赤髪と狼、旅に出る。 〜未知のスキル【オート周回】で(将来的に)ダンジョンを無双する〜

由岐

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第2章 新人探索者

1.大人になった日

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 母ガラッシアとの約束を破り、『大人になるまでダンジョンには行かない』という新たな約束をしたあの日から、八年後。

 ザインとディックは、いよいよ成人である十八歳となった。
 春生まれである兄のディックは、夏生まれのザインより三ヶ月早く家を出ている。
 十九歳となった長女のエイルはというと、ガラッシアの元で薬草とポーションについて学びながら、母の仕事と家事をこなす日々を過ごしていた。

 十歳の頃は無邪気な明るい少年だったザインも、八年の月日が流れれば、その顔立ちも男性らしい凛々しいものになり。
 すらりと伸びた手脚には、細身ながらも筋肉がついた健康的な印象を強く受ける。
 けれども、その独特の赤い髪と人懐こさを感じさせる茶色い瞳は、少年時代の面影を残していた。

「明日でザインもこの家を出て行っちゃうのね」

 そう呟いたのは、夕食の料理を皿に盛り付けているエイルだった。
 エイルもこの八年ですっかりと成長し、ガラッシアには多少劣るものの、随分と女性らしい身体付きへと変貌を遂げている。
 肩の辺りまでだった黒髪は、母を意識してかロングヘアーとなっており、ふんわりとした緩やかな三つ編みが背中で揺れる。

 いつの間にか姉の身長を追い越していたザインは、エイルのその言葉で、八年前の出来事を思い起こした。

「……ようやく大人になれたからね。『大人になるまでダンジョンには行かない』──それが母さんと俺と、ディックとの約束だったから」
「もうディックが探索者を目指して旅立って随分経つけど……あんたはちゃんと手紙ぐらい寄越しなさいよね! ディックったら、こっちがどれだけ心配しているか全く分かってないんだから……!」

 ──成人を迎えるまで、二度とダンジョンには行かない。

 その約束通り、ザインもディックもあの日以来ダンジョンには近寄ってすらいなかった。
 母を悲しませるような事は、もう絶対にしない。
 そう、兄と誓い合っていたからである。

 その誓いの証とも言うべき、ガラッシアから着用を義務付けられた金の腕輪。
 魔法とスキルの使用を封じるそのアイテムは、今もザインの右腕に輝いていた。
 けれども、その効果は腕輪の窪みに対応する宝石をはめ込まなければ発揮されない。ガラッシアの瞳によく似た、翡翠の色をした宝石──それがザインに対して、腕輪の力を発動させている。
 すると、玄関の方からガラッシアの声がした。

「ただいま」
「お母さん、お帰りなさい!」
「お帰り、母さん」

 帰宅したガラッシアの手には、真っ赤に熟したポポイアの実が籠いっぱいに盛られている。
 それを台所へと運びながら、彼女が言う。

「ギルに乗って、ひとっ走りしてきたぞ。これで材料は足りるな?」
「ええ、これだけあれば大丈夫!」
「カットと盛り付けぐらいは私に任せてくれ。他はほとんどお前に任せてばかりだからな」

 楽しそうに語り合う母娘の背中を眺めながら、ザインは穏やかに微笑む。
 ここに兄の姿は無いけれど、母の右耳に揺れる緑の石──ディックの腕輪に使われていた宝石をイヤリングに加工したものが、どこか兄の存在を近くに感じさせてくれているようであった。
 しばらくすれば、テーブルの上にはザインの好物である肉料理が並べられていく。その中央には、ガラッシアが採って来たばかりのポポイアが飾り付けられたケーキもある。
 全ての料理が並んだところで全員が席に付き、ガラッシアがザインの目を見ながら口を開いた。

「ザイン……十八歳の誕生日、おめでとう。この日を祝う事が出来た事を、私は神々に感謝しよう」
「ありがとう、母さん。エイルも本当にありがとう。俺、明日になったら旅に出ちゃうけど……年に一度は帰って来るから! その時はきちんとお土産も買って帰るよ」
「あんたが無事なら、別にお土産なんて必要無いわよ。ただ……さっきも言ったけど、手紙だけは寄越しなさいよ! こっちはあんたがどこで何してるかなんて分からないんだから」
「分かってるよ、エイル! 月に一度は手紙を出すからさ」
「うん、それならよろしい!」

 そう言って、大きく頷くエイル。
 息子と娘の微笑ましいやり取りを見て、ガラッシアも自然と笑みが零れる。

「さて、とりあえずお夕飯食べ始めましょ! せっかくのお料理が冷めちゃうわ」
「それもそうだな。……ザインの好物ばかりなせいか、今日の食卓はいつにも増してスタミナが付きそうだ」
「それじゃあ……ありがたく頂きます!」




