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第4章 芳しい花には裏がある
7.ほんの少しの距離
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残る北の巣の近くで待機していると、ウォルグさんが顔を上げた。
「……来たな」
彼の呟き通り、ケントさんとウィリアムさんがやって来た。
ウォルグさんは他人の魔力を感知する能力に長けていて、知っている相手が近付いてきたらすぐに気付く事が出来るのだそうだ。
それも、彼の身体に流れるエルフの血のお陰らしい。
向こうの巣も問題無く爆破したそうで、二人とも目立った怪我もしていないようで安心した。
「さぁて、残るはここだけだな」
「ウォルグ、そっちはどうだった?」
「キングは見当たらなかった。となると、ここに居る確率が高いだろうな」
「キングというと……ゴブリンキングの事ですわね。確か、ゴブリンを束ねるリーダーだとか」
「うん。僕らの方にも君達の方にもキングは居なかった。そうなると、この近くにある巣はもうこの場所だけだから……」
「親玉が待ち構えてるってワケだな」
私とウォルグさんが片付けてきた巣と同じように、この洞穴の前にも見張りのゴブリンが居た。
様子を覗ける位置からウィリアムさんが魔法銃で撃ち抜き、私達は早速最後の巣の攻略を開始する。
ゴブリンキングはその名の通りのゴブリンの王で、小さなゴブリン集落のリーダーが他の集落を侵略し、次第に力を増していった存在なのだと言われている。
少なくとも私達が倒すであろうキングは、三つの巣を束ねる力を持つゴブリンだ。
「……行くぞ」
「はい」
四人が揃えば、何も手こずる事無くゴブリンを討伐していけた。
素早いウォルグさんの槍捌きと、狙いを外さないウィリアムさんの狙撃。
そして、ケントさんと私の魔法での援護があれば、バランスのとれたチームになる。
しかし、戦っていて一つ気になる事があった。それは私だけではなかったようで……。
「なぁ、違う種類のゴブリンが混ざってねぇか?」
「やはりそうですわよね? 肌が赤いゴブリンが居ましたわ」
ひとまず襲って来る群れを倒した後で、私達は立ち止まる。
「ちょっとまずいかもしれないね」
「どういう事ですの?」
「赤いゴブリンは普通のものより狂暴性が高いんだ」
「これまで俺達が二手に分かれて潰してきた巣は、レッドゴブリンの群れに乗っ取られている可能性がある。そして、ここのリーダーがレッドゴブリンキングである確率も上がった」
狂暴な種類のキングだなんて、そんなゴブリンを放っておいたら大変な事になってしまう。
逃がさないようにしっかり倒しておかなければ、あの村は勿論、この近くを通る旅人や商人にも大きな被害が出る危険がある。
「最悪の場合も想定していかないとね。レッドが居るならゴブリンシャーマンが居てもおかしくない。物理攻撃のキングと魔法のシャーマン、これが揃っていたらかなり苦戦するだろう」
基本的に物理攻撃を得意とするゴブリン種の中で、稀に産まれるという魔法が得意なゴブリン。それがゴブリンシャーマンになる。
シャーマンは攻撃魔法と強化魔法を使えるらしく、ただでさえ火力のえるキングの筋力を強化されると、とんでもない威力を発揮してしまう。
「私の防御がありますわ! 物理と魔法の両方に対処するとなると、それに専念する事になるでしょうけれど……」
「シャーマンが居たら、攻撃魔法は僕が担当するよ。ウォルグとウィリアムは近・中距離攻撃を頼む」
「レティシアの鉄壁防御がありゃあ、思いっきり戦えるからな! よっし、そうとなったらさっさとザコを殲滅して親玉んトコ行こうぜ!」
「……少しは面白い戦いになりそうだな」
やる気満々のウォルグさんとウィリアムさんに続いて、私とケントさんは二人の後を追う。
この洞穴も他に出口は無いようで、奥へ続く道は枝分かれせずに伸びていた。途中でこちらに気付いたゴブリンはすぐさま倒しているので、キングに私達の来襲は知られていないはずだ。
しばらく進んだ辺りで、道が緩やかな下り坂になってきた。
そこを下りきると、何やらゴブリンの鳴き声が聞こえてきた。複数の声がする中で、他のものより低い唸り声もしている。
