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5章 銀狐と星の愛子と大地の王冠

77話 本編からの脱線(視点変更)

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 屋敷の書斎にて、ソファに座るアーダイン公爵は眉間に皺を寄せる。
 ミューゼリアに仕向けられていた無名の敵は、愛娘シャーナを狙う反対勢力よりも厄介だ。奴らは度重なる襲撃を企てていた。狩猟祭や牙獣の王冠までの馬車による移動中、魔方陣や結晶体の調査の最中、そしてカルトポリュデとの会話中。それら全て、悉くアーダイン公爵の銀狐達が殺し、一部を生かし、拷問にかけている。
 彼女は何も知らない。自分の考えで地道に小さな情報を集めるために行動している。成果と呼べるものは少なく、華々しい結果へと至るには、まだ情報が足りず、足踏みばかりで行動出来る範囲は狭い。
 英雄の様な輝かしい活躍は、血に濡れた犠牲の山。彼女の成したい行動とは、全くの別物である。子供の彼女の手を汚させない為に、大人が何をすべきか。明白である。

「手芸店で誘拐未遂を行った犯人は、どうした?」

 青銀色の髪をしたまるで人形のように無表情の少年に、アーダイン公爵は質問を投げかける。彼は少年の様に見えるが、既に成人済みの男だ。

「拷問にかけようとしたところ、魔術による呪殺が発動しました」
「情報開示しようものなら、殺す術式か」

 ミューゼリアを狙っている犯人の尻尾は、まだ掴めない。報酬に目が眩んだ捨て駒に、わざわざ術を施し、塵1つ残さず、巧妙に姿を隠している。

「現在、死体を解剖し、魔術の痕跡から術式の判別を試みています」
「どんな些細な情報であっても取り逃がすな」
「かしこまりました」

 感情の籠らない声で話す少年姿の男は、アーダイン公爵に一礼をすると退室した。
 入れ違いに、ニアギスが書斎へと入室する。彼は、画用紙らしき紙を数枚持って来た。

「ただいま戻りました」
「ご苦労だった。結晶体は確保したか?」
「はい。こちらに」

 胸に手を当てると、彼の中から拳ほどの大きさをした赤い結晶体が出てくる。地底から採取した結晶体を、体内に発動させた空間魔術へと移していた。何層にも折り重ね、自分の魔力で覆い隠し、レフィードやアンジェラ達の目を退けた。

「……禁足地の鉱石とは、やや色が違うな」

 一目見て、アーダイン公爵は判断を下す。
 賢者の石と名付けられた赤い魔鉱石を外部に出さないよう、禁足地は厳重かつ複雑な封印魔術が施され、術者しか解除できない仕組みになっている。術者であるパシュハラ辺境伯は現在、精神病の治療中である。国王へと送られた手紙は、1枚は直筆、それ以外は全て彼に忠誠を誓う側近が書き上げたものだ。追い込まれた彼の行動に対する経緯が記され、アーダイン公爵と国王は、信頼の置ける貴族達と協力しパシュハラ辺境伯を守っている。

「はい。発生される魔力は負の想念ですが、魔素の濃度に些か差があります。魔物達の血を利用した結晶体と推測され、これから精密検査を行います」
「おまえの2番目の兄に、宜しく伝えてくれ」
「かしこまりした。お兄さまも喜ぶでしょう」
「それで、手に持っている紙は何だ?」
「はい。こちらへ向かう前、お兄様とお姉さまの様子を見に行ったところ、良い出来事と悪い出来事があり、その報告の為に持って参りました」

 銀狐達は血の繋がりは無いが、幼少の頃より共に過ごしている為、兄弟や姉妹のように呼び合っている。ニアギスは最年少であり、全銀狐とコミュニケーションが取れる。

「悪い方から言え」

 主人よりも兄姉を優先した事に、アーダイン公爵は咎める気は無い。ミューゼリアの護衛は彼ら無しでは不可能だからだ。

「3番目のお姉さまの目が潰されました」
「なに? あの魔眼を潰しただと?」

 アーダイン公爵の眉間に皺が寄る。

「今は自己修復が開始されましたが、当分の間は使えません」

 魔力を持つ生物が稀に発現する魔眼。見たものの石化や金縛り等、様々な力を持つが、視界に入った存在全てに発動する為に扱いが非常に難しい。また、魔力が吸われ続ける為に、他に活用することは難しい。
 その中でも、ニアギスの〈3番目のお姉さま〉の魔眼は、危険ではあるが特に利用価値のある代物だ。千里を見渡し、敵と認識した存在を呪縛する。膨大な魔力を消費する反面、それによって守られ、並みの術式では魔眼は潰せない。

