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四章
40話
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エンティーとシャングアは話し合い、昼間は収集室で過ごし、夜間は各自の部屋で就寝することが決まった。
収集室を選んだ理由は、エンティーが巣作りをしない為。
別室での就寝は、活性化により理性が疲弊しがちなシャングアを休ませる為。
足を引っ張るような周りの声は聴かず、会話を重ね2人は信頼関係を築いていく。
日が経つにつれ、徐々にエンティーの足が思うように動き始め、シャングアの宝玉は割れによる凹凸が減り丸みを帯びる。
たった一週間であるが二人にとっては濃厚なものとなり、距離が縮まり始める。
歩けるようになったエンティーは主治医であるテンテネに診察をしてもらい、リハビリがてら2人は散歩をしている。
シャングアは皇太子であり兄センテルシュアーデの私室へと呼び出されていた。
寝室とは別れており、内装は落ち着ける空間を意識して、煌びやかな色彩を極力抑えている。シャングアの部屋と似た雰囲気がある。違いがあるとすれば、センテルシュアーデの趣味と思われる草原を走る馬の群れや水辺で羽を休める白鳥絵画や、山岳風景が浮き彫りされた花瓶等の芸術品が飾られている所だろう。
「こうしてシャングアとお茶をするのは久しいな」
テーブルを挟んだ正面の椅子に座る男性は、シャングアを見つめ微笑する。その傍らには、聖騎士トゥルーザが待機している。テーブルにはティーセットの他に、季節の果実を使ったケーキや焼菓子が盛られたケーキスタンドが置かれている。
「うん……センテル兄さんとは長い間、話す事もなかったね」
ぎこちなく頷き、シャングアはティーカップを手に取る。
「嫌われたかと思っていたよ」
バルガディンの嫡子。皇太子センテルシュアーデ・ルエンカーナ。
年は27歳。神の造形美を思わせる黄金率の均整のとれた肢体。上質な絹よりもなお白い肌。金剛石すら霞みそうな程の艶やかなで長く伸びた銀髪。微笑みを浮かべる尊顔に非の打ち所は全くなく、何一つ足してもかけてもいけない。人の領域をはるかに超えた神像のような美を包んでいる。睫の長い瞼に縁取られた蒼の瞳はどこまでも澄み渡り、一切の迷いも穢れもなく、ただひたすら純粋に輝いている。額の深紺の宝玉は、夜空を閉じ込めたように底が無く、人を超越せし者のみが許される聡明な光を湛えている。複雑に織り込まれた服でなくとも、金の装飾を着けずとも、その輝きは人を魅了し、惹きつける。
「嫌ってはいないよ。ただ……その、なんだか会いに行くのが気まずかっただけなんだ」
「私も似た経験がある。こうして来てくれて嬉しいよ」
センテルシュアーデは深く追及はせず、静かに喜ぶ。
2人は行事以外では、ほとんど顔を合わせてはいない。不仲ではないが、シャングアがセンテルシュアーデを避けていたからだ。皇族であり同じαである為に、周囲から常に比べられ続ける窮屈な日々。どんなにお互いを良く思っていても、その圧迫感によって距離が徐々に離れて行ってしまった。思春期と言って差し支えないが、シャングアは何か見落としている様にも思えた。
「額の宝玉が治ったようで良かった。エンティーさんの容態はどうかな?」
フェルエンデやヴァンジュから報告を受けている筈が、センテルシュアーデはシャングアに問いかける。
「エンティーは自立が出来て、歩けるようになったよ。走るのはまだ難しいと聞いているけれど、順調に回復している」
「そうか。良かった。Ωの奇蹟使用は危険だと聞いているから、心配していたんだ」
「ヴァンジュやフェル兄さんから聞いているでしょ」
「シャングアからは聞いていない。最終的にはエンティーさんを守れるのはお前だけだ。ちゃんと見ているのか気になったんだ」
「うん……それは、そうだね」
シャングアは紅茶を一口飲む。
エンティーは平民の誓約者であり、妊娠をしておらず、後ろ盾の無い存在だ。皇族の誓約者の中で一番先に命を狙われる。誓約はΩの神力の揺らぎを介して発動する為、彼らが睡眠など意識の無い状態では効力は弱くなってしまう。
「それで、2人はどこまで進んだのかな?」
「はぁ!?」
センテルシュアーデの問いに、シャングアはティーカップの紅茶を溢しそうになる。
「誓約の儀には諸事情があり欠席していた。だから、エンティーさんとはまだ会えていないし、2人の進展が気になって仕方が無いんだ」
「セーデ。シャングア様を困らせるな」
