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第2章 新人探索者
12.若葉の瞳を持つ姉弟と
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「おはようございます、ザインさん」
「準備はもうバッチリですよ!」
宿屋の前で集合した三人。
エルもフィルも気合い充分といった様子で、これからの探索にワクワクしているようだった。
そんな二人の表情を見て、ザインの口元が自然と弧を描く。
「おはようエル、フィル! これから早速出発しようと思うんだけど、その前に二人に会わせたい子が居るんだ」
「会わせたい子、ですか……?」
きょとんとした顔で首を傾げるエル。
ザインは彼女達を連れて、宿屋のすぐ側にある馬小屋へと案内した。
そこでエル達を待ち構えていたのは、勿論──
「……で……でっかいわんこだぁぁぁぁ~‼︎」
「ワフッ!」
子供の頃からザインの相棒として連れ添ってきた、鋼狼のジルである。
ザインは馬小屋からジルを出してやると、二人の前でお座りをさせた。
憧れの視線を向け、大きなジルに興奮しているフィル。
「このわんこ、ザイン師匠のわんこなんですよね⁉︎」
「うん。正確には犬じゃなくて、鋼狼っていう魔物の一種なんだけどな」
「それでは、この子がザインさんの会わせたかった子なのですよね?」
「ああ、ジルって言うんだ。これまではジルと一緒にダンジョンに行っててな──」
そんな話をしていると、エルが何度かジルとザインの顔を交互に見てから、こんな事を言い出した。
「もしかして、この前大通りを爆走していた大きな影って、ザインさんだったのでは……」
「えっ?」
ザインが聞き返せば、フィルがハッとした表情で告げる。
「ああ~っ! あの時ぼく達の上をジャンプしていったのが、師匠とジルくんだったんですね!」
そう言われたザインの脳裏に蘇る、一つの記憶。
認定試験を受けた日の夜、ギルドへと報告に向かう最中の事だ。
ギルドがその日の営業を終える前に報告に行かねばと、ジルに大急ぎで走ってもらっていた、あの瞬間。
思い返してみれば、あの時若い男女にぶつかりそうになり、その二人を飛び越えていった覚えがある。
「あっ……そうか! あの時の二人がエル達だったのか!」
「ザインさんの落し物を拾うより前に、わたし達はもうあなたに出会っていたのですね」
「ああ……どうやらそうみたいだな。ごめんな、二人共。あの時、かなり驚かせちゃったんじゃないか?」
「そりゃもう急な事でしたから、結構ビックリしましたけど……」
言いながら、フィルは目の前のジルを見上げながら微笑んだ。
「あれだけ素早くてジャンプ力もある子が一緒なら、更に頼もしく思います!」
「ワフッ、ワフッ!」
どうやら、フィルに褒められたのが嬉しかったらしい。
ジルはブンブンと尻尾を振っており、とても上機嫌なようである。
ジルは、エル達姉弟にも友好的だった。そして彼女ら自身も、ジルを怯える事も無く打ち解けてくれた。
その事実に安心しつつ、ザインはエル達を引き連れてポポイアの森を目指して王都を出発する。
幸い、ジルの大きさであれば三人を乗せても移動が出来た。
ザイン一人を乗せていた時よりも激しくは走れないものの、そこまで急を要する事態でも無い今。三人を背に乗せたジルのスピードでも、余裕をもって行動する事が出来そうだ。
「け、結構っ、揺れるのです、ね……!」
「すごい! すごーい! めちゃくちゃ楽しいです、師匠~‼︎」
ジルの背の上で、ザインの背中にしがみ付くエル。
その後ろにはフィルが居る。
「フィル! 楽しんでくれてるのは嬉しいけど、振り落とされないようにしっかり掴まっておくんだぞ!」
「はーい! もちろんですっ!」
