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五章
53話
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番になった際、身体の変化によって強い眠気の症状が出る場合がある。シャングアはエンティーの状態はそれだと当初思っていたが、彼は4日間ほとんどの時間を眠りに費やした。
診察にやって来たフェルエンデも当初はシャングアの予想と同じく、Ωの体質変化による影響であると診断した。
「ここまで眠るって前例が無いし、身体は至って正常だから難しいな……」
フェルエンデは2人が番になった翌日と、5日目となる今日、シャングアの部屋にやって来た。ベッドの上で眠っているエンティーへ聴診器を当て、血圧を測り、神力の巡りを確認したが、特に異常は見られない。
「記録には載ってないの?」
「覚えている限りでは無い。今考えられるとしたら、エンティーさんが奇蹟を使えてしまったことだ」
「あぁ、Ωが奇蹟を使えるのは事例が少なかったね」
「そう。エンティーさんは、薬物の依存の症状や健康被害があんまり出ていないし、それをふまえると特殊な体質なのかもしれない」
言いながらも悩まし気な様子のフェルエンデは、診療鞄から精密検査用の青い宝玉が入った箱を取り出す。
「それか、奇蹟の使用前後で体質の変化があったのか、だな。今後のエンティーさんの治療や医学の為にも調べさせてもらいたい。精密検査と採血をやって良いか?」
「……うん。後で僕からエンティーに謝っておくよ」
診察とはいえ無断での行為に気が引けたシャングアは、そう言いながらフェルエンデに頼んだ。
「そうだな。俺からも、あとで謝っておく」
フェルエンデは頷き、精密検査を開始する。
青い宝玉をエンティーの体に置いていき、情報を採取している間、フェルエンデは採血の道具類を診療鞄から取り出す。
駆血帯、手袋、膝枕、真空採血管、注射器、注射針と採血する為の道具一式が机の上に置かれて行く。その用意周到さに、最初から採決するつもりだったのだとシャングアは思い、少し複雑な気持ちになった。
青い宝玉の情報採取が終わり、箱の中へと片づけられると、採血の準備が進められる。
エンティーの袖が捲られた右腕を膝枕の上に乗せ、真っ直ぐな状態にする。フェルエンデは手袋をはめ、エンティーの腕へ注射の刺入部約10センチ上に駆血帯を巻いていく。まるで目が見えているのかの様にフェルエンデは手を動かしているが、人の体に注射の針を刺す為、探知の奇蹟をかなりエンティーの腕へと集中させている。
そして、採血が終わり、真空採血管に血が入れられた後、フェルエンデはシャングアの方を向いた。
「よし。それじゃ、一緒に診療室を経由して食堂室へ行くぞ」
「えっ、なんで?」
訳が分からず、シャングアは問う。
「食事だよ。食事。エンティーさんが心配で、ろくに食べていないだろ」
注射器を専用の針捨て容器に入れ、採血の道具類を鞄の中へ片付けると、フェルエンデは弟に言う。
「心配なのは分かるけど、ちゃんと食べなきゃだめだ」
「だった、ここに運んでもらえば……」
エンティーが起きるのはいつか分からず、業務をしつつもシャングアは彼の傍にいた。
「ダメだ。エンティーさんにばかり集中してしまって、何も喉を通らなかっただろ。さっきから俺とエンティーさんの周りをウロウロされたら、何となくこれまでの状況が分かる」
確かに、業務はしていたが進みが遅かった。実際、エンティーを思うばかりに、部屋に運ばれて来た食事にあまり手を付けていなかった。
見透かされ、シャングアは言い返せない。
「病人の傍にいる人が、倒れるって場合はよくある。ちょっとくらい俺の言う事を聞け」
「わかった。でも、早めに食事を終わらせてもらう」
シャングアは折れ、部屋の外で待機していたリュクにエンティーを頼み、フェルエンデと共に診療室を経由し食堂へ向かう。
シャングアとフェルエンデが退室してから30分が経とうとした時、エンティーはベッドの上で身じろぎをする。
「うーん……」
喉の渇きを感じ、重い瞼をほんの少し開ける。
「あ、エンティー」
寝汗を掻くだろうと新しい着替えを持ってきたリュクは、エンティーが起きた事に気づいた。
「おはよう」
「おは、よう。ふぁあ……リュク、今は何時?」
あくびをしながらエンティーは問いかける。
「もう直ぐで午後1時だ」
「そっか……」
通常ならば、そんなに眠ってしまったのかと驚くところだが、意識が朧げなエンティーは反応が薄い。
「何が欲しい?」
「水……喉、かわいた」
「わかった。持ってくるから、それまで起きていろよ?」
「うん……起きてる」
リュクは着替えを机の上に置く。小箪笥の上に用意してあった水差しからガラスのコップへと水を注ぎ入れる。
「ほら、持ってきたぞ」
「……うん」
ぼんやりとした顔のままエンティーは体を起こし、リュクから水の入ったコップを貰う。一口、二口と少しずつ飲んでいるが、徐々に瞼が下がり始める。本人は何とか起きていようとしている様子だが、眠気には勝てない。
そうこうしていると、彼の体が傾き始める。
「あ、こら」
様子を見守っていたリュクは慌ててエンティーからコップを奪い取り、なんとか水を溢すのを阻止する。言いたい事はあったが、エンティーはそのままベッドへと倒れ込み、再び寝息をたて始める。
まるで赤ん坊のようだと思いながらリュクはため息を着くと、エンティーの濡れた口元をハンカチで拭く。