 食事を終え、夜も深まった頃。
 三ヶ月前まではディックと共用していた寝室で、ザインは明日の準備を整えていた。
 探索者となるには、各地に点在する探索者支援ギルドでの試験に合格しなければならない。
 その為に必要な試験料等が入った小さな布袋と、ポーションや携帯食料を入れる鞄。それから、ダンジョンで回収したアイテムを収納するポーチを確認していく。
 このポーチにはザインの名前が刻まれたネームタグが付いており、このタグを含めてエイルが誕生日プレゼントとして、食事の後に送ってくれたものだった。
 相当照れ臭かったのか、彼女から投げ付けるように渡されたのを思い出して、ザインの顔が緩む。
 そんな時だった。
 寝室のドアをノックする音に、振り向きながら返事をするザイン。

「どうぞー?」

 現れたのは、母のガラッシアだった。
 彼女は八年前と全く変わらぬ美しさである。意思の強い翡翠の瞳と銀糸の髪、そして均整の取れた顔立ち。
 先端の尖った耳だけが種族の違いを感じさせるものの、彼女がザインにとってかけがえのない母親である事実は揺るがない。
 ガラッシアは布で包まれた大きな物を抱え、静かにドアを閉める。

「もうエイルは眠っているようだ。あれだけの食事をほぼ一人で作っていたからな。疲労が溜まっていたのだろう」
「ああ、エイルには本当に感謝してるよ。……ところで母さん、何を持ってきたの?」
「これはだな……お前への誕生日の贈り物だ」

 そう言いながら、彼女はそっと布を取り払う。
 それを見たザインは、目を大きく見開いて驚愕した。

「か、母さんっ、これって……!」

 ガラッシアの手にあるのは、銀と緑の装飾が施された神器──風神の弓だった。
 彼女はそれを優しく一撫でしてから、ザインの方へと差し出す。

「八年前のあの日……お前達が持ち出した、風神の弓だ。この神器を使いこなせるよう、今日までみっちりと鍛えてやったからな。このまま私が持っていても、倉庫の肥やしになるだけだ。これがあれば、きっとお前の夢の助けになるだろう」
「そ、そうは言っても……! だってこれ、エルフの王様から貰ったものなんだよね? そんな物を俺なんかが使うなんて、畏れ多いっていうか……」
「王家より神器を託された、この私自身が許しているのだ。存分に使うと良い」

 ああ、それにな……と、ガラッシアは続ける。

「ディックの誕生日にも、あの子へ治癒の短剣を贈っているのだ。ディックもザインと同じぐらい驚いていたが……私に押し負けて、結局短剣を受け取っていたよ」
「そ、そうだったんだ」

 きっとその時にも、今日のようにこっそりとディックに武器を渡しに来ていたのだろう。
 今思えば、あの夜もディックとガラッシアが川の方へと散歩に行った覚えがある。その際に治癒の短剣を贈っていたのかもしれない。

「それから、ディックからの伝言もあるのだ」
「ディックから俺に……?」
「『貰えるモンは貰っとけ。オレも驚いたが、今のオレ達ならあの時以上に使いこなせるはずだしな』……とな。三ヶ月前の言葉ではあるが、あの子の予想通りに驚いてくれたようで嬉しいよ」
「あはは……ディックらしいや」

 貰えるモンは貰っとけ。
 ディックの伝言通り、あれから八年もの月日を鍛錬に費やした今ならば──風神の弓も治癒の短剣も、当時以上に活躍させる事が出来るだろう。
 それだけ師匠でもあるガラッシアは熱心に指導していたし、ザイン達もそれに本気で応えてきた。
 魔法に関しては独学するしかなかったものの、魔法の得意なエイルの手助けもあって、昔よりは威力もコントロールも良くなったように思う。
 そこいらのひよっこ探索者よりは実力を付けているつもりだ。後は、ダンジョンでの実戦経験あるのみである。

「……それじゃあ、俺からも母さんにプレゼントしないといけないな」
「……ああ、そうだな」

 重く頷いたガラッシアは、弓をザインに手渡した。
 その重みを両手で感じ取りながら、自身の右腕へと伸びていく、母の細く白い指先を見る。
 彼女の手はザインの腕輪へ到達し、その中心部に輝く緑の宝玉を抜き取った。
 それはガラッシアの片耳に揺れるイヤリングと同じ、特別な石。十日もしないうちに、もう片方の耳にも同じイヤリングが煌めいている事であろう。

 と同時に、ザインの身体の奥から力が解放されていく感覚が駆け巡っていく。
 石が取り除かれれば、彼の魔法とスキルは使用制限が無くなる。その結果、せき止められていた川から岩や倒木が取り除かれたようにして、ザインの全身を勢い良く魔力が流れ始めたのだ。
 ガラッシアは手の中に小さな石を収めると、それを両手できゅうっと握り締める。
 とても大事な宝物を愛おしむように、優しく……けれども、寂しさを覗かせる微笑みを浮かべて。

「……大切にするよ、ザイン。いつかお前とディックの二人が、私を超える探索者となる事を願っている」
「うん。俺も母さんの弓を大切にする。母さんみたいな、強くて立派な探索者になってみせるよ」

 夜は、静かに更けていく。
 エルフの母とは血の繋がらない人間の息子の、血よりも濃い尊敬と憧れを胸に抱いて──旅立ちの朝がやって来る。
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