「お姉さまは、ミューゼリア様の周囲を監視している最中、強い光のようなモノに潰されたと仰っていました。カルトポリュデが目覚める4秒前のことです」

 一瞬で魔眼を潰した。しかし、何かに潰されたか認識できるようにし、使用不能まで追い込まない。警告と考えて良い状況だ。

「ミューゼリア嬢はその時、何をしていた?」
「杖を持ち、山に向かって何かを念じていたようです。しかし、杖から魔力は感じられず、術は発動していません。精霊王の雛レフィードもまた、術を発動させていませんでした」
「魔眼を潰す程に見られたくなかったモノに、心当たりは?」
「シング博士曰く、カルトポリュデとの会話中、彼女は古代語を使用していました」
「精霊達の言語か」

 現代でも古代語は残っているが、奇妙な事に800年前を境に言語として使用されなくなった。現代では、本来の発声と発音方法は失われてしまっている。アンジェラは他の国へ魔物の調査に向かった際、古い言葉を伝承する民族との交流によって、判別が出来た。

「正確には肉声に混じっていました。前回、ロカ・シカラとの対話中にも発せられていましたが、今回はより鮮明に聞こえたそうです。彼女の古代語は一定の範囲にいる人間にも効力があるらしく、カルトポリュデの会話も聞き取ることが可能だったと仰られていました」
「レフィードの影響ではなく、ミューゼリア嬢本人の能力と考えて良いな?」
「はい。カルトポリュデと彼らに憑く精霊には共鳴反応が見られましたが、彼女とレフィードには無かったそうです」

 共鳴反応。アンジェラが、精霊と憑かれている魔物の関係の1つとして定義しているものだ。攻撃や逃亡等の何らかの行動する際に、互いの意思と魔力が一致した場合を指す。今回は〈ミューゼリアと会話したい〉と言う意思が一致したとされる。

「現段階では、魔法使いの才として留めておこう。いずれアンジェラが彼女に、それとなく伝える。私やおまえから、不必要に重荷を背負わせるべきではない」
「かしこまりました」
「それで、良い話は何だ?」
「2番目のお兄さまの絵に、変化がございました」

 ニアギスがテーブルに絵を並べる。
〈2番目のお兄さま〉は夢と現実を行き来する特異体質。その狭間に正解に近く、しかし不確定の未来、次元、存在を視る。妄想だと疑念を抱くが、彼の描いた絵によって先代は幾度となく救われ、アーダイン公爵も其れをよく知っている。
 30年以上、画用紙を赤や黒で塗り潰してきたが、ミューゼリアがシャーナへシャンティスの葉を提供したその日を境に、空を描くようになった。今回が、二回目の変化である。

「この一週間で4枚描かれました」

 暗い背景の中に、白い枝を伸ばした大樹。同様の背景に、翼を広げた白と金色の大きな鳥。
 そして、白い背景に複数の目が描かれた異常な絵。右と左に勢力を別れる様に、描かれる目は全てが真っ直ぐにこちらを向いている。

「見られているな」
「はい。カルトポリュデが言っていた〈神〉でしょう。3番目のお姉さまの目が潰れた理由も納得が出来ます」
「本当にいるならば、両方についている事になるぞ」

 片方は動き続ける犯人の更に奥に控えている。もう片方はミューゼリア側と考えられる。

「旦那様には、これに対する心当たりが、あるのではありませんか?」

 4枚目の絵。二股に分かれた道の上に、簡略化された複数の人が立っている。左の道の人々は、操り人形のように紐が括り付けられ、それは上へと伸びている。しかし、右への道の人々は徐々に紐が切れていった。右の道の入り口に、小鳥を肩に乗せた紐の無い人が立っている。

「……彼女が動かなければ、神に操られたままか」

 アーダイン公爵はため息を着いた。
 神に関する資料は、異常なほどに少なく、今まで誰も疑問に思った事すらなかった。
 どの様な神々が存在し、なぜ彼らの時代が終わり、人々が繁栄したのか。
 現在、宗教団体が信仰する〈神〉は誰であるか。
 根幹から違和が存在していた事に、不審に思わず、誰も気付かなかった。

「最初の段階で目が覚めたのは、幸運だった」

 アーダイン公爵自身、彼女と出会った日の特異な感覚は、精霊王から来るものなのか疑問視していた。これまでの報告から、レフィード単身での浄化発動は確認されていない。初期の魔術に似たモノしか、発動させては来なかった。
 それらの情報から、ある程度は納得が出来た。
 ミューゼリア自身の功績や活躍がごく僅かであろうと、本人が〈動く〉事に意味がある。
 凪の海に小さな雫が落ち、波紋が大きく広がる様に、ミューゼリアと言う〈きっかけ〉が、変化を産んでいる。
 神が人を操る世界の枠、基準が適応されない〈特異点〉とも呼べる。彼女を失えば、また道は一本になり、海は凪となる。
 シャーナを失う未来を強制的に選択させられる。

「レンリオス卿。君は、これからどうする?」

 向かいのソファに座り、沈黙を貫いていたデュアスは、手に持っている牙獣の王冠の報告書を強く握りしめた。
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