弾む声で頼もしい言葉を返すフィルとは対照的に、エルはザインの背中に更にへばり付いた。
振り落とされないように、という注意が彼女の恐怖心を煽ってしまったのだろう。
事実、ジルの速度は並みの箱馬車を軽く凌駕している。それに生身で乗っているのだから、そんなスピードで走るジルから転がり落ちればどうなるか……。
そんな想像が、エルの腕にグッと力を加えさせている原因であった。
「……エル!」
「はっ、はい……!」
どうにかこうにか声を絞り出したエル。
彼女の腕はザインの腹部へと回っており、必死にしがみ付くエルの手は小刻みに震えていた。
ザインはそんなエルの手に自身の左手で触れ、きゅうっと優しく、けれどもしっかりとした大きな手で包み込む。
この指先から、エルの不安を少しでも取り除けるように──そう、願いながら。
「エルが不安なら、ゆっくり走るようにジルに頼む。どうする?」
「……っ、いえ! わたしのせいで、予定に遅れを出す訳には……! それにっ……この程度の事で、怯えてなどいられませんから……!」
「そうか──なら、絶対にその手を離さないで」
言いながら、ザインはその手に力を込めて。
「…………っ、ありがとう……ございます……‼︎」
エルはもう片方の手で、自分の手を覆うザインの男らしい手を包み返す。
重なり合う互いの温度は、ゆっくりとエルの心を和らげていくのであった。
────────────
「さて、ここからがいよいよ本番だぞ」
ザイン達は、遂にポポイアの森へ到着した。
これまで何度か訪れたダンジョンではあるが、その完全攻略には未だ至っていない。
(俺にとって、初めてのダンジョン。それがこの『ポポイアの森』だ)
このダンジョンの最深部にて待つ、ダンジョンマスター。
それを撃破し、ダンジョンコアを出現させれば、ダンジョンマスターからのみ獲得出来るレアアイテムが手に入る。
時に武器が、時に防具が、はたまた予想外のアイテムがドロップする特殊な魔物。それこそが、魔王軍の生き残りであるダンジョンマスターの特徴である。
ザインはダンジョンの入り口を背に、ジルやエル達へと振り返った。
「予定通り、俺は後方から二人の戦闘技能を見させてもらう。いざという時は援護するし、ダンジョンマスター戦ではこの全員で取り掛かるつもりだ」
「本当に、その時が来たのですね……」
そっと杖を抱き締めるエルに、フィルがポンッと肩を叩いて口を開く。
「大丈夫だって、姉さん! 今回はぼく達だけじゃない。ザイン師匠とジルくんが一緒なんだから、怖いものなんて無いよ!」
「そ、そうは言っても、緊張するものは緊張するのよ……!」
「ウゥゥ~……ワフッ!」
「きゃっ⁉︎」
すると、ジルがエルの側に近付いて、身体を擦り寄せたではないか。
エルは突然の行動に小さく悲鳴を上げると、スリスリと頬を寄せて来るジルに苦笑を浮かべた。
「もう、ジルさんったら……。わたしを元気付けようとしてくれたのですか?」
「クゥーン……」
「驚かせちゃったか?」
ザインの問いに、エルはふるふると首を横に振る。
「いえ、そうではなくて……急に顔を舐められてしまうのかと、少し身構えてしまったものですから」
「あ~、ジルくんの口って大きいもんね。牙もすごく鋭いし……」
「それなら心配無いよ。ジルは『女の子の顔は舐めちゃダメだ』って、俺の姉さんに叱られた事があるからさ」
「お姉さん? 師匠にもお姉さんが居るんですね! ぼくと一緒です!」
「うん、姉さんと兄さんが居るんだ。昔、ジルが姉さんにじゃれついて顔をヨダレ塗れにしちゃった事があって……その時、かなり怒られたんだよ」
その当時の事を思い返し、ザインもジルも、あの日のエイルの怒りっぷりに苦い顔をする。
