白銀の城の俺と僕

片海 鏡

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六章

64話

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 光線は皇権の影響を受けてか、地上には出て行かないよう必ず何かに当たる様に設計されている。
シャングアは急ぎ蒼白の蟻達へ指令を出す。
圧倒的でありながら限りあるこの空間の壁を伝い、最深部へ蟻達を向かわせていた。地下を元の状態へ戻す為に調べさせていたが、今は早急に光線を止めなければならない。
 広大なまっ平らな空間一面に張り巡らされた文様が、空色に淡く光っている。蟻達に調べさせると、二種類の式に分かれている事が判明した。本来であれば、常に聖徒達が神力を注ぎ続けなければ奇蹟は停止する。しかし、蟻達は人ではなくある物を見つけた。
 空間の中央に、水晶の原石の様にそそり立つ巨大な結晶。高さ4m横2mは優にあるだろう。
 これが、飛竜を暴走させた青い宝玉の原料であり、蓄積された竜の血の結晶。
 洗脳の奇蹟によって集められた従属の神力が溜め込まれているのだろう。その量は計り知れない。高密度の神力は人体に悪影響を及ぼす危険があり、長時間傍に居たであろうイルディナータの暴走の理由が暗示される。
 その巨大な結晶をすぐさま破壊したいシャングアだが、小さな蟻達ではそれは出来ない。光線を発動させている式の文様を切断し、食い止めるよう蟻達へ指示を出す。
 蟻達による式の解析が終る前に、一人の人間が文様へと足を踏み入れる。
 つい先ほどまでいなかった。人間と言うには奇妙であり、人の形をした何かといった方が正しい。その人物は結晶の塊へと手を添えた瞬間、それは砕け散った。
 蟻達が強制的に消滅させられる瞬間、文様が青白く強く発光をする。

「地下の再構成が始まる!」

 シャングアが声を発した瞬間、石は規則的に動き、暴れ回る光線は互いにぶつかり合い相殺する。
 ラニャとミースアを庇うように伏せるエンティーの上へ覆い被さりながら、シャングアは蜂達に周囲を警戒させる。
 正方形の石たちは再び地下の通路や部屋を構成すると思われたが、全く別の空間を作り始める。正方形の位置は積み重なり円柱の柱を形成し、シャングア達の乗っていた石は最深部へと続く長い階段の一部となり、逃亡防止のためか周囲は白い壁で覆われていく。
 光の玉が現れ周囲を照らし、玉座の間を連想させる荘厳な空間へと変化を遂げる。安全を確認したシャングアは、エンティー達にもう大丈夫だと声を掛ける。

「シャングア様!」
「大丈夫。皆無事だ」

 ガンザはその答えに安堵し、3段下の竜に目を向ける。
 竜は意識があるようだが、まだ起きる気配はない。

「エンティー。僕も一緒に行くよ」
「ありがとう」

 心配するエンティーに気づき、シャングアは言う。

「ガンザ。2人を連れて上を目指してくれ」
「はい! おまかせください!」

 ラニャとミースアも行きたそうにしていたが、ガンザに促され階段を登っていく。
 シャングアとエンティーは階段を降り、慎重に竜の様子を伺う。

「傷だらけだ……」

 エンティーの口から零れた感情は悲しみが交じり合っている。
 光線に2発だけでなく、竜は負傷していると遠目でも分かっていたが、間近で目にすると言葉を失う程に悲痛な有様であった。毎日のように傷付けられていたのだろう。胴の4割近くは鱗が生えておらず、傷は完全に塞がっておらず、至る所で化膿している。このままでは、敗血症などの全身に纏わる疾患を引き起こしかねない。
 エンティーが近寄ると、竜は少しだけ顔を上げ、彼の手に擦り寄る。

「新しい傷はここで治そう」

 まず止血を優先するべきだと判断し、シャングアは竜の傷口を確認する。

「うん。早く地上で診察してもらわないと……」
「飛竜の医者なら、診られると思う。急いで地上に戻ろう」

 シャングアはそう言いながら、竜の光線によって出来た新しい傷へと手をかざす。ゆっくりと血が止まり、徐々に傷口が塞がっていく。
 奇蹟には得手不得手が存在し、シャングアが出来るのはこれが限界だ。

「エンティー。下から誰か来る?」
「来ていないよ。足音も……聞こえない」

 2人はイルディナータの護衛4人が来ないか警戒をするが、誰も階段を登って来る気配はない。
 すると、

「私達の結晶が!! 神の加護が!!!」

 イルディナータの叫び声が空間に響き渡る。
 彼ら5人の乗っていた石はどうやら最深部付近の階段を形成したようだ。自分達が作り上げた結晶が破壊されたのを目の辺りにし、落胆しているのだろう。

「ここは城です。神を祀る神殿ではありませんよ」

 穏やかな声で、誰かが否定をする。イルディナータの叫び声とは違い、あえて空間に響く様に細工がなされている。

「この声……」

 エンティーには声の主を知っている。内殻に居た頃、身体の精密検査をする際にテンテネと一緒にやって来ていた白衣の医療団の男性だ。

「エンティー。知っているの?」
「うん。白衣の医療団の人」
「そんな人がどうして……」

 互いに不思議に思っていると、竜が首を上げ、静かに最深部と見据える。

「2人とも、おいで。話をしましょう」

 こちらを見ているかのように男性は言う。
 竜は痛む体を起き上がらせると、エンティーに顔を擦り付けた後、下へと飛んで行った。

「……行ってみようか。怖くは無い?」

 シャングアは、エンティーへ手を差し出す。まだ解明できていない部分があるだけでなく、イルディナータを捕える必要があった。また、治療させる為にも竜を連れ戻さなければならない。

「シャングアが一緒なら、怖くないよ」

 エンティーはシャングアの手を取り、最深部へと向かう。
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