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1章 モブ令嬢と精霊の出会い
7話 霊草の発芽に必要なものは?
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「発芽に重要なのは、やっぱり環境?」
栽培初心者だが、ある程度の知識は備わっている。
植物には、本来住む環境に合わせ、土に含まれる栄養、あげる水の量、適度に風と日光に当てる事が重要だ。品種改良を行い全国、全世界に普及している野菜や穀物も、その点は変わらない。
『そうだ。その調節が極めて難しいと考えて良い』
山頂ともなれば、夏は涼しく冬は極寒。岩に守られているが風は吹き荒れ、水は凍り付いているだろう。遮るものが無く日光は常に降り注ぎ、時に豪雨や豪雪になる。その環境を作り出すのは至難の業だ。
『だが、この辺りは研究者達も知っている事だ』
それはそうだ。シャルティスが生きた状態で持ち帰ることが可能になり、種が出来る時期が判明したのは20年前。研究されていない訳が無い。
『問題は、魔力にある』
「それも研究者が知っていそうだけど……」
『その純度だ』
世界には、目には見えない微細な魔力が満ちている。
主に火、風、水、土の四大元素があり、それらが作用し合う事で雷と氷が生まれ、光と闇が影響を与える。魔術や魔法の際の属性と異なり、自然界は様々な属性が交じり合う事で構成されている。
だが、自然界においては純度が高ければ高い程良いわけではない。災害が発生するだけでなく、綺麗すぎる川や湖に生物が生息できない様に、交じり合い調和してこそ良い環境が生まれるからだ。
「山頂ってそれ程の極限状態なのか……」
8年後の世界では、主人公リティナが師である魔法使いに修行のため4属性に満ちた空間へ突き落されるサブイベントがある。その空間は、白い大地だった。属性は満ちているのに、何もない。純粋過ぎで、生物が生きられない。高すぎる4属性が相殺し合い、何も生み出せない。霊峰シャンディアはそれ程に魔力が満ちているのだろう。
『シャルティスはかつて霊峰以外の地にも自生していた。そこは精霊の住処とされ、どれか一つの属性の純度が極めて高い場所だ』
リティナが集める4つの遺物の場所の事だろう。
炎誕の塔。原海の胎国。風森の神殿。牙獣の王冠。
800年前に姫が訪れた地であり、遺物が眠る地。所謂ダンジョンであり、生態系の変化から名前が一部変更された。その一角では各国の管理下のもと、高い純度の魔鉱石が採掘されている
そこで疑問に思った。純度の高い魔鉱石は今も採掘される4か所に、なぜシャルティスが生えていないのか。
「シャルティスって、精霊の加護を受けているの?」
『受けてはいない。魔学合成系に適応できる特異な植物の一種だ』
太陽光と共に魔力を恩恵として受け、魔学反応によってエネルギーを得る微生物や精霊を第一生産者とする生態系。それが魔学合成系。ダンジョンが成り立つ理由だ。
子孫を残し生きる為、ライバルのいない過酷な場所を選んだと言う事か。
精霊が姿を消した現在でも遺物の影響により4か所には偏った属性の魔力は満ちているが、人が出入りするようになり、採掘の影響でその純度が落ちた為に植物の種類が増え、シャルティスは生存競争に負け絶滅したのだろう。
炎誕の塔と呼ばれながらダンジョンには、火属性に特化した魔物だけでなく、平地に生息する魔物が奥地に出現したのはそれが理由だろう。
『これを応用し、四属性の魔鉱石を使いシャンディアに似た人工的な環境を作り出す。完全再現となれば、この時代の技術では不可能。だが段階下げるのであれば、発芽は可能だ。植木鉢一つ分の規模であれば、君も扱いやすいだろう』
「ん? 段階が落ちるってどういうこと?」
『研磨された水晶のような透明度が無くなる』
「……え? それだけ?」
その答えに、思わず首を傾げる。
『シャルティスは宝石の様に美しいから価値があるのだろう?』
私が薬草の図鑑を読んでいる時、レフィードも読んでいたのか。
レフィードの言う通り、図鑑にはシャルティスの価値についてそう記載があった。
「私は薬として使いたいから、見た目は気にしないよ」