ジル自身に悪気があった訳ではないのだが、年頃の女の子が狼の唾液塗れになるというのは、エイルには耐え難かったのだろう。
「……そういう経緯があるから、ジルは女の子の扱いには気を付けようとしてるんだ」
「そうだったのですね……。お気遣いありがとうございます、ジルさん」
優しく顔を撫でてやりながら、エルがふわりと微笑む。
それにジルも嬉しそうに身をよじり、いつも以上に尻尾を振り回していた。
(ジルのお陰で、エルの緊張も解けたみたいだ)
内心で相棒に感謝を述べつつ、ザインは改めて彼女達へと語り掛ける。
「フィル」
「はい、師匠!」
ザインからの呼び掛けに、瞬時に反応するフィル。
その心構えは立派だと思うものの、すっかり師匠呼びが定着し始めている現状に諦観するザインは、ツッコむ事すら放棄した。
「……最初に打ち合わせた通り、前衛はお前に任せるぞ。周囲の警戒は俺とジルで、戦闘時の主なサポートはエルに頼む。分かっているとは思うけど、ゴブリン相手でも警戒は怠らないようにな」
「はいっ、もちろんです!」
「それじゃあエル、君も充分注意しながら戦ってくれ」
「はい、ザインさん」
真剣な表情で頷く姉弟。
ザインも大きく頷き返し、ポポイアの森へと向き直る。
「お試しダンジョン攻略……始めるぞ!」
「おー‼︎」
「ワォーン‼︎」
掛け声と共に、高らかに拳を突き上げるザインとフィル。
ジルも二人に合わせて遠吠えをして、そんな彼らの姿を見たエルは──
「お、おー……!」
気恥ずかしさで声を張り上げたりは出来ないものの、控え目に右手を握り込み、先陣を切る弟に続いてダンジョンへと突入していった。
それから間も無く、ザイン率いる仮パーティーの前に三匹のゴブリンの群れが現れた。
「早速ですね! 見ていて下さい、師匠!」
「おう! やりたいようにやってみてくれ!」
フィルはやる気満々といった様子で腰の剣を抜くと、手前に居るゴブリンへと斬り掛かっていく。
「うおぉぉぉぉっ!」
振り下ろしたフィルの剣。
だがしかし、それは容易くゴブリンに避けられてしまう。
残る二匹のゴブリン達はというと、隙の生まれたフィルに襲い掛かろうと距離を詰め始めていた。
(さあエル、君はここでどう動く……?)
黙して姉弟の背中を見守るザイン。
すると、エルは自身の長杖をゴブリン達へと向け、堂々と声を発する。
「『封印』発動! そこで止まりなさい、ゴブリン達っ‼︎」
「ギアァッ⁉︎」
彼女の言葉が引き金となり、今にもフィルへ飛び掛かろうとしていた二匹のゴブリンの動きがピタリと止まった。
だが、異変を予期していたらしい最初の一匹は咄嗟に距離を置いていた為、身動きが出来ているようである。
「フィル! 今よ!」
「うん!」
しかし、この機を逃す訳にもいかない。
フィルは勢い良く駆け出すと、空色の髪を揺らしながら剣を薙ぐ。
その横薙ぎは、見事にゴブリン二匹を真っ二つに斬り裂いた。
「よしっ! 見てくれましたか、ザイン師匠⁉︎」
「見てる見てる! でもお前はとにかく前を見ろ!」
「へっ……? と、うわあぁぁっ!?」
最後に残ったゴブリンは、逃亡せずに仲間を仕留めたフィルと対峙する覚悟らしい。
余所見をしていたフィルの顔を目掛けて、ゴブリンは小石を投げ付けて来たのだ。
だが、フィルは運良くそれをギリギリで回避する。
「油断しちゃ駄目だって、ザインさんに言われていたでしょう⁉︎」
「ご、ごめん姉さん! 次は絶対に気を付ける!」
「初めから気を付けていなさいっ!」
続いて、エルが詠唱を開始した。
彼女の周囲で魔力が渦を巻き、何らかの魔法の発動準備が着々と進んでいくのが見て取れる。
(さっきの『封印』が彼女のスキルなら、エルの魔力属性をこの目で確かめられるチャンスだな)
魔力の流れが、エルの淡いピンクの長髪を揺らめかせていく。
(この感じ……何かが違う……!)
