狂い咲き

広越 遼

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   狂い咲き




 声がしたので振り返る。私の瞳が見たものは、ファンタジックな映像だった。

 紫の空。
 舞い落ちる雪。
 オレンジの校舎。
 狂い咲く桜。
 ……。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 この学校に七不思議があることは知っていた。だけど私は恐い話が苦手で、詳しくは聞かないことにしていた。

 高校二年生の冬。コの字型の校舎にも、桜の木で溢れた中庭にも、おしゃれだと人気があった制服にも、もう新鮮さがなくなって大分たつ。かといって厳しい大学受験に向かう気になる時期でもない、中途半端な日常。もうじき訪れるクリスマスまで、ただ漫然と時が過ぎていく。そんなころにみんなが注目するのは、ありきたりな恋愛ごとだ。
 特に相手がいない独り身なら、クリスマス前に勝負をかけたいものなのだろう。

 桜の木で溢れた中庭の、右から三本目の桜。その下で、勝負に挑む男子生徒が私の前に立っている。彼が真剣な目で見つめているのは、無表情な私だ。

「俺、永井のこと好きだったんだ。こんな突然で驚いたかもしんないけど、本気で好きだ。付き合えないか?」

 呼び出された時から予想はしていたが、何を馬鹿げたことを言っているのか。付き合うも何も、話したこともほとんどないのに。

 中庭にはたくさんの桜の木がある。この中庭の桜は有名で、なぜか毎年花を咲かせない。

 咲くことのない中庭の桜たち。夏場には葉を付けていたはずなのに、今は葉も抜け落ちて、ただ寂しげに枯れ枝を揺らしている。まるでそれは私の今の心境だ。

 軽薄な笑みを浮かべる男子生徒が、立川君だったか、金沢君だったかも思い出せない。

「ごめんね。私、今そういう気持ちになれないんだ」

 軽薄な笑みが凍りつく。




  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「ふーん、それで振っちゃったんだ。もったいない。あ、ちなみに彼は深野君だよ」

 教室に戻って親友の千代に報告すると、そんなことを言われた。立川君でも金沢君でもなかった。


「まあ里沙モテるからね。あの程度じゃだめか。ね、中庭の桜ってどの桜だった?」

「べつにモテないよーだ。深沢君の顔は嫌いじゃないんだよ。ただ普通に興味が持てないんだよね。
 告白されたのは、中庭に入って右の、三本目の桜」


 同じ音程で音が重なり合うことをユニゾンというらしい。
 私の最後の言葉に重ねて、千代も「三本目の桜」と言った。コーラス部の彼女は丁寧に音程まで揃えてきて、きれいなユニゾンになった。


「やっぱりね」

「知ってたの?」

「ううん。知らないよ。ていうかさ、顔嫌いじゃないなら付き合っちゃえば良かったじゃん? 深沢君じゃなくて深野君だけど」

「気分じゃないんだ」


 見飽きた教室に、赤ぶちめがねのもっと見飽きた親友の顔。窓から差し込む冷めた夕焼け。分かるだろうか。私の今の気分はそんな感じだ。


「告白の木も里沙の気分には勝てないのかね」

「なにそれ?」

「七不思議よ」

「恐いのやめてよ」


 きょとんとした顔で千代が動きを止める。そしてにやーっと顔をゆがめる。

「ひゅーどろどろ」

 手を幽霊の形にして千代がふざける。無表情で見つめ返すつもりが、馬鹿すぎて思わず吹き出していた。

「たーくんはこれで恐がってくれたのに」

「誰よ? 彼氏?」

「うん。いとこの保育園児」




  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 屋上は好きだ。開放感がたまらない。月曜日と金曜日の放課後は創作ダンス部がいないため、私のお気に入りの場所だ。

 今この場所にいるのは二人。私と、もう一人は外人の後輩君。

 金色の髪がさらさらとしていて、鼻は高くないのに筋が通っている。柔らかいのに芯のある輪郭と、日本人では絶対見られない緑の瞳。整った顔だし、観賞用にはもってこいの人材だ。ちょっとチビだけど。