野菜や果物を育てる時、当然の様にいくつかの実に傷が出来てしまう。しかし、味には問題はなく、中には傷を治す為に栄養が増す種もある。見かけが悪くとも、効力が確かならば何も問題は無い。
『そうか。勘違いしてしまった。すまない』
「こっちこそ、その辺りを言ってなかったから、勘違いさせてごめんね」
お互い素直に謝罪する。
精霊は世界の均衡を保つ存在であって、人間の社会に関わる必要性はない。世間やその価値観を知らないのは当然であり、子供の様にまず本や資料からそれを学び、現実と照らし合わせて行く。
これから協力してもらうにあたって、こちらの考えもしっかりと伝えなければ。
『必要となるのは、四種類の純度の高い魔鉱石。植木鉢、それが入る大きさの蓋つきの木箱だ』
「純度の高い魔鉱石か……お父様にはこれ以上の我儘は言えないし……」
高純度の魔鉱石は、国が所有する為に一般への流通がごく僅かだ。市場では宝石と同等、それ以上の高値で取引されている。
お小遣いでは、絶対に買うことは出来ない。
『用意できないのであれば、精製した代替品を使えば良いだろう』
「せ、精製??代替品??」
思わぬ言葉に、聞き返す。
精製には特殊な道具や薬品が必要だ。それに、代替品とはなんだろうか。
『高純度の魔鉱石と性質はほぼ変わらない。ただし、少々時間が掛かる』
「どうやって作るの?」
レフィードが移動を始め、私もそれに続く。
温室の窓辺に並ぶ薬草の一つにレフィードは近づく。青緑色の丸みを帯びた葉が茂り、蕾が膨らみ始めている。
『この温室にあるイレグラ草を使う』
イレグラ草。マメ科の魔力を吸収する特殊な性質を持つ薬草だ。魔力を宿す小さな子供は、その力を上手く操れず体に溜め込んでしまう為に体調を崩しやすい。それが繰り返されると重い障害となって残ってしまう。それを防ぐために、魔力を持つ子供は定期的にイレグラ草を煎じたお茶を飲み、緩和させ、余分な魔力を自然に排泄できるよう促すのだ。
私や兄様、領地にいると思われる魔力を持った子供の為に使えると思って栽培をしていた。
『イレグラ草は、魔力を吸収する性質がある。環境に順応する為に、特定の属性の魔力を一定量与え続けると、それのみを吸収するようになる。その際に、不純物の多い魔鉱石をイレグラ草の傍に置く』
「それが、精製?」
『そうだ。吸収できる限界量を超えるとイレグラ草は、身を守る為に果実を結ぶ。この実は果肉は無く、種のみ。この種が高純度の魔鉱石の代替品となる』
「あっ! 植物の結晶化現象……!」
魔術の教科書で読んだ内容を思い出した。
魔学合成系のダンジョンだけでなく、滝つぼ等の魔力濃度が高い場所に生息する植物には一定の耐性がある。中には、余分な魔力を放出する為に一部の葉や実を結晶化させ、切り離す特殊な進化を遂げた種がある。
思い返せば、魔物達を倒した時にドロップする爪や角の素材の中には《高い魔力が宿っている》と説明があった。魔力を持つ食べ物を生物が体内に取り込み、長い年月をかけて魔鉱石ように結晶となる。その方法を人工的に行うのがレフィードの精製方法だ。
『イレグラ草の結晶化現象については周知されているが、薬に使われる場合が多い』
「身近過ぎて、逆に思いつかないって事だね! 凄いよ! それなら、私のお小遣いで買った魔鉱石が使えるよ!」
そんな発想した事がなかったので、とても感心し、私は喜んだ。
純度がかなり低い魔鉱石ならば、ランプの油や暖炉の薪程の値段で購入できる。各属性を出来るだけ買い集めれば、精製した種も充分に採れるはずだ。
「明日は行商人が屋敷に来る日だから、頼んでみる!」
『では、明日作業を行おう』
「教えてくれたお礼に、触ってあげるね」
『感謝する』
私は水の球体であるレフィードに触れる。
指先が触れた瞬間、何かが抜ける様な感覚が体を襲う。しかし、以前に比べて意識が遠のくような事は無く、疲れもほとんどないので安心した。
『今後は少量ずつ吸収させてもらう。卒倒しないからと言って、無理は禁物だ。体を休めた方が良い』
「うん。そうだね」
私は温室に置かれている素朴な木製の椅子へ座った。貴族の人は温室でお茶会をする事があると聞いているが、ここでそれを行う気は全く無い。作業の合間に休憩できれば良いと思い、安定感のある丈夫な椅子を選んでいた。