「だって、気になるじゃないか。2人は周囲に仲の良さを振りまく性格ではないから、あまり情報が来ないんだ」
興味津々のセンテルシュアーデに対して、傍らで待機するトゥルーザは呆れた表情を浮かべる。
「言わないと駄目?」
「あぁ、駄目だとも。言わなければ、私の持つ飛竜暴走についての情報は開示しない」
とんでもない取引にシャングアは頭痛がするようだった。
そうだ。こういう人だった、とシャングアは思う。
好奇心が旺盛であり、時に自分勝手に動き回る。その行動に意図があってなのか判別が難しく、良い方向へ向かうから何も言われないが、巻き込まれた立場からすれば堪ったものではない。しかも、その聞き取りは弱みを握るようなものではないから、強く言う事が難しい。監視社会と言える神殿内でセンテルシュアーデは極めて口が堅く、自ら聞いた事柄は一切話さない為、皆が信頼して話してしまう。
細やかな内容と信頼はセンテルシュアーデの武器として活用され、神殿内の情報は彼の元へと集まって来る。油断ならない人だ。
「全部は言えないよ」
責任者として、飛竜暴走の原因究明を急がなければならない。エンティーの関係を少し濁しながら伝えようとシャングアは決める。
「いいさ。家族であっても話せない内容の一つや二つあって当然だ」
センテルシュアーデはにこやかに了承をする。
「お互いの体調を考えて、夜は別々に過ごしているよ。でも、昼間は僕の収集室で一緒に過ごすようになって、昨日は植物研究所の庭を散策しに行ったんだ」
植物研究所の庭は、シャングアが一緒に行こうかと誘った場所だ。誓約前の当時は、エンティーが平民のΩだからと断わりを入れた。今なら大丈夫だと思い、シャングアはリハビリだと理由をつけて、エンティーと共に行った。植物研究所の庭は、ある花が咲き萎めば次の花がと年中を通して彩られた施設だ。
色とりどりの花々と集まる虫や小鳥達。エンティーはそれを楽しそうに眺めていた。
ほんのりと頬を赤くしながら笑顔を浮かべる姿が可愛らしい。
「2人が仲良く過ごせているようで良かった。シャングアは、エンティーさんを大切にしているんだね」
柔らかな表情の弟を眺めつつ、センテルシュアーデは言う。
「まぁ……うん」
シャングアはみるみる顔を赤くする。
「エンティーは僕の大切な人だから、当然だよ」
気恥しそうにしながらも、シャングアはしっかりと応える。
収集室を選んだ理由は、エンティーが巣作りをしない為。
別室での就寝は、活性化により理性が疲弊しがちなシャングアを休ませる為。
足を引っ張るような周りの声は聴かず、会話を重ね2人は信頼関係を築いていく。
日が経つにつれ、徐々にエンティーの足が思うように動き始め、シャングアの宝玉は割れによる凹凸が減り丸みを帯びる。
たった一週間であるが二人にとっては濃厚なものとなり、距離が縮まり始める。
歩けるようになったエンティーは主治医であるテンテネに診察をしてもらい、リハビリがてら2人は散歩をしている。
シャングアは皇太子であり兄センテルシュアーデの私室へと呼び出されていた。
寝室とは別れており、内装は落ち着ける空間を意識して、煌びやかな色彩を極力抑えている。シャングアの部屋と似た雰囲気がある。違いがあるとすれば、センテルシュアーデの趣味と思われる草原を走る馬の群れや水辺で羽を休める白鳥絵画や、山岳風景が浮き彫りされた花瓶等の芸術品が飾られている所だろう。
「こうしてシャングアとお茶をするのは久しいな」
テーブルを挟んだ正面の椅子に座る男性は、シャングアを見つめ微笑する。その傍らには、聖騎士トゥルーザが待機している。テーブルにはティーセットの他に、季節の果実を使ったケーキや焼菓子が盛られたケーキスタンドが置かれている。
「うん……センテル兄さんとは長い間、話す事もなかったね」
ぎこちなく頷き、シャングアはティーカップを手に取る。
「嫌われたかと思っていたよ」
バルガディンの嫡子。皇太子センテルシュアーデ・ルエンカーナ。
年は27歳。神の造形美を思わせる黄金率の均整のとれた肢体。上質な絹よりもなお白い肌。金剛石すら霞みそうな程の艶やかなで長く伸びた銀髪。微笑みを浮かべる尊顔に非の打ち所は全くなく、何一つ足してもかけてもいけない。人の領域をはるかに超えた神像のような美を包んでいる。睫の長い瞼に縁取られた蒼の瞳はどこまでも澄み渡り、一切の迷いも穢れもなく、ただひたすら純粋に輝いている。額の深紺の宝玉は、夜空を閉じ込めたように底が無く、人を超越せし者のみが許される聡明な光を湛えている。複雑に織り込まれた服でなくとも、金の装飾を着けずとも、その輝きは人を魅了し、惹きつける。
