白銀の城の俺と僕

片海 鏡

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一章

17話

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 部屋には、蝋燭の明かりが既に灯っている。
 中は豪華絢爛と思っていたエンティーだったが、シャングアの部屋は質素であった。寝台や椅子等の木材は彫刻が施され、上質なものを使っているのが見て取れるが、それでも華やかさはない。
 月明かりの差し込む窓。壁や天井は白く、天幕が張られた二人で大の字になっても余裕のある大きな寝台に、その脇に置かれた小箪笥チェストの上には燭台と分厚い本3冊が置いてある。落ち着きのある赤色の絨毯に、2脚の椅子と小さな机。そこには、敷物の上に乗った白い水差しと湯飲みがあった。壁沿いに設置された扉式の衣装箪笥クローゼットと整理された本棚。大きな鏡の取り付けられた化粧台の上には、使い込まれた木製の櫛や髪結い紐が無造作に置かれている。

「………変なものが置いてないか確かめるから、ちょっと待って」
「う、うん」

 中へ入ると、シャングアは寝台や各箪笥、化粧台の引き出しを確認する。水差しに入った水を湯飲みに入れその匂いと、特殊な塗料の塗ってある爪を入れて色を確認する。

「大丈夫。何もない」
「うん……?」

 真剣なシャングアの行動の理由がよく分からなかったエンティーは、頷くことしかできなかった。
 シャングアは湯飲みの水を窓から外へ捨て、再度水を入れなおすと、胃薬と一緒にエンティーに渡した。

「ヴァンジュが用意してくれたから、心配はないと思うけれど……」
「さっきから、何の心配をしているの?」

 寝台の端に座ったエンティーは、薬包紙に入った薬と湯飲みを受け取ると問いかける。

「気にしないで……」
「??」

 彼の方が胃薬必要なのでは、と思いつつエンティーは、薬包紙を開け、薬を口に入れると水で流し、飲み込んだ。
 シャングアは、椅子と机を移動させると、衣装箪笥から取り出した上着3枚出し、絨毯の上へ置く。

「……やっぱり、シャングアが寝台で寝なよ」

 宴で座っていた座布団よりも、ふんわりとした触り心地で、体重を掛けると体を包み込むような柔らかさだ。布を引いただけの板の様に硬い寝台で眠っていたエンティーは、座っているだけでも落ち着かなかった。

「それは出来ないよ」

 腕輪と首飾りを外し、化粧台の上に置いたシャングアは言った。

「どうして?」
「キミはお客様の様なものだし……丁重に扱いたい」
「俺はもう充分過ぎる程、丁重に扱われたように思えるよ」

 彼に倣って、額飾りと首飾りを外すし、小箪笥の本の横に置く。
 1か月半で、目まぐるしいほど環境が変わった。初めて会う人達は、誰もが親切に接してくれて、いつ殴られるかと警戒する必要も、痛みを我慢するような事もない。量には限度はあるが、温かい料理を5年ぶりに食べる事が出来た。
 自分が生きていても許されている様な、そんな感じが少しだけした。

「それでも、僕は足りないように思える」

 耳飾りを外す彼の後姿を見ながら、エンティーは首を傾げる。

「? どうして?」
「分からないけれど……そう思うから」
「……そっか」

 エンティーはそれ以上追及せず、装飾品を全部外すと寝台に倒れ込んでみる。体重で沈み込みながらも、雲の上にいるように軽い。

「俺の部屋の寝台も、こんな感じなのかな」
「きっとそうだと思う」
「……それじゃ、慣れるために、ここで寝させてもらうよ」
「うん」
「朝起きたらリュクに頼んで、服を貰わないと」
「その前に、湯場に行かないと。汗を掻いたままだから」
「今度はちゃんと湯船に浸からないといけないね」
「あぁ……そうだった」

 他愛なく、静かな会話。
 落ち着かないはずなのに、彼がいる事でエンティーは安心している。
 後姿の彼を眺めているうち、微睡び、意識が沈んで行く。

「……? エンティー?」

 静かになった為、シャングアは彼に問いかける。
 しかし返事が無い為、恐る恐る近寄る。
 エンティーは静かに規則正しい寝息を立てていた。
 少し安心したシャングアは彼の体を持ち上げ、落ちない様に寝台の中へと寝かせると、掛け布団を掛ける。

「おやすみ」

 エンティーは起こさない様に静かに言うと、シャングアは絨毯の上に敷いた寝袋の中に入った。
 静かな夜が更けていく。





 早朝。リュクとヴァンジュが二人を起こしにやって来た。
 エンティーはまだ起きてなかったが、シャングアは起きて髪を結い直していた。

「シャングア様。入ってよろしいですか?」

 ヴァンジュが扉を軽く叩き、問いかける。

「どうぞ」

 シャングアは絨毯の上に座ったまま、答えた。
 ぬるま湯の入った洗い桶と布を手に、ヴァンジュとリュクが入ってくる。真剣な面持ちだったリュクは、二人が儀式用の服を着たままだったのを見て、安堵する。

「シャングア様」

 リュクは彼に声をかける。

「何?」

 洗い桶と布を机に置き、リュクは絨毯の上に座るシャングアに平伏をする。

「申し訳ありませんでした」
「うん」
「二人はまだ初夜を迎える気は無いと、何度も言ったのですが、周囲を止められませんでした」
「あの式を見ての通り、皆勝手に盛り上がってしまっていたから、仕方ないよ」

 シャングアはそう言って、まだ眠っているエンティーの方を見ると、再度リュクを見る。

「……シャングア様が、エンティーに手を出さなくて、本当によかった」
「うん」

 リュクの素直な言葉に、シャングアは怒る事はせず頷いた。
 あの晩。リュクが二人を尾行していたのを気付いていた。

「このような真似をしてしまい、誠に申し訳ありません」

 お互いの事はエンティーを通して知っていたとはいえ、直ぐに手放しで信頼できるわけではない。表では良い顔をするαによって、Ωが虐げられる話はよくあるものだ。
昨日、リュクが二人に同行しなかったのは、危険すぎる賭けをしたからだ。幼少からの長い付き合いから、彼はエンティーの発情期を大まかに予想が出来る。そして、エンティーは発情期が迫っていた。αはΩの媚香に敏感だ。βに比べて、ほんのわずかな媚香にもαは、Ωに対して何らかの反応を示してしまう。その反応によって、エンティーとシャングアの距離をリュクは見定めようとしていたのだ。
 ヴァンジュの協力の元、もし何かあっても、すぐに部屋に入れるようにリュクは待機していた。
 結果。シャングアは、自ら距離を置いた。
 誓約の理由が、証明された。

「面を上げてくれ」

 シャングアはそう言い、リュクは顔を上げる。

「献身に感謝する」
「オレも、彼の境遇には限界でしたので」

 リュクはそう言って、改めて従属としての覚悟を決める。
 ほどなくして、窓から差し込む朝日にくすぐられ、エンティーが目を覚ます。何も知らないエンティーはリュクが来てくれた事に、嬉しそうに笑った。

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