うーん。休憩の時はやっぱりお茶が欲しくなる。
そう思った時、ドアをノックする音がした。
栽培初心者だが、ある程度の知識は備わっている。
植物には、本来住む環境に合わせ、土に含まれる栄養、あげる水の量、適度に風と日光に当てる事が重要だ。品種改良を行い全国、全世界に普及している野菜や穀物も、その点は変わらない。
『そうだ。その調節が極めて難しいと考えて良い』
山頂ともなれば、夏は涼しく冬は極寒。岩に守られているが風は吹き荒れ、水は凍り付いているだろう。遮るものが無く日光は常に降り注ぎ、時に豪雨や豪雪になる。その環境を作り出すのは至難の業だ。
『だが、この辺りは研究者達も知っている事だ』
それはそうだ。シャルティスが生きた状態で持ち帰ることが可能になり、種が出来る時期が判明したのは20年前。研究されていない訳が無い。
『問題は、魔力にある』
「それも研究者が知っていそうだけど……」
『その純度だ』
世界には、目には見えない微細な魔力が満ちている。
主に火、風、水、土の四大元素があり、それらが作用し合う事で雷と氷が生まれ、光と闇が影響を与える。魔術や魔法の際の属性と異なり、自然界は様々な属性が交じり合う事で構成されている。
だが、自然界においては純度が高ければ高い程良いわけではない。災害が発生するだけでなく、綺麗すぎる川や湖に生物が生息できない様に、交じり合い調和してこそ良い環境が生まれるからだ。
「山頂ってそれ程の極限状態なのか……」
8年後の世界では、主人公リティナが師である魔法使いに修行のため4属性に満ちた空間へ突き落されるサブイベントがある。その空間は、白い大地だった。属性は満ちているのに、何もない。純粋過ぎで、生物が生きられない。高すぎる4属性が相殺し合い、何も生み出せない。霊峰シャンディアはそれ程に魔力が満ちているのだろう。
『シャルティスはかつて霊峰以外の地にも自生していた。そこは精霊の住処とされ、どれか一つの属性の純度が極めて高い場所だ』
リティナが集める4つの遺物の場所の事だろう。
炎誕の塔。原海の胎国。風森の神殿。牙獣の王冠。
800年前に姫が訪れた地であり、遺物が眠る地。所謂ダンジョンであり、生態系の変化から名前が一部変更された。その一角では各国の管理下のもと、高い純度の魔鉱石が採掘されている
そこで疑問に思った。純度の高い魔鉱石は今も採掘される4か所に、なぜシャルティスが生えていないのか。
「シャルティスって、精霊の加護を受けているの?」
『受けてはいない。魔学合成系に適応できる特異な植物の一種だ』
太陽光と共に魔力を恩恵として受け、魔学反応によってエネルギーを得る微生物や精霊を第一生産者とする生態系。それが魔学合成系。ダンジョンが成り立つ理由だ。
子孫を残し生きる為、ライバルのいない過酷な場所を選んだと言う事か。
精霊が姿を消した現在でも遺物の影響により4か所には偏った属性の魔力は満ちているが、人が出入りするようになり、採掘の影響でその純度が落ちた為に植物の種類が増え、シャルティスは生存競争に負け絶滅したのだろう。
炎誕の塔と呼ばれながらダンジョンには、火属性に特化した魔物だけでなく、平地に生息する魔物が奥地に出現したのはそれが理由だろう。
『これを応用し、四属性の魔鉱石を使いシャンディアに似た人工的な環境を作り出す。完全再現となれば、この時代の技術では不可能。だが段階下げるのであれば、発芽は可能だ。植木鉢一つ分の規模であれば、君も扱いやすいだろう』
「ん? 段階が落ちるってどういうこと?」
『研磨された水晶のような透明度が無くなる』
「……え? それだけ?」
その答えに、思わず首を傾げる。
『シャルティスは宝石の様に美しいから価値があるのだろう?』
私が薬草の図鑑を読んでいる時、レフィードも読んでいたのか。
レフィードの言う通り、図鑑にはシャルティスの価値についてそう記載があった。
「私は薬として使いたいから、見た目は気にしないよ」
野菜や果物を育てる時、当然の様にいくつかの実に傷が出来てしまう。しかし、味には問題はなく、中には傷を治す為に栄養が増す種もある。見かけが悪くとも、効力が確かならば何も問題は無い。
『そうか。勘違いしてしまった。すまない』
