白銀の城の俺と僕

片海 鏡

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二章

18話

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 朝。2人が顔を洗い終えた後、

「こちらが、エンティー様のお部屋の鍵です」

 ヴァンジュが鍵を差し出し、椅子に座るエンティーは受け取った。
 鍵は金色をしており、持ち手の部分は神殿の紋章が入っている。首に掛けられるように白い紐が付いていた。
 
「まず、御二人には入浴していただきます。入浴後、食堂室にて食事になります。儀式に着用した装飾品はこちらで片付け、保管しますのでお気になさらず」
「はい。わかりました」

 エンティーは立ち上がり、リュクと一緒に扉の前に行く。

「それじゃ、後で」
「うん」

 エンティーが軽く手を振る。椅子に座っていたシャングアは少し驚いた様子だったが、軽く手を振り返した。

「……シャングア様」
「? どうかした?」

 一部始終を見ていたヴァンジュはシャングアに声をかける。

「もう少し、言葉を増やしましょう」

 その意味が分からず、シャングアは首を傾げる。


 およそ2から3人程度入れる浴槽のある浴室が、心核には各階毎に3つずつ設置され、従属達によって管理されている。リュクに案内された浴室は、黄色の花の絵が描かれたタイル張りの空間に猫足のバスタブが置かれている。

「変わった形だね」

 壁に取り付けられた棚に置かれた籠に脱いだ服を入れたエンティーは言う。
 地面をくり抜く様に作られた湯船は知っているが、バスタブを目にするのは初めてだ。

「海外から取り寄せたらしいよ」

 今日の彼の着替えや風呂用品を包んでいる布の結び目を解きながら、リュクは言った。
 エンティーは体に布を巻き終えると、バスタブへと近づく。
 白く陶器で出来たバスタブの中には、お湯が溜められ、水面には赤色やピンク色の花びらが浮かび、柔らかな香りがする。

「これは何?」
「えーと……薔薇の花びらかな?リラックス効果や肌荒れ防止等、いろんな効果があるって聞いたことがある」

 リュクがバスタブに近寄り、花びらを一枚取って確認をする。

「もしかして、誰かが使う予定だった?」

 これだけ用意するのは大変だったはず。そう思い、エンティーはリュクに聞いた。

「従属の人達が、定期的にお湯を入れ替えているから違うよ。この場所は2人の部屋から近いし、昨日の事を考えるとこの花はエンティーに用意したんだと思う」
 
 初夜の後の二人が入るのを見越しての薔薇の花だと思われるが、リュクはそれ言うのを堪えた。

「俺!?」

 エンティーは思わず声を上げ、浴室に反響して響いた。

「おまえ、誓約者の自覚をちょっとは持ってる?」
「じ、自覚はあるよ!でも、花が俺の為なのが意外で、驚いたの!」

 少し呆れた様子でリュクに言われ、慌ててエンティーは答える。
 エンティーの中には、《自分は輪の中にはいない》と言う概念が根強く残っている。

「綺麗な身なりでも、肌がくすめば健康的には見えないんだよ。だから、清潔で綺麗になる必要があるんだよ」
「そ、そうなのか……」

 昨日の式で何かと周囲から心配されたのを思い出しつつ、エンティーは納得をする。

「とりあえず、入りな。体が冷えちゃう」
「う、うん」

 手の入れ湯加減を確認した後、エンティーはゆっくりとバスタブの中へと入った。お湯は程良い温かさであり、全身の筋肉が解れて行くようだ。薔薇と思われる強くも柔らかさのある香りが湯気と共に舞っている。

「気持ち良い?」
「良い匂いがして気持ち良い!」

 嬉しそうなエンティーを見て、リュクは微笑する。こうしてエンティーを眺めているわけにはいかず、彼は次の行動へ移る。まずは、持って来ている風呂用品の洗髪剤と椿油の瓶をバスタブの猫足の近くに置いた。

「髪の毛、洗うよ」

リュクはそう言って、バスタブとは別に部屋の角に設置されている陶器の小さな湯船へ向かい、洗い桶を使って湯を掬う。こちらにもバラの花が散りばめられている。

「うん」

 エンティーは湯船に広がっていた髪を纏める。
 湯の入った洗い桶を持ってきたリュクは、エンティーの髪に触れる。お湯で軽く流し、洗髪剤を泡立て、一本一本の髪の汚れを取る様に丁寧に洗っていく。
 リュクは、エンティーの背中を見る。普段は布越しからしか見られないが、相変わらず年齢のわりに小さく細い。まるで少年のようだ。Ωはβやαに比べて小柄であると教わっているが、エンティーは5年前の当時16歳のリルよりも細く見える。同じΩでも男女には差が出るはず。抑制剤に禁止薬物があったと聞いていたリュクは、それによる副作用ではないかと不安になる。成長が完全に止まってはいないが、身体に明らかな影響は出ている。
寿命が削れてはいないのか。心配になるリュクだが、それを言葉にしては現実になる気がしてしまい、エンティーの主治医には聞くことが出来ない。

「俺、くすんでるの?」
「え?」

 思わぬ問いかけにリュクの手が止まる。

「毎日湯場に通っているし、それは無いよ。さっきは美容の話。お偉いさんは、健康だけでなく、美しさも追及してくるんだよ」

 エンティーは、昨日の儀式にいたシャングアの親族達を思い浮かべる。
 美しい装飾に引けを取らない程、皆は美しかった。肌の艶や張りだけでなく、その一つ一つの仕草に品があり、見惚れる程であった。

「確かに、昨日の皆さんは仕草も含めて綺麗だったと思う」
「踊りも綺麗だったな」

 昨日の昼過ぎから、楽器を持ち寄った親族達が踊りを披露していた。エンティーは踊った事が無いので遠慮したが、シャングアは親族達に腕を引っ張られ、その輪の中へと巻き込まれていた。

「うーん……俺には、出来そうにないよ。ちゃんと誓約者出来るか心配になって来た」
「エンティーは歌が上手いから、踊れなくても良いだろ」

リュクは、洗髪剤の泡をお湯で洗い流すと、椿油の瓶を手に取る。椿油を掌に垂らし、両手に伸ばすと、エンティーの髪へ手櫛を使い馴染ませていく。

「歌かぁ……」

 エンティーはそう呟きつつ、肩まで湯に浸かる。
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