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六章
67話
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エンディリアムと竜、シャングアとエンティーは〈ルエンカーナ〉の元へと辿り着いた。
そこは、まだ誓約を結んでいなかった時に2人が会っていた神殿の外れ。小さな噴水が設けられた一角だ。
「……こちらが、初代聖皇様のお墓とされる場所です」
案内役は、躊躇いがちに言った。
初代聖皇の墓。神殿内部ではなく、島にある高台に設けられ、外殻だけでなく外界からの多くの人々が花を手向けにやって来る。まるで島全体を見守る様に高い塔のような造形をしているその墓は、神殿からでも見ることが出来るので、エンティーも存在は知っている。
しかし、案内役の発言は、高台の墓は〈空〉である事を意味している。
「そうですか……」
エンディリアムは静かにそう言うと、微笑んだ。
「目印に噴水を置くなんて、洒落ているじゃないか」
まるで仲の良い友人と会うかのように、エンディリアムの口調が砕ける。
「きみは下がってくれ。エンティーさんとシャングアさんと話したい」
「はい。わかりました」
案内役は急いでその場を後にし、3人と一匹が残される。
エンディリアムは、ただじっと噴水を見つけている。
さらさらと透明な水が流れ落ち、時折飛沫が宙を舞う。光に照らされ、淡い虹が顔を覗かせる。
穏やかな風が吹いている。温かな日差しを受けている。
なのに、まるで冬のように凍えてしまいそうだ。
「エンディリアム様……?」
「あぁ、大丈夫。噴水は壊さないよ。大丈夫。どうして、ルエンカーナの名が神殿に使われたのか、ようやく理解した」
エンティーの呼びかけに、エンディリアムは振り返らずに応える。
「シャングアさん。あなたはいずれ、玉座の前に立つだろう。その前に、知って欲しい」
「はい」
短く、しかしその返事は強い意思が籠っている。
エンディリアムはそれに、懐かしそうに微笑みを浮かべる。
白呪の民は西大陸の山岳地帯にひっそりと暮らしていた。ある時、3つの大国が戦争を開始し、傷つき逃げ延びた人間達を白呪の民は受け入れ、介抱をした。善意の行動が、魔の手を引き寄せるきっかけとなってしまった。軍資金を得る為に、白呪の民の虐殺が開始された。彼らの美しい鱗と宝玉はその希少価値から他国では高額で取引され、不要となった血肉は飢える民へと支給された。
エンディリアムと生き残った20人の白呪の民は船を使い、大陸から逃げた。
「流れ着いたこの島の人々は、我々を快く受け入れてくれた。しかし、平和な時代がやって来ると、外界からやって来た人々が病を持って来てしまった」
島の人々は、その病に対して免疫を持っていなかった。高熱によって多くの人々が倒れ、体力のない小さな子供は命を落とした。
外界から薬を取り寄せるが、島の人々には一向に効果が出なかった。
「原因は、島の人々の持つ通称〈神力〉だった。神の時代が終わった世界で、その名残を持った人々は進化から取り残されてしまっていたんだ」
そして、それは白呪の民も同じであった。エンディリアムと21人の生き残りは、白呪の血を人々に分け与える事を決定した。
「我々の生血には、病を無効化する特異な性質がある。それを恩人である人々を救えると考えた。最終手段だった。外界の医学を取り入れようと、何一つ快方へ向かわず、人々の命は手のひらから零れ落ちて行った」
結果として確かに、人々は病から救われた。だが、それは大きな過ちを産んだ。
白呪の血が人に及ぼす影響は、島の人々の新生児に現れた。
白銀の髪、青い瞳、白い肌。そして、成長するにつれて現れだす宝玉。
聖徒の誕生であった。
「我々には、人として特異の性がある。白呪の第二の性〈オメガバース〉はΩを起源とする生態を意味する。若い個体はΩの性を持ち、成熟と共にβ、αへと性転換を遂げていく。額や眉間の宝玉は成長を見る目印の役割を担っている」
しかし、人間の体ではその変化を受け止めきることは出来なかった。
白銀の髪の子供達は、生まれ持った性と成長で発現する性の二つを持つ事となってしまった。
島の人々は、助けるために自らの血を分け与えてくれた白呪を憎むことは無かった。彼らの血が無ければ、島の人々は全滅していたからだ。けれど白呪の民は、人々を穢してしまった事を大いに後悔し、自らを責め弱っていった。
そんな彼らに手を差し伸べたのが、島の医師ルエンカーナであった。
「一つ一つ零れ落ちた欠片を一緒に集めて行こう……彼女ルエンカーナは、そう言って私の罪と罰を共に背負い、償いの為に医療の研究と発展に力を注いだ。私は、血によって汚染された人々を浄化する方法を探す為に、長い旅を続けた」
初代聖皇ルエンカーナ。エンディリアムの最愛の人。
しかし、長命種の竜と人間の寿命は余りにも違っていた。人間は代を重ね、歴史は捻じ曲げられ、政治と信仰が絡み合い、空席の神の座にエンディリアムの名が刻まれた。
人々は進化を続け、第二の性が確立され、白呪の民の存在は抹消された。
「結果がこれだ。罪人は神に祭り上げられ、聖人は神殿に成り果てた」
エンディリアムの背中が、エンティーの目にはとても小さく見えた。
「……私達のせいで、島の人々は外界とは違う進化を遂げてしまった」