胸がざわつくザインを他所に、徐々に彼女の魔力は濃度を増していき……遂に、それを目視出来る段階まで高められた。
「穿て……天の雷──サンダーアロー!」
エルの杖の先端から放たれたのは、明確な意思の下に制御された雷の魔力──基本六属性の枠から外れた、希少な属性とされる魔力属性の一つである。
瞬時に放たれた雷の矢は、目にも留まらぬ速度でゴブリンを貫いた。
「これが……わたしのスキルと、わたしの魔法です。しっかりとご覧頂けましたよね、ザインさん」
静けさが戻った森の中。
ザインへと振り返る少女の魔法が貫通したゴブリンの脳天には、真っ黒に焼け焦げた穴が出来上がっていた。
「準備はもうバッチリですよ!」
宿屋の前で集合した三人。
エルもフィルも気合い充分といった様子で、これからの探索にワクワクしているようだった。
そんな二人の表情を見て、ザインの口元が自然と弧を描く。
「おはようエル、フィル! これから早速出発しようと思うんだけど、その前に二人に会わせたい子が居るんだ」
「会わせたい子、ですか……?」
きょとんとした顔で首を傾げるエル。
ザインは彼女達を連れて、宿屋のすぐ側にある馬小屋へと案内した。
そこでエル達を待ち構えていたのは、勿論──
「……で……でっかいわんこだぁぁぁぁ~‼︎」
「ワフッ!」
子供の頃からザインの相棒として連れ添ってきた、鋼狼のジルである。
ザインは馬小屋からジルを出してやると、二人の前でお座りをさせた。
憧れの視線を向け、大きなジルに興奮しているフィル。
「このわんこ、ザイン師匠のわんこなんですよね⁉︎」
「うん。正確には犬じゃなくて、鋼狼っていう魔物の一種なんだけどな」
「それでは、この子がザインさんの会わせたかった子なのですよね?」
「ああ、ジルって言うんだ。これまではジルと一緒にダンジョンに行っててな──」
そんな話をしていると、エルが何度かジルとザインの顔を交互に見てから、こんな事を言い出した。
「もしかして、この前大通りを爆走していた大きな影って、ザインさんだったのでは……」
「えっ?」
ザインが聞き返せば、フィルがハッとした表情で告げる。
「ああ~っ! あの時ぼく達の上をジャンプしていったのが、師匠とジルくんだったんですね!」
そう言われたザインの脳裏に蘇る、一つの記憶。
認定試験を受けた日の夜、ギルドへと報告に向かう最中の事だ。
ギルドがその日の営業を終える前に報告に行かねばと、ジルに大急ぎで走ってもらっていた、あの瞬間。
思い返してみれば、あの時若い男女にぶつかりそうになり、その二人を飛び越えていった覚えがある。
「あっ……そうか! あの時の二人がエル達だったのか!」
「ザインさんの落し物を拾うより前に、わたし達はもうあなたに出会っていたのですね」
「ああ……どうやらそうみたいだな。ごめんな、二人共。あの時、かなり驚かせちゃったんじゃないか?」
「そりゃもう急な事でしたから、結構ビックリしましたけど……」
言いながら、フィルは目の前のジルを見上げながら微笑んだ。
「あれだけ素早くてジャンプ力もある子が一緒なら、更に頼もしく思います!」
「ワフッ、ワフッ!」
どうやら、フィルに褒められたのが嬉しかったらしい。
ジルはブンブンと尻尾を振っており、とても上機嫌なようである。
ジルは、エル達姉弟にも友好的だった。そして彼女ら自身も、ジルを怯える事も無く打ち解けてくれた。
その事実に安心しつつ、ザインはエル達を引き連れてポポイアの森を目指して王都を出発する。
幸い、ジルの大きさであれば三人を乗せても移動が出来た。
ザイン一人を乗せていた時よりも激しくは走れないものの、そこまで急を要する事態でも無い今。三人を背に乗せたジルのスピードでも、余裕をもって行動する事が出来そうだ。
「け、結構っ、揺れるのです、ね……!」
「すごい! すごーい! めちゃくちゃ楽しいです、師匠~‼︎」
ジルの背の上で、ザインの背中にしがみ付くエル。
その後ろにはフィルが居る。
「フィル! 楽しんでくれてるのは嬉しいけど、振り落とされないようにしっかり掴まっておくんだぞ!」
「はーい! もちろんですっ!」
弾む声で頼もしい言葉を返すフィルとは対照的に、エルはザインの背中に更にへばり付いた。
振り落とされないように、という注意が彼女の恐怖心を煽ってしまったのだろう。
事実、ジルの速度は並みの箱馬車を軽く凌駕している。それに生身で乗っているのだから、そんなスピードで走るジルから転がり落ちればどうなるか……。
そんな想像が、エルの腕にグッと力を加えさせている原因であった。
「……エル!」
「はっ、はい……!」
どうにかこうにか声を絞り出したエル。
彼女の腕はザインの腹部へと回っており、必死にしがみ付くエルの手は小刻みに震えていた。
ザインはそんなエルの手に自身の左手で触れ、きゅうっと優しく、けれどもしっかりとした大きな手で包み込む。
この指先から、エルの不安を少しでも取り除けるように──そう、願いながら。
「エルが不安なら、ゆっくり走るようにジルに頼む。どうする?」
