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三章
32話
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「ヴァンジュ」
周囲に音が漏れないよう奇蹟を使用したバルガディンは、廊下で待機しているヴァンジュに声を掛ける。
「はい。陛下」
「シャングアの変化はいつ頃からだ?」
「飛竜暴走の後です。エンティー様の前ではよく見られましたが、今は彼がいなくとも自身の感情や意志が表によく出ています」
「そうだな。交代式前日に会っているが、先程のように私の発言に反論する事は無かった」
皇族として、弱みを見せない様に感情を抑え、表に出さない訓練をシャングアは幼少の頃より受けている。しかしシャングアは第二の性が判明した半年後から、他の兄弟に比べて極端に感情や意思表示が極めて薄い傾向が続いていた。怒らず、笑っても作られて様であり、こちらから言った事柄しか行わない。反抗期や思春期と捉える者もいたが、バルガディン含め彼と親しい者達にはその状態が異常に見えた。
シャングアは、明るく活発的な性格だった。何か見つければ事ある毎に父や兄弟たちの元へ行き、話をするのが日課だった。よく笑う子供だった。急激に口数が減り、統合失調症などの精神障害ではないかと心配された。検診を行い、時にカウンセラーと会話を重ねさせ心身の状態を見定めようとしたが、正確な診断が出来なかった。結果、周囲は過干渉にならず、過度な期待を背負わせないよう静かに見守って来た。
「エンティーに何か力がある可能性は?」
バルガディンは、シャングアが貴族側に無理やり誘われた見合いから逃げ回ると聞いてはいたが、そこまで問題に発展させてはいなかったので静観をしていた。そして、息子から誓約をしたと話に来た時には驚愕したが、自らの意思で動き、相手を選んだ事に心から喜んだ。
「奇蹟の使用は稀ではありますが、過去の事例に納まるものです。フェルエンデ様は、エンティー様がシャングア様のαの性をくすぐったのではないか、と推測しています」
「ほぉ……宝玉の割れのきっかけを作っていた、と?」
「はい。私も、そうではないかと思っています。御二人の出会いは、エンティー様の持ち場である噴水の近くです。シャングア様はそこで急激な眠気に襲われ、倒れていたところをエンティー様が見つけました。調査したところ、エンティー様はあの時発情期から7日後だったようです」
「残っていた媚香にシャングアのαとしての性が反応した……か。しかし、まだシャングアは反応が薄いな」
「後遺症と考えられます。今は、危険が無いようお二人を見守る事に徹した方が最良ではないでしょうか」
エンティーのΩの媚香がαの本能に働きかけた結果、シャングアの意思が回復を始めた。生物にとって本能は切っては切れない関係にあり、宝玉が割れた事でさらに加速される。
シャングアの感情と意思に蓋がされた原因が未だ分からず、バルガディンは手放しで喜べずにいる。
「うむ。そうだな。エンティーの護衛を再編成し、増やしてくれ」
交代式では、暴走する飛竜達を抑える事に騎士達が集中してしまい、貴族や従属達の護衛が極端に少なかった。前例のない事態だったため、目が行く方へと皆が動いてしまい、取り残された避難民の救助が遅れた。貴族の妨害についてバルガディンも耳にしているが、護衛としてエンティーに就かせていた兵士達が動かなかったことが気がかりであった。
「気づかれぬように頼むぞ」
「はい。聖皇陛下」
バルガディンは奇蹟の使用を辞めると、その場を後にする。
本来、外殻で聖徒が生まれた家庭には褒賞金が与えられる。しかしヴァンジュは、外殻のゴミ捨て場に捨てられていた。幸い処理業者が赤子の彼女を見つけ、神殿へ引き渡した。その後ヴァンジュは、バルガディンの護衛を務める聖騎士に育てられ、シャングアの遊び相手であり従属となった。異例の行為であるが、バルガディンは外部から新たな存在を取り入れ、静かに動いている。危険を伴うが、今警戒すべきは神殿内部。