「こっちこそ、その辺りを言ってなかったから、勘違いさせてごめんね」
お互い素直に謝罪する。
精霊は世界の均衡を保つ存在であって、人間の社会に関わる必要性はない。世間やその価値観を知らないのは当然であり、子供の様にまず本や資料からそれを学び、現実と照らし合わせて行く。
これから協力してもらうにあたって、こちらの考えもしっかりと伝えなければ。
『必要となるのは、四種類の純度の高い魔鉱石。植木鉢、それが入る大きさの蓋つきの木箱だ』
「純度の高い魔鉱石か……お父様にはこれ以上の我儘は言えないし……」
高純度の魔鉱石は、国が所有する為に一般への流通がごく僅かだ。市場では宝石と同等、それ以上の高値で取引されている。
お小遣いでは、絶対に買うことは出来ない。
『用意できないのであれば、精製した代替品を使えば良いだろう』
「せ、精製??代替品??」
思わぬ言葉に、聞き返す。
精製には特殊な道具や薬品が必要だ。それに、代替品とはなんだろうか。
『高純度の魔鉱石と性質はほぼ変わらない。ただし、少々時間が掛かる』
「どうやって作るの?」
レフィードが移動を始め、私もそれに続く。
温室の窓辺に並ぶ薬草の一つにレフィードは近づく。青緑色の丸みを帯びた葉が茂り、蕾が膨らみ始めている。
『この温室にあるイレグラ草を使う』
イレグラ草。マメ科の魔力を吸収する特殊な性質を持つ薬草だ。魔力を宿す小さな子供は、その力を上手く操れず体に溜め込んでしまう為に体調を崩しやすい。それが繰り返されると重い障害となって残ってしまう。それを防ぐために、魔力を持つ子供は定期的にイレグラ草を煎じたお茶を飲み、緩和させ、余分な魔力を自然に排泄できるよう促すのだ。
私や兄様、領地にいると思われる魔力を持った子供の為に使えると思って栽培をしていた。
『イレグラ草は、魔力を吸収する性質がある。環境に順応する為に、特定の属性の魔力を一定量与え続けると、それのみを吸収するようになる。その際に、不純物の多い魔鉱石をイレグラ草の傍に置く』
「それが、精製?」
『そうだ。吸収できる限界量を超えるとイレグラ草は、身を守る為に果実を結ぶ。この実は果肉は無く、種のみ。この種が高純度の魔鉱石の代替品となる』
「あっ! 植物の結晶化現象……!」
魔術の教科書で読んだ内容を思い出した。
魔学合成系のダンジョンだけでなく、滝つぼ等の魔力濃度が高い場所に生息する植物には一定の耐性がある。中には、余分な魔力を放出する為に一部の葉や実を結晶化させ、切り離す特殊な進化を遂げた種がある。
思い返せば、魔物達を倒した時にドロップする爪や角の素材の中には《高い魔力が宿っている》と説明があった。魔力を持つ食べ物を生物が体内に取り込み、長い年月をかけて魔鉱石ように結晶となる。その方法を人工的に行うのがレフィードの精製方法だ。
『イレグラ草の結晶化現象については周知されているが、薬に使われる場合が多い』
「身近過ぎて、逆に思いつかないって事だね! 凄いよ! それなら、私のお小遣いで買った魔鉱石が使えるよ!」
そんな発想した事がなかったので、とても感心し、私は喜んだ。
純度がかなり低い魔鉱石ならば、ランプの油や暖炉の薪程の値段で購入できる。各属性を出来るだけ買い集めれば、精製した種も充分に採れるはずだ。
「明日は行商人が屋敷に来る日だから、頼んでみる!」
『では、明日作業を行おう』
「教えてくれたお礼に、触ってあげるね」
『感謝する』
私は水の球体であるレフィードに触れる。
指先が触れた瞬間、何かが抜ける様な感覚が体を襲う。しかし、以前に比べて意識が遠のくような事は無く、疲れもほとんどないので安心した。
『今後は少量ずつ吸収させてもらう。卒倒しないからと言って、無理は禁物だ。体を休めた方が良い』
「うん。そうだね」
私は温室に置かれている素朴な木製の椅子へ座った。貴族の人は温室でお茶会をする事があると聞いているが、ここでそれを行う気は全く無い。作業の合間に休憩できれば良いと思い、安定感のある丈夫な椅子を選んでいた。
うーん。休憩の時はやっぱりお茶が欲しくなる。
そう思った時、ドアをノックする音がした。
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