「……っ、いえ! わたしのせいで、予定に遅れを出す訳には……! それにっ……この程度の事で、怯えてなどいられませんから……!」
「そうか──なら、絶対にその手を離さないで」
言いながら、ザインはその手に力を込めて。
「…………っ、ありがとう……ございます……‼︎」
エルはもう片方の手で、自分の手を覆うザインの男らしい手を包み返す。
重なり合う互いの温度は、ゆっくりとエルの心を和らげていくのであった。
────────────
「さて、ここからがいよいよ本番だぞ」
ザイン達は、遂にポポイアの森へ到着した。
これまで何度か訪れたダンジョンではあるが、その完全攻略には未だ至っていない。
(俺にとって、初めてのダンジョン。それがこの『ポポイアの森』だ)
このダンジョンの最深部にて待つ、ダンジョンマスター。
それを撃破し、ダンジョンコアを出現させれば、ダンジョンマスターからのみ獲得出来るレアアイテムが手に入る。
時に武器が、時に防具が、はたまた予想外のアイテムがドロップする特殊な魔物。それこそが、魔王軍の生き残りであるダンジョンマスターの特徴である。
ザインはダンジョンの入り口を背に、ジルやエル達へと振り返った。
「予定通り、俺は後方から二人の戦闘技能を見させてもらう。いざという時は援護するし、ダンジョンマスター戦ではこの全員で取り掛かるつもりだ」
「本当に、その時が来たのですね……」
そっと杖を抱き締めるエルに、フィルがポンッと肩を叩いて口を開く。
「大丈夫だって、姉さん! 今回はぼく達だけじゃない。ザイン師匠とジルくんが一緒なんだから、怖いものなんて無いよ!」
「そ、そうは言っても、緊張するものは緊張するのよ……!」
「ウゥゥ~……ワフッ!」
「きゃっ⁉︎」
すると、ジルがエルの側に近付いて、身体を擦り寄せたではないか。
エルは突然の行動に小さく悲鳴を上げると、スリスリと頬を寄せて来るジルに苦笑を浮かべた。
「もう、ジルさんったら……。わたしを元気付けようとしてくれたのですか?」
「クゥーン……」
「驚かせちゃったか?」
ザインの問いに、エルはふるふると首を横に振る。
「いえ、そうではなくて……急に顔を舐められてしまうのかと、少し身構えてしまったものですから」
「あ~、ジルくんの口って大きいもんね。牙もすごく鋭いし……」
「それなら心配無いよ。ジルは『女の子の顔は舐めちゃダメだ』って、俺の姉さんに叱られた事があるからさ」
「お姉さん? 師匠にもお姉さんが居るんですね! ぼくと一緒です!」
「うん、姉さんと兄さんが居るんだ。昔、ジルが姉さんにじゃれついて顔をヨダレ塗れにしちゃった事があって……その時、かなり怒られたんだよ」
その当時の事を思い返し、ザインもジルも、あの日のエイルの怒りっぷりに苦い顔をする。
ジル自身に悪気があった訳ではないのだが、年頃の女の子が狼の唾液塗れになるというのは、エイルには耐え難かったのだろう。
「……そういう経緯があるから、ジルは女の子の扱いには気を付けようとしてるんだ」
「そうだったのですね……。お気遣いありがとうございます、ジルさん」
優しく顔を撫でてやりながら、エルがふわりと微笑む。
それにジルも嬉しそうに身をよじり、いつも以上に尻尾を振り回していた。
(ジルのお陰で、エルの緊張も解けたみたいだ)
内心で相棒に感謝を述べつつ、ザインは改めて彼女達へと語り掛ける。
「フィル」
「はい、師匠!」
ザインからの呼び掛けに、瞬時に反応するフィル。
その心構えは立派だと思うものの、すっかり師匠呼びが定着し始めている現状に諦観するザインは、ツッコむ事すら放棄した。
「……最初に打ち合わせた通り、前衛はお前に任せるぞ。周囲の警戒は俺とジルで、戦闘時の主なサポートはエルに頼む。分かっているとは思うけど、ゴブリン相手でも警戒は怠らないようにな」
「はいっ、もちろんです!」
「それじゃあエル、君も充分注意しながら戦ってくれ」
「はい、ザインさん」
真剣な表情で頷く姉弟。
ザインも大きく頷き返し、ポポイアの森へと向き直る。
「お試しダンジョン攻略……始めるぞ!」
「おー‼︎」
「ワォーン‼︎」
掛け声と共に、高らかに拳を突き上げるザインとフィル。
ジルも二人に合わせて遠吠えをして、そんな彼らの姿を見たエルは──
「お、おー……!」
気恥ずかしさで声を張り上げたりは出来ないものの、控え目に右手を握り込み、先陣を切る弟に続いてダンジョンへと突入していった。
それから間も無く、ザイン率いる仮パーティーの前に三匹のゴブリンの群れが現れた。
「早速ですね! 見ていて下さい、師匠!」
「おう! やりたいようにやってみてくれ!」
フィルはやる気満々といった様子で腰の剣を抜くと、手前に居るゴブリンへと斬り掛かっていく。
「うおぉぉぉぉっ!」
振り下ろしたフィルの剣。
だがしかし、それは容易くゴブリンに避けられてしまう。
残る二匹のゴブリン達はというと、隙の生まれたフィルに襲い掛かろうと距離を詰め始めていた。
(さあエル、君はここでどう動く……?)