更新がされず循環が滞った場所は、腐敗が進む。
周囲に音が漏れないよう奇蹟を使用したバルガディンは、廊下で待機しているヴァンジュに声を掛ける。
「はい。陛下」
「シャングアの変化はいつ頃からだ?」
「飛竜暴走の後です。エンティー様の前ではよく見られましたが、今は彼がいなくとも自身の感情や意志が表によく出ています」
「そうだな。交代式前日に会っているが、先程のように私の発言に反論する事は無かった」
皇族として、弱みを見せない様に感情を抑え、表に出さない訓練をシャングアは幼少の頃より受けている。しかしシャングアは第二の性が判明した半年後から、他の兄弟に比べて極端に感情や意思表示が極めて薄い傾向が続いていた。怒らず、笑っても作られて様であり、こちらから言った事柄しか行わない。反抗期や思春期と捉える者もいたが、バルガディン含め彼と親しい者達にはその状態が異常に見えた。
シャングアは、明るく活発的な性格だった。何か見つければ事ある毎に父や兄弟たちの元へ行き、話をするのが日課だった。よく笑う子供だった。急激に口数が減り、統合失調症などの精神障害ではないかと心配された。検診を行い、時にカウンセラーと会話を重ねさせ心身の状態を見定めようとしたが、正確な診断が出来なかった。結果、周囲は過干渉にならず、過度な期待を背負わせないよう静かに見守って来た。
「エンティーに何か力がある可能性は?」
バルガディンは、シャングアが貴族側に無理やり誘われた見合いから逃げ回ると聞いてはいたが、そこまで問題に発展させてはいなかったので静観をしていた。そして、息子から誓約をしたと話に来た時には驚愕したが、自らの意思で動き、相手を選んだ事に心から喜んだ。
「奇蹟の使用は稀ではありますが、過去の事例に納まるものです。フェルエンデ様は、エンティー様がシャングア様のαの性をくすぐったのではないか、と推測しています」
「ほぉ……宝玉の割れのきっかけを作っていた、と?」
「はい。私も、そうではないかと思っています。御二人の出会いは、エンティー様の持ち場である噴水の近くです。シャングア様はそこで急激な眠気に襲われ、倒れていたところをエンティー様が見つけました。調査したところ、エンティー様はあの時発情期から7日後だったようです」
「残っていた媚香にシャングアのαとしての性が反応した……か。しかし、まだシャングアは反応が薄いな」
「後遺症と考えられます。今は、危険が無いようお二人を見守る事に徹した方が最良ではないでしょうか」
エンティーのΩの媚香がαの本能に働きかけた結果、シャングアの意思が回復を始めた。生物にとって本能は切っては切れない関係にあり、宝玉が割れた事でさらに加速される。
シャングアの感情と意思に蓋がされた原因が未だ分からず、バルガディンは手放しで喜べずにいる。
「うむ。そうだな。エンティーの護衛を再編成し、増やしてくれ」
交代式では、暴走する飛竜達を抑える事に騎士達が集中してしまい、貴族や従属達の護衛が極端に少なかった。前例のない事態だったため、目が行く方へと皆が動いてしまい、取り残された避難民の救助が遅れた。貴族の妨害についてバルガディンも耳にしているが、護衛としてエンティーに就かせていた兵士達が動かなかったことが気がかりであった。
「気づかれぬように頼むぞ」
「はい。聖皇陛下」
バルガディンは奇蹟の使用を辞めると、その場を後にする。
本来、外殻で聖徒が生まれた家庭には褒賞金が与えられる。しかしヴァンジュは、外殻のゴミ捨て場に捨てられていた。幸い処理業者が赤子の彼女を見つけ、神殿へ引き渡した。その後ヴァンジュは、バルガディンの護衛を務める聖騎士に育てられ、シャングアの遊び相手であり従属となった。異例の行為であるが、バルガディンは外部から新たな存在を取り入れ、静かに動いている。危険を伴うが、今警戒すべきは神殿内部。
更新がされず循環が滞った場所は、腐敗が進む。
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