あれがキングの鳴き声なのだろうか。
私達は顔を見合わせ、ケントさんが視線で指示を出した。
それを受けたウォルグさんとウィリアムさんが頷き、まずはウィリアムさんが近くの岩場に隠れ、そこから奥に居る群れに向けて何発も銃を放つ。
「ギャア!?」
「ギャアギャ!」
何事かと混乱しているゴブリン達に、風のような速さでウォルグさんの槍が襲い掛かった。
ケントさんはウィリアムさんと共に後方から援護を始め、私は改めて物理と魔法のどちらにも対応出来る強固な防御魔法を展開する。
私はゴブリンから離れた位置で魔法を維持しながら、戦況を見守ろうとしていた。
けれど、ケントさんが警戒していたゴブリンキングとシャーマンがどこにも居ないのだ。
もう、この場所以外は全て回ったはずなのに……。
「どうして……」
キングがどこかに外出していたのだろうか。
他に何が考えられるか悩んでいると、急に足元がぐらついた。
「きゃっ!?」
思わず漏れた悲鳴に三人がこちらを振り返る。
すると、彼らの表情が一変して緊迫した。
「逃げろレティシア!!」
「後ろだ!」
ウィリアムさんとケントさんが叫び、ウォルグさんがこちらに向かって走り出す。
二人の声に反射的に振り向いて、私は絶句した。
さっきまで何も無かったはずの背後に、大きな赤いゴブリンが立っていたのだ。
足元がぐらついたのは、きっと転移魔法による影響だったのだろう。そう頭で理解して、早く逃げなければと思っているのに、腰が抜けてしまって動けない。
こんなに近くで狂暴な魔物を目の前にして、情け無いけれど何も出来そうになかった。
転移してきたという事はシャーマンなのだろう。シャーマンは私を片腕で持ち上げると、もう片方の手に持った木の杖を振り回す。
ゴブリンシャーマンの足元に魔法陣が浮かぶ。私を連れてどこかへ転移しようとしているのだろう。
「レティシアッ!!」
私を取り返そうと、ウォルグさんが手を伸ばす。
私も彼の手を取ろうとしたけれど、互いの手は触れ合う事無く、転移魔法が発動してしまった。
あとほんの少しで、ウォルグさんの手が届いたのに……!
転移する瞬間、最後に見たウォルグさんの表情──怒りと悔しさがあらわになった彼の顔が、やけに目に焼き付いた。
「……来たな」
彼の呟き通り、ケントさんとウィリアムさんがやって来た。
ウォルグさんは他人の魔力を感知する能力に長けていて、知っている相手が近付いてきたらすぐに気付く事が出来るのだそうだ。
それも、彼の身体に流れるエルフの血のお陰らしい。
向こうの巣も問題無く爆破したそうで、二人とも目立った怪我もしていないようで安心した。
「さぁて、残るはここだけだな」
「ウォルグ、そっちはどうだった?」
「キングは見当たらなかった。となると、ここに居る確率が高いだろうな」
「キングというと……ゴブリンキングの事ですわね。確か、ゴブリンを束ねるリーダーだとか」
「うん。僕らの方にも君達の方にもキングは居なかった。そうなると、この近くにある巣はもうこの場所だけだから……」
「親玉が待ち構えてるってワケだな」
私とウォルグさんが片付けてきた巣と同じように、この洞穴の前にも見張りのゴブリンが居た。
様子を覗ける位置からウィリアムさんが魔法銃で撃ち抜き、私達は早速最後の巣の攻略を開始する。
ゴブリンキングはその名の通りのゴブリンの王で、小さなゴブリン集落のリーダーが他の集落を侵略し、次第に力を増していった存在なのだと言われている。
少なくとも私達が倒すであろうキングは、三つの巣を束ねる力を持つゴブリンだ。
「……行くぞ」
「はい」
四人が揃えば、何も手こずる事無くゴブリンを討伐していけた。
素早いウォルグさんの槍捌きと、狙いを外さないウィリアムさんの狙撃。
そして、ケントさんと私の魔法での援護があれば、バランスのとれたチームになる。
しかし、戦っていて一つ気になる事があった。それは私だけではなかったようで……。
「なぁ、違う種類のゴブリンが混ざってねぇか?」
「やはりそうですわよね? 肌が赤いゴブリンが居ましたわ」
ひとまず襲って来る群れを倒した後で、私達は立ち止まる。
「ちょっとまずいかもしれないね」
「どういう事ですの?」
「赤いゴブリンは普通のものより狂暴性が高いんだ」
