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一章
6話
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「何をしている」
低く、静かな怒りの籠った声が聞こえた。
「あっ……」
威勢の良かった少年達の声が、一気に止む。
顔を上げたエンティーは、少し震えた。
シャングアが、少年達を睨みつけている。
感情を表に強く出してはいないが、額の宝玉が黒い光を湛えている。
「………人を娯楽の為に傷付けるとは、どういうことだ」
彼は、少年達に問う。
「だって、あいつΩだし……平民だし……」
戸惑う少年の1人が小声で言ったのを、彼は聞き逃さなかった。
「彼は真面目に仕事をしていた。その真下に集団で狙い、泥球を当て続け、この惨状を作ったのは誰だ?」
泥で汚れた水場周辺を指で指し、彼は問う。
濡れた白の床は溶け出した泥によって周囲は黒い膜が広がる。泥に汚れたエンティーが守ろうとした布の数枚は、黒や茶色に染まってしまっている。
彼らの目には、エンティーは物の様にしか映っていない。けれど、今この時犯した罪を、目に焼き付けさせる必要があった。
「貴様らだろう」
少年達は下を向き、黙り込む。
「親に怒られたか? 勉強や稽古が上手くいかなかったのか? 遊びたくとも、その不満と鬱憤を、逆らえない弱き相手にぶつける行為は、人として、上に立つ者としてあってはならない」
「シャングア様。申し訳ありません」
「……苦しむ被害者では無く、まず高い地位に座す私に謝罪するのか。私を恐れるだけで、貴様らは己の犯した行為に対しへの罪悪感がないな?」
その言葉に、少年達は一気に顔を青くした。まるでこれまでの行いを見られていた、と言わんばかりの戸惑いと怯えようだ。
シャングアは少年達を通り過ぎ、エンティーの元へ歩く。
「シャングア、様」
エンティーは驚きつつ、姿勢を正し、正座をすると、両手を地面につけ頭を深々と下げ平伏した。本来、皇族を前にした平民は、絶対にこれを行わなければならない。皇族は神の使い。彼らに触れる事は、平民からしてみれば禁忌に等しいのだ。
「エンティー。怪我は?」
シャングアは膝をつき、平伏するエンティーに問う。
「いえ。ありません」
「痛みは?」
「ありません。子供のやったこと。どうかお許しください」
「許せない。キミを、Ωを傷つけて良い理由にはならない」
「ですが」
少年達の親が逆上してしまったら、何をされるか分からない。シャングアにまで、何かけし掛けられるかもしれない。エンティーは自分の事よりも、それが怖かった。
「被害者であるキミが、許しを請う必要はない」
彼は、エンティーの頬に手を当て、顔を上げさせる。
シャングアの表情が少しだけ、崩れる。
どんな顔を、彼に向けてしまったのだろうか。エンティーの胸に不安が募る。
「…………これでは、仕事に支障が出るだろう。湯場に行こう」
「でも」
「顔は下げていて良いから……行こう」
彼に右手を引かれ、エンティーは立ち上がる。
少年達は、その様子を黙って眺めている。中には嫌悪の目でこちらを見ている子もいた。
「ヴァンジュ!私はこの人を湯場に連れて行く!この者達には、罰として水場の掃除と洗濯をさせてくれ」
少年達の背後には、いつの間にか女性が立っていた。背が高く、つり上がった目をしている。銀の髪には、金糸の入った白い布を巻き付けている。それは、皇族の従属である証だ。
「承知いたしました。今の時間帯は、南館の湯場のみ開いております」
「わかった」
シャングアはエンティーに有無を言わせず、湯場のある方向へと歩き出す。
二人が通り過ぎ、後姿が見えなくなると、ヴァンジュは少年達を見た。
「……では、始めましょう。後片付けと再教育です」
そう言い、少年達に掃除と洗濯の指揮を執り始める。
低く、静かな怒りの籠った声が聞こえた。
「あっ……」
威勢の良かった少年達の声が、一気に止む。
顔を上げたエンティーは、少し震えた。
シャングアが、少年達を睨みつけている。
感情を表に強く出してはいないが、額の宝玉が黒い光を湛えている。
「………人を娯楽の為に傷付けるとは、どういうことだ」
彼は、少年達に問う。
「だって、あいつΩだし……平民だし……」
戸惑う少年の1人が小声で言ったのを、彼は聞き逃さなかった。
「彼は真面目に仕事をしていた。その真下に集団で狙い、泥球を当て続け、この惨状を作ったのは誰だ?」
泥で汚れた水場周辺を指で指し、彼は問う。
濡れた白の床は溶け出した泥によって周囲は黒い膜が広がる。泥に汚れたエンティーが守ろうとした布の数枚は、黒や茶色に染まってしまっている。
彼らの目には、エンティーは物の様にしか映っていない。けれど、今この時犯した罪を、目に焼き付けさせる必要があった。
「貴様らだろう」
少年達は下を向き、黙り込む。
「親に怒られたか? 勉強や稽古が上手くいかなかったのか? 遊びたくとも、その不満と鬱憤を、逆らえない弱き相手にぶつける行為は、人として、上に立つ者としてあってはならない」
「シャングア様。申し訳ありません」
「……苦しむ被害者では無く、まず高い地位に座す私に謝罪するのか。私を恐れるだけで、貴様らは己の犯した行為に対しへの罪悪感がないな?」
その言葉に、少年達は一気に顔を青くした。まるでこれまでの行いを見られていた、と言わんばかりの戸惑いと怯えようだ。
シャングアは少年達を通り過ぎ、エンティーの元へ歩く。
「シャングア、様」
エンティーは驚きつつ、姿勢を正し、正座をすると、両手を地面につけ頭を深々と下げ平伏した。本来、皇族を前にした平民は、絶対にこれを行わなければならない。皇族は神の使い。彼らに触れる事は、平民からしてみれば禁忌に等しいのだ。
「エンティー。怪我は?」
シャングアは膝をつき、平伏するエンティーに問う。
「いえ。ありません」
「痛みは?」
「ありません。子供のやったこと。どうかお許しください」
「許せない。キミを、Ωを傷つけて良い理由にはならない」
「ですが」
少年達の親が逆上してしまったら、何をされるか分からない。シャングアにまで、何かけし掛けられるかもしれない。エンティーは自分の事よりも、それが怖かった。
「被害者であるキミが、許しを請う必要はない」
彼は、エンティーの頬に手を当て、顔を上げさせる。
シャングアの表情が少しだけ、崩れる。
どんな顔を、彼に向けてしまったのだろうか。エンティーの胸に不安が募る。
「…………これでは、仕事に支障が出るだろう。湯場に行こう」
「でも」
「顔は下げていて良いから……行こう」
彼に右手を引かれ、エンティーは立ち上がる。
少年達は、その様子を黙って眺めている。中には嫌悪の目でこちらを見ている子もいた。
「ヴァンジュ!私はこの人を湯場に連れて行く!この者達には、罰として水場の掃除と洗濯をさせてくれ」
少年達の背後には、いつの間にか女性が立っていた。背が高く、つり上がった目をしている。銀の髪には、金糸の入った白い布を巻き付けている。それは、皇族の従属である証だ。
「承知いたしました。今の時間帯は、南館の湯場のみ開いております」
「わかった」
シャングアはエンティーに有無を言わせず、湯場のある方向へと歩き出す。
二人が通り過ぎ、後姿が見えなくなると、ヴァンジュは少年達を見た。
「……では、始めましょう。後片付けと再教育です」
そう言い、少年達に掃除と洗濯の指揮を執り始める。
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