黙して姉弟の背中を見守るザイン。
すると、エルは自身の長杖をゴブリン達へと向け、堂々と声を発する。
「『封印』発動! そこで止まりなさい、ゴブリン達っ‼︎」
「ギアァッ⁉︎」
彼女の言葉が引き金となり、今にもフィルへ飛び掛かろうとしていた二匹のゴブリンの動きがピタリと止まった。
だが、異変を予期していたらしい最初の一匹は咄嗟に距離を置いていた為、身動きが出来ているようである。
「フィル! 今よ!」
「うん!」
しかし、この機を逃す訳にもいかない。
フィルは勢い良く駆け出すと、空色の髪を揺らしながら剣を薙ぐ。
その横薙ぎは、見事にゴブリン二匹を真っ二つに斬り裂いた。
「よしっ! 見てくれましたか、ザイン師匠⁉︎」
「見てる見てる! でもお前はとにかく前を見ろ!」
「へっ……? と、うわあぁぁっ!?」
最後に残ったゴブリンは、逃亡せずに仲間を仕留めたフィルと対峙する覚悟らしい。
余所見をしていたフィルの顔を目掛けて、ゴブリンは小石を投げ付けて来たのだ。
だが、フィルは運良くそれをギリギリで回避する。
「油断しちゃ駄目だって、ザインさんに言われていたでしょう⁉︎」
「ご、ごめん姉さん! 次は絶対に気を付ける!」
「初めから気を付けていなさいっ!」
続いて、エルが詠唱を開始した。
彼女の周囲で魔力が渦を巻き、何らかの魔法の発動準備が着々と進んでいくのが見て取れる。
(さっきの『封印』が彼女のスキルなら、エルの魔力属性をこの目で確かめられるチャンスだな)
魔力の流れが、エルの淡いピンクの長髪を揺らめかせていく。
(この感じ……何かが違う……!)
胸がざわつくザインを他所に、徐々に彼女の魔力は濃度を増していき……遂に、それを目視出来る段階まで高められた。
「穿て……天の雷──サンダーアロー!」
エルの杖の先端から放たれたのは、明確な意思の下に制御された雷の魔力──基本六属性の枠から外れた、希少な属性とされる魔力属性の一つである。
瞬時に放たれた雷の矢は、目にも留まらぬ速度でゴブリンを貫いた。
「これが……わたしのスキルと、わたしの魔法です。しっかりとご覧頂けましたよね、ザインさん」
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世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
魔物に嫌われる「レベル0」の魔物使い。命懸けで仔犬を助けたら―実は神域クラスしかテイムできない規格外でした
たつき
ファンタジー
魔物使いでありながらスライム一匹従えられないカイルは、3年間尽くしたギルドを「無能」として追放される。 同世代のエリートたちに「魔物避けの道具」として危険な遺跡に連れ出され、最後は森の主(ヌシ)を前に囮として見捨てられた。
死を覚悟したカイルが崩落した壁の先で見つけたのは、今にも息絶えそうな一匹の白い仔犬。 「自分と同じように、理不尽に見捨てられたこの子だけは助けたい」 自分の命を顧みず、カイルが全魔力を込めて「テイム」を試みた瞬間、眠っていた真の才能が目覚める。
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