小さく笑みを浮かべる。光が横に立てば沙雪は彼を見上げ、そして少しばかり距離を取る。
勘太郎は当たり前に全く平気だが、怜とのことがあってから勘太郎以外の男性と二人になることに抵抗が出来てしまったようである。

「…お前、怜になにをされた?」
「え………」

光の問いにわずかに目を見開き、一歩後ずさる。
そんな沙雪の反応に何かを感じ取ったのか、光は額に手を当て深く息を吐いた。

「…はぁ、やっぱりか」
「…光様、このことは誰にも…」
「言わないさ。言えるわけがない…。で、アイツ、一ノ宮はそれを知っているのか?」

光は呟きながら沙雪を見る。
言葉の意味と人の気持ちを悟ることに長けている沙雪。
光の言わんとしていることはすぐに理解したようだ。こくりと頷き、光を見上げた。

「勘太郎さんには全てお話ししていますし、本当に危ないときは助けてくださいました。ですが光様…、どうして、わかったのですか?」
「二人の様子を見ていればわかるさ。沙雪は怜と目を合わせないし、怜は一ノ宮だけでなく、誰がお前に近づいても険しい目つき。最終的には俺にまで敵意のある視線をぶつけてきた。生まれてからずっと一緒にいる俺にまでだぞ?怪しまないわけないだろ」

腕を組み、項垂れる光に、沙雪もそうだったのかと頷く。

「大丈夫なのか」
「……正直、もうお兄様のいるこの屋敷では暮らせないと思っています。今日、勘太郎さんと婚約したことをお話ししたのも、お父様の許可を得たこともありますが、行儀見習いとして家を出ても怪しまれないようにという気持ちもありました」

同性の友人の家に遊びで宿泊に行くのとはわけが違う。
友人であろうがなんであろうが、男性の家に女性が泊まり込んでいるなどという噂が一度立ってしまえば、あとから婚約しているのだと発表しても遅い。
公子の場合は発表こそまだしていないが、内々には話が知れ渡っているために、大きなスキャンダルにはなっていないが、沙雪の場合は違う。
勘太郎とも今でこそ二人で堂々と外でお茶をしたりしてはいるが、始めの方はあることないこと囁かれていたのも事実である。
社交界は、スキャンダルと噂話が大好きなものなのだ。

「そうか。俺も、こうなった以上は怜の傍に居ない方がいいとは思う」
「はい…お父様や高山さんから離れてしまうのは寂しいですが…。公子さんにも何だか申し訳なくて」
「…公子嬢も、気付いているやもしれん」
「そんな…」

光の言葉に、沙雪は遠くで宮子たちと話す公子を見る。
もし光の言う通り、公子が気付いているとすれば、今どれだけ彼女は傷ついているのだろう。
その傷を、心を隠し、微笑みを絶やさない公子はどれほどに強い女性なのか。

「…ますます、ここに居るのが申し訳ない気持ちになります」
「そうだな。だが…本当に怜は一体どうしてしまったのか」
「…わかりません。けれど、特に勘太郎さんとの約束に関して厳しくなったのは、ここ数か月です」

数か月、と呟き光は顎に指をかけ考え込む。

「公子嬢が西園寺家に来たのは?」
「そろそろ三か月…四か月くらいです。婚約が決まったのが半年ほど前で、余り間を置かず行儀見習いとしていらっしゃいましたから…」
「…なるほど」

光は頷き、現実が見えたのかもしれないな、と呟いた。

「現実…」
「真意は解らないから、あくまでも推測だ。だが、婚約者ができることによって、沙雪を自分の元へ置き続けることが不可能だと思い知ったのかもしれない。いずれ、自分が婚約したように、沙雪も誰かと婚約し、どこかへ嫁ぐ。実は、最近俺もこっち来なかっただろ?」
「はい、中々都合が合わないとお兄様は仰っていましたけど…」
「そんなこと言ってたのかあいつ…。俺は怜に来るなと言われてたんだよ。それから察するに、自分でいうのもなんだが…俺と一ノ宮は怜以外で沙雪に一番近い男だ。だから警戒してたんだろうな」
「警戒…」
「まぁそんな怜の警戒をかいくぐって沙雪はしっかりと未来の婿を見つけちゃったわけだけど。あーぁ、おれが結婚したかったよ、お前と」
「光様はもうすでに決まった女性がいるとお聞きしていますけど」

とはいえ、その「決まった女性」というのは定期的に変わっているのだが。
そんな沙雪の言葉に苦笑し、光は沙雪を見た。

「本命が全く見向きもしてくれなかったもんでね。俺は寂しがり屋なんだよ」
「本命…」
「ちなみそれ、沙雪の事な」
「あら…光様にそんな風に思っていただけて光栄です」

にこりと微笑む沙雪に、小さく息をつき、光は腰に手を当てる。

「相手にする気ないな?」
「私にはもう、勘太郎さんがいてくださいますから」
「それもそうだ。…幸せになってくれよ?じゃないと、俺らの涙が無駄になる」
「はい、ありがとうございます。光様。光様にも、心の底から愛しいと思える女性が現れますようお祈りしています」

沙雪の言葉に、しばらく無理だけどなーと笑い、光は辺りを見回す。

「さ、ご友人のお嬢様方が呼んでるぞ。今日はみんな泊まるんだって?」
「はい、男性陣は離れ、女性陣は屋敷の方でそれぞれ楽しませていただきます」
「ん、そうか。しっかり楽しんで来いよ」

微笑む光に送り出され、沙雪は宮子達の待つテーブルへ向かうのであった。
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