「これまで俺達が二手に分かれて潰してきた巣は、レッドゴブリンの群れに乗っ取られている可能性がある。そして、ここのリーダーがレッドゴブリンキングである確率も上がった」
狂暴な種類のキングだなんて、そんなゴブリンを放っておいたら大変な事になってしまう。
逃がさないようにしっかり倒しておかなければ、あの村は勿論、この近くを通る旅人や商人にも大きな被害が出る危険がある。
「最悪の場合も想定していかないとね。レッドが居るならゴブリンシャーマンが居てもおかしくない。物理攻撃のキングと魔法のシャーマン、これが揃っていたらかなり苦戦するだろう」
基本的に物理攻撃を得意とするゴブリン種の中で、稀に産まれるという魔法が得意なゴブリン。それがゴブリンシャーマンになる。
シャーマンは攻撃魔法と強化魔法を使えるらしく、ただでさえ火力のえるキングの筋力を強化されると、とんでもない威力を発揮してしまう。
「私の防御がありますわ! 物理と魔法の両方に対処するとなると、それに専念する事になるでしょうけれど……」
「シャーマンが居たら、攻撃魔法は僕が担当するよ。ウォルグとウィリアムは近・中距離攻撃を頼む」
「レティシアの鉄壁防御がありゃあ、思いっきり戦えるからな! よっし、そうとなったらさっさとザコを殲滅して親玉んトコ行こうぜ!」
「……少しは面白い戦いになりそうだな」
やる気満々のウォルグさんとウィリアムさんに続いて、私とケントさんは二人の後を追う。
この洞穴も他に出口は無いようで、奥へ続く道は枝分かれせずに伸びていた。途中でこちらに気付いたゴブリンはすぐさま倒しているので、キングに私達の来襲は知られていないはずだ。
しばらく進んだ辺りで、道が緩やかな下り坂になってきた。
そこを下りきると、何やらゴブリンの鳴き声が聞こえてきた。複数の声がする中で、他のものより低い唸り声もしている。
あれがキングの鳴き声なのだろうか。
私達は顔を見合わせ、ケントさんが視線で指示を出した。
それを受けたウォルグさんとウィリアムさんが頷き、まずはウィリアムさんが近くの岩場に隠れ、そこから奥に居る群れに向けて何発も銃を放つ。
「ギャア!?」
「ギャアギャ!」
何事かと混乱しているゴブリン達に、風のような速さでウォルグさんの槍が襲い掛かった。
ケントさんはウィリアムさんと共に後方から援護を始め、私は改めて物理と魔法のどちらにも対応出来る強固な防御魔法を展開する。
私はゴブリンから離れた位置で魔法を維持しながら、戦況を見守ろうとしていた。
けれど、ケントさんが警戒していたゴブリンキングとシャーマンがどこにも居ないのだ。
もう、この場所以外は全て回ったはずなのに……。
「どうして……」
キングがどこかに外出していたのだろうか。
他に何が考えられるか悩んでいると、急に足元がぐらついた。
「きゃっ!?」
思わず漏れた悲鳴に三人がこちらを振り返る。
すると、彼らの表情が一変して緊迫した。
「逃げろレティシア!!」
「後ろだ!」
ウィリアムさんとケントさんが叫び、ウォルグさんがこちらに向かって走り出す。
二人の声に反射的に振り向いて、私は絶句した。
さっきまで何も無かったはずの背後に、大きな赤いゴブリンが立っていたのだ。
足元がぐらついたのは、きっと転移魔法による影響だったのだろう。そう頭で理解して、早く逃げなければと思っているのに、腰が抜けてしまって動けない。
こんなに近くで狂暴な魔物を目の前にして、情け無いけれど何も出来そうになかった。
転移してきたという事はシャーマンなのだろう。シャーマンは私を片腕で持ち上げると、もう片方の手に持った木の杖を振り回す。
ゴブリンシャーマンの足元に魔法陣が浮かぶ。私を連れてどこかへ転移しようとしているのだろう。
「レティシアッ!!」
私を取り返そうと、ウォルグさんが手を伸ばす。
私も彼の手を取ろうとしたけれど、互いの手は触れ合う事無く、転移魔法が発動してしまった。
あとほんの少しで、ウォルグさんの手が届いたのに……!
転移する瞬間、最後に見たウォルグさんの表情──怒りと悔しさがあらわになった彼の顔が、やけに目に焼き付いた。
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