 彼とはいつの頃からだかここで良く話すようになった。千代以外では唯一学校で気を許している相手だ。


「それって告白の木でしょ?」

「なにそれ?」

「二年生でしょ? なんで知らないの?」

「もしかして学校の七不思議? 恐い話嫌いなんだ。別の話しようよ」

「恐くないよ。うちの七不思議はメルヘンティックなんだよ」

 それは知らなかった。メルヘンティックな七不思議なんて存在するのか。

「うける」

 乾いた笑い声をたてる。後輩君が困った顔をする。

「うけないでよ」

「だってうけんだもん。ていうか敬語使えよ」

 ゲラゲラ笑う。あー、つまんない。




  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「うちの七不思議ってなに?」

 千代は呆れたため息をつく。

「今さらー? もうその話題古いんですけど」

 かまわず私は話を続ける。

「こないだの話、告白の木って言うんでしょ?」

「誰から聞いたの? あんた私以外に友達いないのに」

 どう考えてもお互い様だけど、今日は突っ込まない日と決めていたので聞き流す。

「外人さん」

「はぁ? 宇宙と交信でもしたの?」

 なんで外人なのに宇宙なんだよ。危うく突っ込みそうになる。

「ううん。普通に話した。メルヘンティックなんでしょ?」

 千代はいぶかしげに首をかしげる。私の突っ込みがないのを疑問に思い始めたようだ。

「メルヘンティックっていうか、里沙の嫌いな系統じゃないね」

「ガゼン興味出てくるわー」

 気のない声で言ってみる。

「教えがいがありそうだこと。そんなん知ってどうするの?」

「時代の最先端を行くの」

「そう。いいじゃない」


 お、どうやら千代が私のゲームに参加したらしい。突っ込まないまじめ君ゲーム。今日登校したときに何となく決めたゲームだ。

「感動をありがとう」

 にこりともせず千代が言う。それから私の顔をうかがってくる。不覚にも笑いそうになった。さすがは千代だ。まじめ君は笑っちゃいけない。

「告白の木と似たようなのは夢の木だね」

「ふむふむ」

 真顔で千代の目を見つめながら言う。今のは男爵の発言なので、あごひげをなでる動作をする。わずかに千代の口元がゆるむ。

「夢の木に登って大声で夢を叫ぶと、必ず夢が叶うんだそうだ」

「ナンダトォ?」

 できる限り低い声でドスを利かせて言う。千代は目を閉じて笑いを堪えている。あとひと息か。

「校庭の隅に雷で割れた木があるでしょ? あれが夢の木だったらしいよ」

 それは入学したときにはすでに倒木だった。普通なら撤去されるんだろうけれど、生物の先生がいい教材だと言って残したらしい。へー、と思っていると、千代がまじめな顔で言ってくる。

「ねえ里沙」

「なに?」

「今まで何人の人がさ、あの上で『ギャルのパンティおくれーっ!』って叫んだかな?」

 もしここで私が突っ込まなかったら、千代はどれほどみじめな思いをするだろう。まさか情に訴えかけてくるとは、本当にさすがは千代だ。

「夢の木がもうないのが悔やまれるよ」

 お前も言いたいのかよ。

「ほしいな、ギャルのパンティ」

 これでもかと言うように千代が私の顔を覗き込む。

「あ、私はいてた」




  ■ ■ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「ずいぶんくだらないゲームだね」

 金髪碧眼の本当のまじめ君が呆れて言った。

「うらやましいんでしょ」

「僕はやだよ。そんなゲーム。それで、どっちが勝ったの?」

「あなたじゃゲームにならないからね」

「どういう意味?」

「さあ? 結果は私の完敗。負けてあげなきゃどこまでも行きそうだったし、やつもそれを分かってやってたね。千代には勝てんわ」


 また屋上には二人しかいない。と言っても、もうすぐ昼休みだから、すぐにここもごった返すはずだ。

 考えてみれば、彼はまじめ君ではないかもしれない。なにせ今は授業中だ。
 彼は制服の上に小麦色のショートコートを羽織り、厚い毛糸の手袋までしている。ここに長居をする気満々といった体だ。


「里沙は毎日楽しそうだね」

「呼び捨てかよ、飛び級少年」

「どういう意味?」

「あなた見た目が中学生なのさ」

 今度は答えてあげたのに、彼は不服そうだった。

「飛び級してこの高校来るの?」

 私は大笑いでそれに応えた。この高校は大した名門校ではないのだ。一切反論ができない。彼は言うことがまっとうすぎる。だから馬鹿をしなくて良くて気持ちが安らぐ。敬語さえ使えればかわいい後輩だ。


「それでさ、他の七不思議聞き忘れちゃったんだけど、どんなのがあるの?」

「全部は知らないよ。有名なのは、狂い咲きと開かずの屋上かな」

「恐いの?」

「恐くないのだよ」

 カワイコぶって言ったのに、完全に流し切られた。

「中庭の桜がさ、冬休みに実は咲いてるんだって」

「へー。あの桜って咲くんだ」

「うん。そうみたい。もう一つは、愛し合ってる二人が屋上で二人きりになると、誰も入って来られなくなるんだって」


 確かにそれはメルヘンティックだ。二人の愛のパワーで屋上が二人のラブワールドになる。反吐が出るほどメルヘンティックだ。
 ちょうど彼がそう言ったとき、数人の生徒が、お昼を食べに屋上へとやってきた。私たちはお互いの目を見つめ合って少し吹き出した。

「残念。私愛されてなかったみたい」

 彼はなぜだか無言のまま笑った。





 紫の空。
 舞い落ちる雪。
 オレンジの校舎。
 狂い咲く桜。
 ……。
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