「皆が心配しているから、さっさと起きろよー」
リュクは小声でエンティーに言い、コップを小箪笥の上へと置いた。
診察にやって来たフェルエンデも当初はシャングアの予想と同じく、Ωの体質変化による影響であると診断した。
「ここまで眠るって前例が無いし、身体は至って正常だから難しいな……」
フェルエンデは2人が番になった翌日と、5日目となる今日、シャングアの部屋にやって来た。ベッドの上で眠っているエンティーへ聴診器を当て、血圧を測り、神力の巡りを確認したが、特に異常は見られない。
「記録には載ってないの?」
「覚えている限りでは無い。今考えられるとしたら、エンティーさんが奇蹟を使えてしまったことだ」
「あぁ、Ωが奇蹟を使えるのは事例が少なかったね」
「そう。エンティーさんは、薬物の依存の症状や健康被害があんまり出ていないし、それをふまえると特殊な体質なのかもしれない」
言いながらも悩まし気な様子のフェルエンデは、診療鞄から精密検査用の青い宝玉が入った箱を取り出す。
「それか、奇蹟の使用前後で体質の変化があったのか、だな。今後のエンティーさんの治療や医学の為にも調べさせてもらいたい。精密検査と採血をやって良いか?」
「……うん。後で僕からエンティーに謝っておくよ」
診察とはいえ無断での行為に気が引けたシャングアは、そう言いながらフェルエンデに頼んだ。
「そうだな。俺からも、あとで謝っておく」
フェルエンデは頷き、精密検査を開始する。
青い宝玉をエンティーの体に置いていき、情報を採取している間、フェルエンデは採血の道具類を診療鞄から取り出す。
駆血帯、手袋、膝枕、真空採血管、注射器、注射針と採血する為の道具一式が机の上に置かれて行く。その用意周到さに、最初から採決するつもりだったのだとシャングアは思い、少し複雑な気持ちになった。
青い宝玉の情報採取が終わり、箱の中へと片づけられると、採血の準備が進められる。
エンティーの袖が捲られた右腕を膝枕の上に乗せ、真っ直ぐな状態にする。フェルエンデは手袋をはめ、エンティーの腕へ注射の刺入部約10センチ上に駆血帯を巻いていく。まるで目が見えているのかの様にフェルエンデは手を動かしているが、人の体に注射の針を刺す為、探知の奇蹟をかなりエンティーの腕へと集中させている。
そして、採血が終わり、真空採血管に血が入れられた後、フェルエンデはシャングアの方を向いた。
「よし。それじゃ、一緒に診療室を経由して食堂室へ行くぞ」
「えっ、なんで?」
訳が分からず、シャングアは問う。
「食事だよ。食事。エンティーさんが心配で、ろくに食べていないだろ」
注射器を専用の針捨て容器に入れ、採血の道具類を鞄の中へ片付けると、フェルエンデは弟に言う。
「心配なのは分かるけど、ちゃんと食べなきゃだめだ」
「だった、ここに運んでもらえば……」
エンティーが起きるのはいつか分からず、業務をしつつもシャングアは彼の傍にいた。
「ダメだ。エンティーさんにばかり集中してしまって、何も喉を通らなかっただろ。さっきから俺とエンティーさんの周りをウロウロされたら、何となくこれまでの状況が分かる」
確かに、業務はしていたが進みが遅かった。実際、エンティーを思うばかりに、部屋に運ばれて来た食事にあまり手を付けていなかった。
見透かされ、シャングアは言い返せない。
「病人の傍にいる人が、倒れるって場合はよくある。ちょっとくらい俺の言う事を聞け」
「わかった。でも、早めに食事を終わらせてもらう」
シャングアは折れ、部屋の外で待機していたリュクにエンティーを頼み、フェルエンデと共に診療室を経由し食堂へ向かう。
シャングアとフェルエンデが退室してから30分が経とうとした時、エンティーはベッドの上で身じろぎをする。
「うーん……」
喉の渇きを感じ、重い瞼をほんの少し開ける。
「あ、エンティー」
寝汗を掻くだろうと新しい着替えを持ってきたリュクは、エンティーが起きた事に気づいた。
「おはよう」
「おは、よう。ふぁあ……リュク、今は何時?」
あくびをしながらエンティーは問いかける。
「もう直ぐで午後1時だ」
「そっか……」
通常ならば、そんなに眠ってしまったのかと驚くところだが、意識が朧げなエンティーは反応が薄い。
「何が欲しい?」
「水……喉、かわいた」
「わかった。持ってくるから、それまで起きていろよ?」
「うん……起きてる」
リュクは着替えを机の上に置く。小箪笥の上に用意してあった水差しからガラスのコップへと水を注ぎ入れる。
「ほら、持ってきたぞ」
「……うん」
ぼんやりとした顔のままエンティーは体を起こし、リュクから水の入ったコップを貰う。一口、二口と少しずつ飲んでいるが、徐々に瞼が下がり始める。本人は何とか起きていようとしている様子だが、眠気には勝てない。
そうこうしていると、彼の体が傾き始める。
「あ、こら」
様子を見守っていたリュクは慌ててエンティーからコップを奪い取り、なんとか水を溢すのを阻止する。言いたい事はあったが、エンティーはそのままベッドへと倒れ込み、再び寝息をたて始める。
まるで赤ん坊のようだと思いながらリュクはため息を着くと、エンティーの濡れた口元をハンカチで拭く。
「皆が心配しているから、さっさと起きろよー」
リュクは小声でエンティーに言い、コップを小箪笥の上へと置いた。
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