全ては、助けたいと言う善意が引き起こした悲劇である。だが、それを悲劇と呼ぶべきなのか、誰にも分らなくなってしまった。
そこは、まだ誓約を結んでいなかった時に2人が会っていた神殿の外れ。小さな噴水が設けられた一角だ。
「……こちらが、初代聖皇様のお墓とされる場所です」
案内役は、躊躇いがちに言った。
初代聖皇の墓。神殿内部ではなく、島にある高台に設けられ、外殻だけでなく外界からの多くの人々が花を手向けにやって来る。まるで島全体を見守る様に高い塔のような造形をしているその墓は、神殿からでも見ることが出来るので、エンティーも存在は知っている。
しかし、案内役の発言は、高台の墓は〈空〉である事を意味している。
「そうですか……」
エンディリアムは静かにそう言うと、微笑んだ。
「目印に噴水を置くなんて、洒落ているじゃないか」
まるで仲の良い友人と会うかのように、エンディリアムの口調が砕ける。
「きみは下がってくれ。エンティーさんとシャングアさんと話したい」
「はい。わかりました」
案内役は急いでその場を後にし、3人と一匹が残される。
エンディリアムは、ただじっと噴水を見つけている。
さらさらと透明な水が流れ落ち、時折飛沫が宙を舞う。光に照らされ、淡い虹が顔を覗かせる。
穏やかな風が吹いている。温かな日差しを受けている。
なのに、まるで冬のように凍えてしまいそうだ。
「エンディリアム様……?」
「あぁ、大丈夫。噴水は壊さないよ。大丈夫。どうして、ルエンカーナの名が神殿に使われたのか、ようやく理解した」
エンティーの呼びかけに、エンディリアムは振り返らずに応える。
「シャングアさん。あなたはいずれ、玉座の前に立つだろう。その前に、知って欲しい」
「はい」
短く、しかしその返事は強い意思が籠っている。
エンディリアムはそれに、懐かしそうに微笑みを浮かべる。
白呪の民は西大陸の山岳地帯にひっそりと暮らしていた。ある時、3つの大国が戦争を開始し、傷つき逃げ延びた人間達を白呪の民は受け入れ、介抱をした。善意の行動が、魔の手を引き寄せるきっかけとなってしまった。軍資金を得る為に、白呪の民の虐殺が開始された。彼らの美しい鱗と宝玉はその希少価値から他国では高額で取引され、不要となった血肉は飢える民へと支給された。
エンディリアムと生き残った20人の白呪の民は船を使い、大陸から逃げた。
「流れ着いたこの島の人々は、我々を快く受け入れてくれた。しかし、平和な時代がやって来ると、外界からやって来た人々が病を持って来てしまった」
島の人々は、その病に対して免疫を持っていなかった。高熱によって多くの人々が倒れ、体力のない小さな子供は命を落とした。
外界から薬を取り寄せるが、島の人々には一向に効果が出なかった。
「原因は、島の人々の持つ通称〈神力〉だった。神の時代が終わった世界で、その名残を持った人々は進化から取り残されてしまっていたんだ」
そして、それは白呪の民も同じであった。エンディリアムと21人の生き残りは、白呪の血を人々に分け与える事を決定した。
「我々の生血には、病を無効化する特異な性質がある。それを恩人である人々を救えると考えた。最終手段だった。外界の医学を取り入れようと、何一つ快方へ向かわず、人々の命は手のひらから零れ落ちて行った」
結果として確かに、人々は病から救われた。だが、それは大きな過ちを産んだ。
白呪の血が人に及ぼす影響は、島の人々の新生児に現れた。
白銀の髪、青い瞳、白い肌。そして、成長するにつれて現れだす宝玉。
聖徒の誕生であった。
「我々には、人として特異の性がある。白呪の第二の性〈オメガバース〉はΩを起源とする生態を意味する。若い個体はΩの性を持ち、成熟と共にβ、αへと性転換を遂げていく。額や眉間の宝玉は成長を見る目印の役割を担っている」
しかし、人間の体ではその変化を受け止めきることは出来なかった。
白銀の髪の子供達は、生まれ持った性と成長で発現する性の二つを持つ事となってしまった。
島の人々は、助けるために自らの血を分け与えてくれた白呪を憎むことは無かった。彼らの血が無ければ、島の人々は全滅していたからだ。けれど白呪の民は、人々を穢してしまった事を大いに後悔し、自らを責め弱っていった。
そんな彼らに手を差し伸べたのが、島の医師ルエンカーナであった。
「一つ一つ零れ落ちた欠片を一緒に集めて行こう……彼女ルエンカーナは、そう言って私の罪と罰を共に背負い、償いの為に医療の研究と発展に力を注いだ。私は、血によって汚染された人々を浄化する方法を探す為に、長い旅を続けた」
初代聖皇ルエンカーナ。エンディリアムの最愛の人。
しかし、長命種の竜と人間の寿命は余りにも違っていた。人間は代を重ね、歴史は捻じ曲げられ、政治と信仰が絡み合い、空席の神の座にエンディリアムの名が刻まれた。
人々は進化を続け、第二の性が確立され、白呪の民の存在は抹消された。
「結果がこれだ。罪人は神に祭り上げられ、聖人は神殿に成り果てた」
エンディリアムの背中が、エンティーの目にはとても小さく見えた。
「……私達のせいで、島の人々は外界とは違う進化を遂げてしまった」
全ては、助けたいと言う善意が引き起こした悲劇である。だが、それを悲劇と呼ぶべきなのか、誰にも分らなくなってしまった。
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