「嫌ってはいないよ。ただ……その、なんだか会いに行くのが気まずかっただけなんだ」
「私も似た経験がある。こうして来てくれて嬉しいよ」
センテルシュアーデは深く追及はせず、静かに喜ぶ。
2人は行事以外では、ほとんど顔を合わせてはいない。不仲ではないが、シャングアがセンテルシュアーデを避けていたからだ。皇族であり同じαである為に、周囲から常に比べられ続ける窮屈な日々。どんなにお互いを良く思っていても、その圧迫感によって距離が徐々に離れて行ってしまった。思春期と言って差し支えないが、シャングアは何か見落としている様にも思えた。
「額の宝玉が治ったようで良かった。エンティーさんの容態はどうかな?」
フェルエンデやヴァンジュから報告を受けている筈が、センテルシュアーデはシャングアに問いかける。
「エンティーは自立が出来て、歩けるようになったよ。走るのはまだ難しいと聞いているけれど、順調に回復している」
「そうか。良かった。Ωの奇蹟使用は危険だと聞いているから、心配していたんだ」
「ヴァンジュやフェル兄さんから聞いているでしょ」
「シャングアからは聞いていない。最終的にはエンティーさんを守れるのはお前だけだ。ちゃんと見ているのか気になったんだ」
「うん……それは、そうだね」
シャングアは紅茶を一口飲む。
エンティーは平民の誓約者であり、妊娠をしておらず、後ろ盾の無い存在だ。皇族の誓約者の中で一番先に命を狙われる。誓約はΩの神力の揺らぎを介して発動する為、彼らが睡眠など意識の無い状態では効力は弱くなってしまう。
「それで、2人はどこまで進んだのかな?」
「はぁ!?」
センテルシュアーデの問いに、シャングアはティーカップの紅茶を溢しそうになる。
「誓約の儀には諸事情があり欠席していた。だから、エンティーさんとはまだ会えていないし、2人の進展が気になって仕方が無いんだ」
「セーデ。シャングア様を困らせるな」
「だって、気になるじゃないか。2人は周囲に仲の良さを振りまく性格ではないから、あまり情報が来ないんだ」
興味津々のセンテルシュアーデに対して、傍らで待機するトゥルーザは呆れた表情を浮かべる。
「言わないと駄目?」
「あぁ、駄目だとも。言わなければ、私の持つ飛竜暴走についての情報は開示しない」
とんでもない取引にシャングアは頭痛がするようだった。
そうだ。こういう人だった、とシャングアは思う。
好奇心が旺盛であり、時に自分勝手に動き回る。その行動に意図があってなのか判別が難しく、良い方向へ向かうから何も言われないが、巻き込まれた立場からすれば堪ったものではない。しかも、その聞き取りは弱みを握るようなものではないから、強く言う事が難しい。監視社会と言える神殿内でセンテルシュアーデは極めて口が堅く、自ら聞いた事柄は一切話さない為、皆が信頼して話してしまう。
細やかな内容と信頼はセンテルシュアーデの武器として活用され、神殿内の情報は彼の元へと集まって来る。油断ならない人だ。
「全部は言えないよ」
責任者として、飛竜暴走の原因究明を急がなければならない。エンティーの関係を少し濁しながら伝えようとシャングアは決める。
「いいさ。家族であっても話せない内容の一つや二つあって当然だ」
センテルシュアーデはにこやかに了承をする。
「お互いの体調を考えて、夜は別々に過ごしているよ。でも、昼間は僕の収集室で一緒に過ごすようになって、昨日は植物研究所の庭を散策しに行ったんだ」
植物研究所の庭は、シャングアが一緒に行こうかと誘った場所だ。誓約前の当時は、エンティーが平民のΩだからと断わりを入れた。今なら大丈夫だと思い、シャングアはリハビリだと理由をつけて、エンティーと共に行った。植物研究所の庭は、ある花が咲き萎めば次の花がと年中を通して彩られた施設だ。
色とりどりの花々と集まる虫や小鳥達。エンティーはそれを楽しそうに眺めていた。
ほんのりと頬を赤くしながら笑顔を浮かべる姿が可愛らしい。
「2人が仲良く過ごせているようで良かった。シャングアは、エンティーさんを大切にしているんだね」
柔らかな表情の弟を眺めつつ、センテルシュアーデは言う。
「まぁ……うん」
シャングアはみるみる顔を赤くする。
「エンティーは僕の大切な人だから、当然だよ」
気恥しそうにしながらも、シャングアはしっかりと応える。
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